第2話 爪楊枝で戦ってる! お前は逃げろ!

 出会い系のサクラ、といっても色々あるらしい。

 というか、出会い系が色々あるらしい。

 普通に出会えるけど、サクラもいる。パーティーの賑やかしみたいなサクラ。これは良心的だと思う。

 僕が働いていたところは、何サイトも運営していて、100%サクラ。100%サクラとは言ってなかったけど、働いていた実感というか、まあわかりますよ。こりゃあ、出会えないやつですなって。

 いくつもサイトがあって、その中には完全無料の出会い系(出会えない系)サイトもあり、何のために出会えない系なのに完全無料? と思っていたら、そこから有料サイトに誘導したり、我々新人が研修的に腕を磨くためにあるそうだ。


 仕事場では、毎日何十人ものバイトがパソコンと睨めっこしながらサクラ業に勤しんでいる。男女問わず、若い子は20歳ぐらいから上は50歳ぐらいまで居たと思う。 

 そして、男女関係なく男キャラも女キャラも動かしていく。つまり架空の男性キャラと女性キャラをバイト一人が数人受け持つのだ。

 このサイトは、男性相手のみ。このサイトは女性相手のみ。ここは両方。みたいな感じでサイトごとに色分けされていた。

 だいたい、「君は〇〇のサイトで……」みたいな感じで主なサイトを決められていく。

 慣れてくると、数サイトとそれぞれのサイトでキャラ数人ずつ、最終的には一人で10人ぐらいのキャラクターを動かす人もいた。


「キャバクラとか行ったらホステスと楽しくおしゃべり出来るやろ? でも、あれは夢の世界やん。その場所で、お金払って、夢の時間を得れる。これも一緒。出会い系サイトで、楽しく会話するのにポイントがいるってだけなんよ」


 と、新人研修のセクシーお姉さんが僕に熱く語ってくる。


「でも、キャバクラと違ってこれは、僕がオッサンの相手したりする場合もあるわけですよね。女性のフリして。それって詐欺なんじゃ……」

「そんなん言い出したら、整形した女子も詐欺みたいなもんよ。夢の国、その夢を壊したら可哀想やろ。知らぬが仏って言うやん?」


 鬼のように口が達者で、内容的に達者というよりもその口調が圧倒的に達者で、僕は「はぁ、そんなもんっすかねえ」と言わざるをえなくなっていた。


 若い大学生ぐらいの人から老人まで。お客さんは色々だ。どこでこれだけのメルアドをゲットしてるのかと尋ねると、そういう業者があると教えられた。


「無料の占いとか、懸賞サイトにアドレスは登録せんほうがええで」


 とセクシーお姉さんにニヤリとされた。

 ゾッとして、もう遅いのだが色んな無料系のサイトから脱退した。


 僕は最初、女性役でサクラを始めた。いきなり3人ぐらいのキャラを動かすことになった。明らかにエロキャラで、エロで男を釣るキャラだ。

 研修のお姉さんから、

「そこでおっぱいの画像貼って送ろう。キャラフォルダの中に画像があるから。足したくなったらエロ画像検索して適当に保存しといて。あきらかに大きさとか形とか違うおっぱいはあかんで!」

 と鍛えに鍛えられた。

 時には……

「はいきた。メールHや。これはやり取り引っ張れるから。有料サイトにいったら、ここまで持ってこれたら勝ちやから。存分に楽しんでメールしぃや!」

 と、冗談ではなく真顔で言われた。


 シンプルにエロがしたい男性、自分のイチモツをずーっと送ってくる男性、金持ちキャラ相手だとお金欲しい欲しいしか言わない男性。色んな男性がいた。

 同性ながら、「目を覚ませ!」とそれぞれの家に行ってビンタしたくなったが、一番目を覚まさないといけないのは僕だったと今なら思う。

 ちなみに、これは意外だったのだが、男性と女性のどっちが出会い系登録者数が多いのかというと、圧倒的に女性だった。

 占いサイトとかからアドレスを引っ張ってきているからかとも思うけど、登録者数だけじゃなくて実際に動いてるお客さんとしても女性のほうが圧倒的に多かった。

 まあこれに関しては、その会社が運営してるサイトは……という比較対象のない数字だから何とも言えないが。圧倒的に男が多いと思っていたので女性が多かったことに驚いたのを覚えている。


 ちなみに、女性客相手にイケメンキャラとなってサクラプレイをしたことも、勿論ある。男性客と女性客の違いで、男性客は完全に順位をつけてくる。こっちのキャラに対してだ。それは女性客も一緒なのだが、女性客はメールからそれが分からない。

