最終話 100人に一人、りんご好きな人がいる
出会い系のサクラを辞めた僕が、次についたアルバイトが、りんご売りである。
軽トラックにパンパンのりんごを積んで、駅、さらにはオフィス街なんかにも売りに行く人。の、手伝いだ。
ファッション自由のシフト自由、時給もサクラに比べて低いけど、そこそこある。
これも、バイト情報誌に載っていた。
面接官は、若いイケメンお兄さん。当時僕は26歳ぐらいだったが、多分お兄さんは30歳いかないぐらいだったと思う。
若いけど、僕が面接を受けに行ったりんご売り支部の幹部的な人だった。関西には当時、結構な数の支部があったらしい。りんご売りの会社の支部が。
結局どのぐらいシフト入れるか? ということだけ。仕事内容は、りんごを売る手伝いで実際に入らないとわからないだろうから、直近でいつ入れるかと聞かれた。
また、一瞬で決まった。一瞬で決まる仕事には、若干怪しい雰囲気を覚えるようになってしまった。
初出勤。
何台も軽トラがある中、僕は面接してくれた人(師匠とでも呼ぼう)の車の助手になった。
師匠は、大阪の難波(大阪の中で圧倒的な繁華街)に売りに行くと言った。
「駅とかじゃないんですか?」
「うーん、それはみんなやることやから。まさかの場所で、りんごが売ってる。これが大事なんよ」
師匠は僕に、りんごを売るためのノウハウを叩きこんでくれた。
そのノウハウとは、ただ一つ。
とにかく、女性に声をかけろ!
「女性は断りにくいとか、押しに弱いってことですか?」
今の時代なら炎上確定しそうなことを師匠に聞く。ただこの時の僕は、サクラの時のような思いをするのは真っ平だった。真っ平なのは、お客さんのほうだとは思うけど。なぜか被害者顔していたので、当時の僕はぶん殴る以外に修正する方法はない。
なにはともあれ、そう聞くと、、、
「違う違う。これは僕の経験則やねんけど、女性には100人に一人おるんよ。心の底からりんご好きな人が!」
さすがに、「はぁ?」と思った。
でもまあ、オッサンよりかは、女性の方が果物とか買うかぁぐらいの感覚で始めてみた。
これがまあ、中々辛い。
「すみません、りんごいりませんか?」
もうとにもかくにも、難波を歩く人に声をかけ続けるのだ。しかも、ちょくちょく移動して繁華街と言うよりオフィス街のほうまで来てしまっている。
夕方になると家路につく会社員たち。
「あっちいけ! いらん!」
と怒られたりした。怒らなくてもいいでしょうよ……と思ったが、そりゃあまあ疲れて早く帰りたい時に、りんごどうこう言ってる髭の青年がいたら、怒りたくもなるか。
そんな中、師匠はりんごを背中に隠して、まるでサッカーの天才リオネルメッシよろしく、人の波をするりするりとかき分けて女性の前に立つと、パッとりんごを顔の前に出して
「りんご、ありますよ」
とりんごの貴公子みたいな笑顔を向けていた。
これがまあ、ほとんど無視されるのだが、確かに、確かに何十人かに一人、
「え? りんご?」
となってくれる人がいるのだ! しかも女性! 師匠の言う通りや!
