出会い系のサクラから、りんご売りまで

発電キノコ

第1話 データ入力の仕事ですよね?

 大学から演劇を始めて、勢いで劇団を作って気が付けば今年38歳になった。

 今でこそアルバイトせずにギリギリ生きていけてるけど、これは14、5年ほど前のこと。まだまだスマホじゃなくてガラケー全盛期の時代。

 僕は出会い系のサクラというバイトをやっていた。


 当時、演劇はもちろん作家としてもほぼ仕事がなかったので当然ながらアルバイトをしながら生計を立てていた。といっても、実家暮らしだったので生計を立てるなんて格好のいいモノではなく、日々のお小遣い稼ぎや劇団の公演にかかる費用を貯める程度のモノだ。

 劇の仕事がほぼないとはいえ、いざって時のためにシフトが自由かつ髪型や髭も自由なアルバイトが好ましい。

 髭を生やした強面キャラで売っていたし、「明日打ち合わせ来れる!?」みたいなチャンスがあった時に「すみません、バイトで……」とそのチャンスを手放したくなかったからである。

 その結果、当時猛威をふるっていた登録制で日雇いバイトに斡旋してくれる会社に登録しては、当日駅前に集合して、やけに痩せたお兄さんに名前を言って引っ越し現場に連れていかれたり、お菓子工場とスーパーの中間地点みたいなところでお菓子の箱を一日中運び続けるという仕事でやり繰りしていた。


 そんなある日、アルバイト情報誌にデータ入力の仕事で求人が出ていた。

 時給が良い上にシフトも前日までなら変えれることができて、さらには服装髪型自由という、これでもか! というぐらいフリーダムな仕事に飛びつかないはずもなく、僕はさっそく面接を受けることにした。

 大阪にある超繁華街のビル。面接相手はちょっと年上のピアスだらけでスケーター風のお兄さん。

 IT社長がどうのこうのと、出たての時期である。ああ、きっと新しい時代のお金儲けする人たちは、スーツじゃなくて私服でピアスだらけで働くんだなぁと感心していた。

 聞かれたのは、どのぐらいシフトに入れるのかと、パソコンのタイピングはどのぐらい出来るのか、ということ。


「演劇をしてるので、公演がある時は、ゴッソリ休むことになると思いますが基本的には週5とかで入れます。台本をパソコンで書いてるので、まあタイピングはそこそこだと思います」

「へえ。ここ、芸人さんとか、バンドマンとか多いけど演劇の子は初めてやなあ。じゃあ、奥の部屋で早速仕事やっていく? 今日から時給つくで。タイムカードに名前書いて、押してって」


 おお、もう受かっていた。そしてもう仕事しようとしている。

 人生で一番簡単に受かった仕事だ。ゴッソリ休むことになると言っても関係ないのか。

 休憩は仕事一時間につき5分貰えて、それをどこで使うのかは自由だと説明を受ける。三時間我慢して15分休もうが、一時間に一回タバコ休憩として5分使おうが自由だと。なんとも、自由な職場だなあと胸を高鳴らせていたのを覚えている。

 だが、そんな高鳴りは、圧倒的驚きと不安にかき消されることになる。


「えっとねぇ、出会い系って知ってるやんな? あれのね、サクラなんよ」


 嘘だろうってぐらいセクシーな服装のちょっと年上のお姉さんが新人を担当する係らしく、僕はそのセクシーさにクラクラしながらも、出会い系のサクラって言葉にもクラクラしていた。


「えっと、データ入力の仕事ですよね……?」

「うん。サクラとして、お客さんとのやりとりのデータを入力していくわけやん?」


 いや、理解できませんよ。とは言えない僕。

 時給もいいしシフトもファッションも自由。セクシーなお姉さん。

 そしてなにより、ここまできて帰りますって言うのはシンプルに度胸がいる話だ。

 僕がそこはかとなく心配そうな顔をしていたんだろう。お姉さん曰く、これはギリギリ違法ではないらしい。

 どう考えても違法でしょうと思っていたし、今でも思ってるけど怖くてそこに関しては一切当時から調べなかった。こうやって、自覚なく、いや自覚はあれどそこからは逃げながら人は悪事に手を染めるのかもしれない。


 なにはともあれ、僕は出会い系のサクラデビューを果たしたのであった。

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