ボッチ・ミーツ・ガール・アゲン



 先生に引っ張られながらやがて名も無い教室の扉の前までやって来ると、ガラリとそれを開けて風がよく吹き抜ける室内へと入っていった。


 俺も後に続くと室内は窓は全開で沢山の机と椅子が教室の後ろに積まれてた。


 ──1セットを除いて。


「……ぁ……」


 1人の少女が教室の少し斜め奥辺りにポツンと佇んで読書をしていたのだ。


 反射的にその美しさに見惚れてしまうが、風に靡く艶のある髪を見て確信する。


 あんな青い髪の女子生徒、あれは俺と先週辺りにぶつかった人に違いない。


 俺は半ば進んだ辺りまで足が止まってしまったがその子が読書に耽っていたからだろうか、片岡先生が側まで行ったところで「はっ」と声を漏らしてやっとその視線を上げた。


 ああ、間違いない。まさか再び出会うことになってしまうとは。


「片岡先生、教室に入る時は声をかけるようにお願いしたはずですけど」


 先週の第一印象とは違って凛と澄んだ落ち着いた声を発していた。


「だって過去に『失礼するよ』って扉越しに言っても返事をしてくれた試しが無いじゃない〜」


 そうやって戯けたニュアンスで返事をする先生。


 2人のやりとりを推察するにどうやらある程度は親しい間柄の者同士なようだ。


 まあ片岡先生は基本誰に対してもフランクだから違和感はないのだが。


「すでに扉を開けた状態から宣言するので返事をする隙が無いんですよ」


 うわ〜それ親にやられたら超ムカつくやつだな。


 思春期な男性諸君だとこの時期は様々な事柄に対して興味津津きょうみしんしんになるし俺も何がとは言わないけど例外じゃ無いからな。


「まあまあ良いじゃない減るもんでも無いんだし」


 ああいった類の状況は部屋の扉に鍵が掛けられないとバレてしまうリスクが高いから全家庭の1人部屋にしっかりとしたロックを備えて頂きたいものだな。


 特に片岡先生のような母親が家に居たらと思うとゾッとさせられるレベルだ。


「はあ……まあ良いでしょう」


 少々の長話がこれから行われるんだと察したからか読んでいた本にきちんと栞を挟んで閉じると机の上に置き始めて、その瞳に俺の存在をも映し始めた。


「それで、その残念そうな印象の人は誰です……って」


「えっ、……ぃ……」


 それまで淡々と会話をしていたその少女が少し目を見開いて固まっているのを俺は顰めっ面で眺めていたのだった。


「──あなたは、あの時の……?」


 俺は顰めっ面を浮かべながらでアイツは口をポカンと小さく開けながらも、恐らくあの女も心の中ではこう叫んでいることだろうな、


 ──運命なんてクソ食らえッ!!


「またしても嫌な偶然が起きたものね」


 呆気に取られた反応をしたと思うと包み隠さずに「うわぁ」と露骨にため息をこぼした。


 気持ちは分からなくもないが顔を顰めたくなるのは俺だって同じだっての。


 まさかこんな形で出会いイベントの伏線が回収されるとは思っていなかったわ。


「くっ……同感だな」


 この後に及んでこの女のツラを拝む羽目になるとはなッ!!


「もしかして2人とも実はもう知り合いだったりするの?」


 初対面で会話らしい会話が全く無かった間柄をその括りに入れてもらっては困る。


 それも仮に知ってる者がいるとすればそれは一方通行でのみだ。


「いいえ、ほぼ初対面と言っても差し支えありませんね」


 そう彼女は片岡先生に返事をしたが、俺を見つめる目がなんだか冷めている。


「……っ……」


 再会して確信したが俺はこの少女を知っている。


 普通科よりも偏差値が5も高い国際文化科の7組所属。


 女子生徒が8割以上占めてるそのクラスは偏差値が高く全体的にリア充って雰囲気がありありに伝わって来るようなクラスの雰囲気だ。


 実際に休み時間で廊下でダンスのぷち振り付けを踊る自分達を撮影したり、購買から買ってきた唐揚げ食いながら駄弁ったり、8組に出入りしたりとよく騒いでるのが聞こえて来るのだ。


「……そう。荒牧良かったじゃん」


 片岡先生もその意味深な笑みを辞めい!なんとなくイラッとくるぞ。


 まあそりゃ8組と合わせてとんでもなく高かった入学倍率を勝ち残った者だけが在籍を許されたクラスなため、レベルが高い者同士さぞ気が合うのだろう。


 その中で異彩を放っているのが藤村彩海ふじむらあやみで学校内で誰もが知っている有名人だ。


「……何が『良かったじゃん』だよ……」


 氷の令嬢が如く何でもかんでも人に冷たく当たっているわけじゃないものの、常にマイペースで場の空気に従わず自分の主張を貫くから、あの雰囲気がお花畑のようなクラスではストッパー的な役割を果たしていることもあるのだ。


「全くその通りね」


 それが普段からあまり笑わず凛々しい表情を貼り付けながらダメだと思ったことにもズバズバと切り込んでいくのだ。


 そしてそんな彼女に玉砕して振られて行った男の数も多く、時間が経過するにつれて犠牲者が増えている印象だ。


 全く……男という生き物はどうしてそう色恋に漕ぎ着けたがるのだろうか。


「ええ〜先生は残念だな……やっと2人にも春が訪れたと思ったのに〜」


 いやそういえばここにも居たわ被害者が。……いや加害者とも言えよう。


 そもそもアンタみたいな何事もすぐに恋愛だの色恋に結び付けたがる輩が、この学校にうじゃうじゃと跋扈しているせいで俺のような真っ直ぐな人間は拗れるのだ。


「はあ、んなわけあるか」


 そもそも俺とこの女だぞ。釣り合いが取れていないにも程がある。


 謙遜じゃなくて俺のモテ期は小学生低学年のうちに消えたんだぞ?


 いや俺の人生の全盛期がもう過ぎてただなんて考えただけでも虚しくなるから忘れるか。


 いやそれ抜きにしても俺がこいつと仲睦まじく手を繋ぎながらラブラブで外出するとか無理に決まってるだろ、まだ宝くじに当選する確率の方が遥かに高いぞ。


 同棲しながら膝枕してきて俺の耳を優しく耳掃除してる場面なんてもっての他だ。


 むしろ俺のターンが回ってきたらその鼓膜をぶっ刺して貫通してやるからなッ!


「珍しくあなたに同意ね。あり得ないわ」


 俺同様に片岡先生の戯言をバッサリと切り捨てる藤村だった。


「それが後ほど覆される形でフラグが回収されるんだから先生は今から楽しみにしてるわ〜。アタシの勘は結構当たるからね」


 呆れて返事する気力も失せた。そんなデタラメを信じられる程にもう初心じゃないんだ。


「ふう……まあともかく。──彼は入部希望者よ」


 ニュウブキボウシャ……はて?


「ぁっ?」


 あまりにも衝撃的な発言でそんな声が漏れてしまった。


 いきなり何を言い出すのだこの人も、いやそんなこと俺は一言も聞いてないぞ。


 そう先生に言われながらも、髪を耳に掛けるが冷たく睨むような目線が少々不快なのでさっさと自己紹介してことを早く平和に解決させようか。


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