第14話 確信犯



「ニッシー、一躍有名人になっちゃったね!」


「不本意ながらな」


 今日も木下さんにブレイクダンスを教える約束通りに、放課後になって再び例の中央公園で2時間ほどたっぷりレクチャーし終わったので談笑に興じてるところだ。


「え〜絶対嘘じゃん内心は嬉しいくせに〜」


「ああもちろん嬉しいぞ? ダンスが上手いって褒められて悪い気になるダンサーは居ない。けど限度ってものがあるだろ、休み時間に落ち着いて読書も出来ねえ」


 特に翌日なんて他クラスの生徒も乗り込んできて色々質問されたからな。


 ダンス部の先輩方も来て「ね〜ダンス部入ってよ〜」などと肩を揺さぶられてるうちにクラスの男子から射殺すような視線を浴びせられてたから「前向きに検討することを検討しますよ」と言ったら文句垂れながらもやっと離れてくれて安心した程だ。


「良いじゃん! これを機に皆とよりお近づきになれるんだから! いや〜どうやら私以外にもニッシーのダンス動画撮ってた子が居たらしくて、それが学校中に広がった結果凄いことになっちゃったね! ニャハハ〜」


「他人事みたいに笑いやがって……」


 ダンス部で体験入部に参加した日から約1週間経ったが、木下さんの言う通りに先輩方で俺のダンスシーンを無許可に撮っていた人がチラホラ居た。


 いやまあ俺もダンサーなわけだし俺のダンスを撮られるのは俺の踊りに感銘を受けてる証拠でもあるから、それ自体は喜ばしいと思っているんだが。


 問題はそれが勝手にインスタントグラム経由で学校中に拡散されていたことだ。


「まあ確かに無許可で広げられたのは可哀想かもだけど、結果的にニッシーの凄さが皆にも伝わって私は嬉しいよ! 私の師匠は凄いんだぞーって! ふっふーんっ」


 特にうちの花園高校の生徒は陽キャの女子が大半を占めてるせいでSNSの活動も活発だ。


 特にダンス部の先輩方なんて花形の象徴とでも言い換えられるからそのフォロワー数は3桁、中には4桁の人もいるらしくその大半が在校生徒の垢だ。


 つまり俺のダンス動画が拡散された翌日にはもうスクープの如く話題にされたのだ。


「だから何で木下さんが得意げになるんだよ」


「だって私も凄い興奮したんだよ!? 特にあのパワームーブ、エアフレアって言うんだったよね!? を徐々に加速せてドババババ〜って連発させた技、超カッコ良かったんだからッ!! あんなの私初めて見たよ!!」」


 特に最後の連発エアフレアを切り抜いた動画だけ異常に反響が凄かったらしい。


 俺はまだプライベート用のインスタ垢を作ってないから先週の金曜日に木下さんから見せてもらったら、視聴者5桁にいいね4桁とぷちバズりもしてたらしい。


 まあ面白いを見たら共有したくなるのはわかるけどせめて許可は欲しかったな……。


「ありがとう、そうだろう? あれは俺の独自な技でシグネチャームーブって言って、名前は周囲のダンサーから勝手に『ワイルドエアフレア』って名付けられてる。まあ俺もそのネーミングセンスをなかなか気に入ってるから採用してるんだ」


 実は裏でインスタでダンス用垢を作っていて度々バトルでの動画や自主練習の様子を投稿してるとどんどんフォロワーが増えてきたのだ。


 それに加えて俺は地元で活躍し始めてた中学生のBBOYという評価もあって、今ではフォロワー数が脅威の5桁もいるが、まだ学校の人たちは知らないだろう。


 まあその内に木下さんにも明かそうとは思っているがまだ先かな。


「おお〜何だかゲームでいう固有スキルみたいでカッコいいねっ!!」


 ……良い機会だし1日1個でも弟子にブレイキンの豆知識を教えていこうか。


「ああ実際にそのようなものだ。ブレイクダンスはオリジナリティ、独自性を重んじる文化だからな。皆が同じような決め技を繰り返してたらつまらないだろ? だからなるべく、誰もがまだやったことのない動きを思い付くと周りと差別化できる」