 つまり、女性はサイト上で3股ないし4股とかしていても、それぞれにしっかり愛を語れて、他の男性なんか見向きもしてないという風を完璧に装えているのだ。

 それに比べて、男性客は明らかに本命のキャラに対してと、二番手三番手とではメールの文体が違う。浮気がバレるってのはこういうところからなのかもしれない。

 明らかに相手を騙しているのはこっちなのだが、女性客が全てのイケメンに対して「あなたしかいないの。あなたが好きなの!」と言う嘘に「女は嘘つきだ!」となってしまう。嘘をついてるのは、こっちなのだ。


 そんな中で、一番辛かったのは会う約束だ。にっちもさっちもいかず、会う約束を取り付けてしまうこともある。だが、会えるわけがない。あのイケメンも、この美人ギャルも、その正体は全部髭もじゃの僕なんだから。

 そんな時はどうするか。グーグルマップなどを開き、待ち合わせ場所を指定して待ち合わせる。


「ねえ、〇〇のローソンついたんだけど、どこにいるの? 花柄のハンカチをポケットから出してくれてるって言ってたよね?」

「え、〇〇にいるよ。ハンカチ出してるよ」

「見つからないんだけど……あなたもしかして嘘ついてる? サクラなの?」

「違うよ! サクラじゃないよ! 〇〇のローソンだよ?」


 この場合、サクラなの? と聞いてる方が僕だ。

 サクラが相手にサクラなの? と聞いて待ち合わせすっぽかされた感を出してるのだ。

 待ち合わせしてしまったら、これはもう仕方のないことだが会えないわけです。どうしたって、場所を間違えます。圧倒的に方向音痴なのです。出会い系のキャラたちは。


「〇〇だと思ってたら、××のほうに来てたみたい……ちょっと待っててね。ごめんね、そっち行くね。私、方向音痴だから、ちょっとかかるかも、すごく不安……」


 的なことを言うと……


「××だよね? そっち行くから!」


 と相手がなってくれたり。こうなるとラッキーで、永遠にスレ違い続けます。

 はい。これがねえ、しんどい。

 もう、シンプルに騙してるわけだから。これは。直接的に。真っすぐ嘘をついてる。

 こういったやり取りで心が折れかけたある日、とある女性客と待ち合わせをすることになってしまった。

 僕のキャラはオラついてるホストなんだけど、実はそういう仕事に疲れていてその女性客には甘えている、みたいなやつ。

 この女性客は、どう考えても嘘だろうって話をずっと信じ続けていた。もうさすがに僕が心折れかけて、どうにでもなれ! もうサクラだってバレろ! 気づけ! と待ち合わせ中に無茶苦茶なことを言い続けた。


「〇〇子、すまねえ、今公園の茂みに隠れている。ライバルホストクラブのやつらが俺を狙ってる……このまま〇〇子と会ったら、お前まで狙われかねない。あいつらは俺がここで……倒す!」

「ダメだよ! ××! 逃げて! 危ないよ!」

「大丈夫だ、相手はたかだか8人程度。今、爪楊枝拾ったよ。これで戦える」

「無理だよ! 爪楊枝じゃ8人は無理だよ! 逃げて!」


 僕はライバルホスト8人と、ここがどこかもわからない公園で爪楊枝片手に戦うことになったのだ。

 それでも逃げて! と言う女性客。


「今、戦ってる、相手の片目を潰した! でも爪楊枝が折れた!」

「逃げて! 逃げて!」


 そもそも爪楊枝で戦ってるのがすでにクレイジーなのだが、戦ってる最中にもメールを送った。それでも、逃げてと送ってくる彼女。

 このやり取りで、彼女はポイントを使ってるのだ。お金を使ってるってことなのだ。受信するのも、送信するのもお金がかかるんだから。

 僕は、マジな話で頭を掻きむしった。


「あああ!」


 とでかい声を出してから、サクラのバイトを辞めた。

 僕は、何一つダメージを食らっちゃない。ダメージを食らったのはその女性客であり、これまでの色んなお客さんたちだ。

 なのに、僕は何故か自分が傷ついた顔して辞めた。

 胸糞とはこのことだと、自分のことだと、思う。


 サクラを辞めて、特にバイトもせず、ダラダラしていたが、やはりお金は必要で。

 色々探した結果、シフト自由で服装自由でそこそこ時給もいいバイトは、りんご売りの仕事だった。

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