ちなみに、青森産のそのりんごは一個100円である。
それを惜しげもなく味見にザクザク切っていく師匠。
売り物をそんなにしていいのかしら……と心配そうな僕に、
「りんごなんて何個売っても売り上げにならんねん。売らなあかんのは、りんごジュースとりんご酢や」
リンゴジュースは瓶に入ったタイプで、800円。ちょっと飲ましてもらったら濃くて美味しいジュースだった。
りんご酢は急に単価が上がって3000円。
さすがに、オフィス街で帰宅途中の女性が3000円のりんご巣買うかねえ……瓶で重いのに……。と思っていた。
が、売れた。師匠は売ってみせた。その人が、師匠の言うところの100人に一人のりんご好きだったからかもしれないが、売れたのだ。
それを見て、僕は圧倒的にやる気になった。
とにかく声をかけまくった。軽トラまでお客さんを連れて行ったら、あとは師匠の仕事だ。僕は客引きである。
帰り道、車で送ってもらいながら師匠は近々、独立して関東でりんご売りをしたいと言っていた。関東では当時、りんご売りがあまりいなかったみたいなのだ。
師匠は、ちょっと無理やりな売り方をしてるりんご売りが関西は増えてきている。そんなことじゃ犯罪になっちゃうし、りんご好きな人にりんごが届かない。と憤慨していた。
何回かつづけたある後、演劇の公演などが重なり、2か月ほどりんご売りを休んだ。
そして復帰しようとしていたある日、ニュースで青森産のりんごと嘘をついて売っている業者があると問題になっていた。家のインターホンを押して売り歩く、押し売りみたいなこともしていると。
ちょっとだけギクリとしつつ、師匠が言ってた無理やり売るやつってこういうやつらのことかあ……と思ってりんご売り本部に行くと、なんと師匠がりんご売りを辞めていた。
そして僕は、全然知らない人の助手として売りに出たのだが、その人は大阪から神戸のほうまで車を走らせた。
「どこで売るんですか?」
「住宅街」
心の底から嫌な予感がした。
僕は、チョークを渡されて、こう言われる。
「片っ端からピンポンしていって、りんごいりませんかって聞いていって。それで、完全に断られたら家の前にバツ印。ちょっとムニャムニャ困ってたり、押せばいけそうならすぐに車が来ますんで、って言って家の前に三角印。ノリノリやったら、丸印書いていって。角を曲がったら、まがった方向に矢印書いて」
ああ、確実に押し売りのやつじゃないのかな。ニュースの。そう思った。
でも、やはり嫌です、という勇気がなくスタートした。
インターホンを鳴らしてりんごを売りにきたと伝える。
以外というか、なんというか、ピシャリと断る人が多いと思っていたら案外、うーんうーんと困る人のほうが多かった。
そりゃそうだ。僕も嫌ですって言えないように、断るっていうのはすごくカロリーがいる作業というか、しんどい作業なのだ。
そんな会話を断ち切って、すぐ車きますんでーと三角印。
できるだけ何も考えないように、淡々と2時間ぐらいやっただろうか。ぐるり一周したら、三角印の家の前でおばさん相手にりんごを売りつけていた運転手。
これがもう、ちょっと押し強いなあって感じではなく、かなり押しが強かった。
冗談ではなく、マジで鳥肌が立ち、初めての感覚だったが頭にも鳥肌が立った(気がした)。
ああ、これはいかん。これはいかんやつ。また、僕はいかんやつやってる。
そう思い、警察呼んだらいいですよ!
と叫んで、逃げた。
バイト面接のときに、携帯の番号と住所は書いてたのでここから数日間超絶ドキドキした。携帯はともかく実家暮らしだったので、家になんかあったら辛いなあと落ち込んでいた。
しかし、その後何もなく、その日の分の給料はもちろん入らず、今に至る。
思えば、これが僕の最後のアルバイトになった。僕の履歴書の職歴は、出会い系サクラ→りんご売り、となるわけだ。
ちなみに、ここから数年後、ニュースで師匠が取り上げられていた。東京でりんご売りをしているところをだ。
イリーガルなやつじゃなくて、街のおもしろりんご売りみたいな感じで。
おおおお! となった。いいりんご売りもいれば、悪いりんご売りもいるんだな、と思った。
あれから10年ぐらい経って、今でも爪楊枝で戦ったことを思い出すと頭を掻きむしりたくなるし、りんごを押し売られてたおばさんのことを思うと頭がぽつぽつする。
傷つける嘘は嫌だな、と思う。相手も自分も。
そう思いながら、舞台上で今日も僕は、虚構の世界を作っている。
出会い系のサクラから、りんご売りまで 発電キノコ @ods029
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