「へ〜そうなんだねっ。それじゃあシグネチャームーブ? を沢山思いつくのが1番なんだねっ!」


「もちろんそうだ、一朝一夕で出来ることじゃ無いしな。まあ木下さんはまだ始めたばっかりだから焦ることはないぞ」


 特に今日教えた動きもバッチリこなしてたし、驚いたことに俺の弟子は物覚えが優秀だからこの調子で基礎を叩き込んであげればすぐに何かしら生み出せるだろう。


「なるほどね〜特に私身体柔らかいからその特性を活かせるムーブ無いかな〜」


 俺も最近になって知ったんだが木下さんは1年間続けていた体操部を辞めてからもメンテナンスを習慣で続けてたため、身体の柔軟性が衰えることは無かったらしい。


 レッスンで俺と一緒に柔軟するときに気持ち良さそうな顔して180度足を開脚しながらベターって床に上半身を倒してた理、立ちながら片足を頭の真横まで持って来てそれを両手で掴みながら「ん〜っ」とバレリーナの如くバランス取れたりも出来る。


 ただ絵面的にTーシャツですら隠し切れない程のたわわな果実が浮き彫りになったりと、身体のラインが浮き彫りになるから遠くに並んでいる木々を眺めたりしていた。


 こいつはマジで自分の魅力をもっと自覚した方が良いと思う。


「ちなみに他人のシグネチャームーブをパクるのはNGだぞ。明らかに特定の個人がやってる動きを真似すると、周りのブレイクダンサーから『バイトや!』ってこんな風にしてディスられるぞ」


「あっははははっ〜!! ちょっとニッシー、何よその動き!! ぷくくく、めっちゃ可愛いしウケるんだけど〜」


 その際に他のBBOYから突っ込まれるシグナルがあって、両腕を曲げて上下にバクバク突き合わせるハンドジェスチャーがそれだが、実演したら弟子に爆笑された。


「こうだよねっ? あっははっ。ほらバクバク〜ニッシーの利き腕食べちゃうぞ〜」


「そんなに面白いか? ……って、」


 なにバイトのジェスチャーしながら俺に近づいて来てるんだ──


「バクバクバクバクッ!!」


「おいバカやめろって!?」


「あっははははっ〜!!ニッシーの反応も可愛い〜」


「小学生かよお前は」


 また木下さんが謎のポンコツ化固有スキルを発動して、バイトの手の動きを再現しながらそれをワニの口に見立てて俺の左腕にかぶりついてきたぞコイツ。


 たまにこうして突然の知能指数低下による幼児退行で困らされることもあるんだよな。


 時々ウザ絡みと化すときもあるけど真面目に可愛いらしいから許してるところだ。


 まあこうして気損ねしない関係を築くのも大事だろうから俺はこのままで良いと思うけどな。


 思い返せばこいつはその天真爛漫で明るい性格を前面に出してるから周囲に人が集まってるんだし、松本さんや小山さんにも大事に思われてるんだろう。


 ……そういえば聞きそびれてたな。


「なあ木下さん、実はこの前からずっと気になって他ことがあるんだけど──」


「私のスリーサイズのことかなっ? バスト88、ウエスト63、ヒップ89だね」


「すまんお前が何を言ってるのかわからんし、何でそんな推測に至ったのかも理解不能だ」


 対してファッションに興味無い俺が女性のスリーアイズの数値を聞かされたところで何一つ具体的な想像が思い浮かばない。


 クロワッサンに聞けば分かりそうだけどこんなことで頼るのは気が引けるな。


「え〜だって男子ってそう言うもんだからニッシーもそうなのかな、って思って。小中の頃からお決まりのパターンだったしね。それにたまにだけだけどニッシーが不自然に目逸らしてるの私知ってるんだからねっ? しっしっしっし〜」


 何だと……こんな脳内がお花畑のような人間が実は聡かったなんてビックリ仰天ものだぞ。


「お前って四六時中のほほんと生きてたわけじゃなかったんだな」


「ニッシーの私に対する偏見酷すぎないっ!? それに私昔から可愛いのはちゃんと自覚してるから嫌でもわかっちゃうんだよっ! 例え本人が嫌がってても勝手に目が吸い寄せられることもね……ニャハハ〜」


 はいブーメランと。


 それに男が女の胸に視線が写ってしまうのは生理現象なのは大前提だけど決して嫌々思ってるわけじゃないぞ。


 けどそれは男の俺の方から言うべきことじゃないか。


「まあ俺がちゃんと思春期な男子としてちゃんと健康なのは事実だけど、原因は木下さんにだってあるんだぞ?」


「え? 何で私が? 両親から受け継がれた遺伝子が優秀だから仕方ないじゃんっ! じゃあ魅力的な体型に生まれて来てごめんなさいって言えば良いわけ?」


「女子に聞かれたら翌日に悪口が言いふらされそうなセリフだなそれ」


「嫌だあああ絶対登校したら机に落書きされてるやつじゃん!」


 実は賢かったようでまだまだポンコツには変わりないわけか。


「話が逸れたな。だから木下さんの服装にも原因があるんだぞ?」


「え、私の練習着? 何でよ。だっていくらただの練習って言っても少しはお洒落な格好はしたいじゃん! ムー、これのどこが不満だって言うのよ?」 


 ある部分を除けば素直にお洒落な服装でポイントが高いと思うけどな。


「いや普通に似合ってて一層木下さんの可愛さを引き出してくれてると思うぞ?」


 ルナで美少女に対する耐性が備わっている俺じゃなければ目の前の木下さんの存在が眩し過ぎて、サングラスを掛けなかったら直視すらできないんじゃないだろうか。


 クククっ……。


 厨二病風に表現するならば、生半端な心構えじゃこの女の目の前で正気を保つことすらも許されなくなるだろう。


「わあああああ!? なんか突然ニッシーが私を口説き落としにきたー!?」


「もう突っ込まんぞ。俺が言いたいのはお前の服装のサイズ選びなんだよ。何でそんな数年前にママに買ってもらった服着てんの? 身体のラインがモロに出てるだろ」


 何なら倒立する度にお腹のヘソがチラチラ見えるしそのメロンの北半球のような双丘が見事に浮き彫りになってて、ルナで耐性がある俺じゃなかったら卒倒してるぞ。


「ええええニッシーって実はエスパーだったの!? 丁度2年前くらいにママがプレゼントで買ってくれたやつなんだけど。 や、やっぱり刺激的過ぎるかな?」


「やっと自覚したのか?」


「えっへへ〜。だってニッシーの反応がいつも面白いから、この服装着て来たらどうするのかなって気になっちゃって……てっへっ。」


 変な方向性にも俺の揶揄いがいを見つけたようでそれはそれは困った野郎だな。


 もう一度ママから頭に鉄拳ガツンの刑にされた方が良さそうだな。


「やっぱり確信犯じゃねえかっ! 少年の純情な心を弄ぶなよ、そんなんじゃ前みたいに怖いお兄ちゃん達に絡まれるぞ?」


 所詮どれだけ取り繕うとも人間は見た目が大事なのは認め難いが真実だからな。


 下らない格好をした女性は下らない男を引き寄せて泥沼な性活を送るのが相場だ。


 クロワッサンがたまに相手の女性について自慢したりして来るから、彼自身を見下げるつもりは毛頭無いけど抱いて来た女性の中にはそう言う人種もいたらしい。


 だからまあ他人の失敗を踏まえて俺も少し外見の清潔に気を遣うようになった。


「あ〜それは大丈夫だよ。 だって……私が男子でこんな格好を見せてるのはニッシーの前でだけだし……行きと帰りのときはパーカー着てるから大丈夫でしょっ!」


 こいつ俺のことを異性とすらも認識してないって解釈で良いのか?


「ちょっとは意識しろよ。はー、俺が木下さんに何の魅力を感じてないと思ってんなら大間違いだぞ?」


「へっ!?」


「それにブレイクダンスは床と頻繁に接触するから身体の防衛のためにも、今後の服装は動きやすい機能性を重視した長袖に長ズボンがオススメだ。夏だと暑いけど練習終わりに汗だくになったら着替えれば良いんだから、わかったか?」


「……う、うん……オケ丸ポヨ……」


 なんだその照れ臭そうな『オケ丸ポヨ』は……。


 いやまあ羞恥で顔を赤くしてそれを隠すために振り向きたくなるのもわかるけど。


 後で自爆するくらいなら最初からそんな服装を選ぶなよ木下さん。


「あ〜また話がだいぶ逸れてしまった。俺がずっと気になってたことなんだけど」


「……あ……うん……そう言えばニッシーそんなこと言ってたね……?」


「俺が気になってたのは松本さんのことだよ」

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