第13話 スイッチ



「へえ〜? そうなんだぁ?」


 クロワッサンのやつが俺を罠に嵌めた直後に木下部長が興味津津きょうみしんしんな目線を俺に向けてきた。


 己クロワッサンめ……先程まで純粋に応援しようとしてた俺の感動を返しやがれ。


 やがて部長が俺たちの目前までやって来たと思うとクロワッサンが返事した。


「ほらコイツちょっとばかしシャイなんで背中を押してやる必要があったんですよ」


 さっき背中押すときにコイツの内臓に穴を開ける勢いでぶっ叩くべきだったな。


 猛烈にこいつのことをキングコングパンチで空の彼方まで吹っ飛ばしたくなった。


「やっぱりあなたダンス出来るのね。もしかしてブレイクダンス専門だったりして?」


 まあ俺が音取りを知らなかった時点で察せられただろうからそこまで驚きはない。


「部長よく分かりましたね……」


 けどこれは強烈に不味いな。


 今すぐこの場から離脱しないと俺の公開処刑もどきが執り行われてしまう。


 円を囲んでいたのが男子だったらノリノリに出られたが現実は完全に例外だった。


 こんな女だらけの空間で踊れるわけねえだろっ!?


 危険信号が脳内で鳴り響くままにここからゆっくり離脱して行こうか──


「逃がさないからねっ!」


 立ち去ろうとした瞬間に真横までやってきた弟子に二の腕を掴まれてしまった。


 しまった……クロワッサンの発言で唖然とさせられてたから失念してしまっていた。


「あはははっ、うちの姫様にとっ捕まえられちゃもう逃げられねえな?」


 他人事みたいに呑気に笑いやがって。


 これはもう完全に詰んでしまったな……もっと早くから離脱すべきだったか。


「あはっ。何だか面白くなって来たわね。それじゃあ早速踊ってもらえるかしら?」


 木下部長さん完全に新しいおもちゃを見つけたような目をしてやがるな……。


「ふんっ」


 俺が首を横に振ろうとしたところで木下さんが握力を強めてきた。


 だから痛いって分かったって……全く。爪を食い込ませるのは勘弁してくれ。


 さっきからクロワッサンの野郎もこの状況を楽しんでるのかクツクツと笑っててムカつくぞ、俺こういうの結構根に持つタイプだからなまた今度覚えてろよてめえ?


「ちなみに、曲のリクエストはないかな?」


 ここで乱暴に木下さんの手を振り解く度胸は無いから自首することにした。


「ブレイクビーツでお願いします……無ければドラム音ベースの曲で」


 そう言うと木下部長が目を見開いて興奮したように距離を縮めてきた。


「やっぱりBBOYだったのねっ!? やっと見つけたよフレッシュなBBOYがっ! 私今までブレイクだけは教えてくれる人が居なかったからやって来られなかったけど。ついに目の前で熟練のブレイクダンサーの生踊りを見られるわッ!?」


 なんだこれは……木下家には急にポンコツ化する血でも流れてるのだろうか。


 いやそもそも天才には変わり者は多いと聞くからそこまで不思議でも無い、か?


「あはは……ほらもうお姉ちゃんまたそうやって……しっかりしてっ」


「え? ……ああ、ごめんごめんね。つい憧れのシチュが叶って興奮してたみたい」


 うおおマジか……これがお茶目な美人が見せる照れ臭い笑みなのか。


 その威力で心を打たれて葬ってきた男の数は一体どれ程まで多いんだろうな。


 ともかく正気に戻ったらしい部長は自分の役割を全うした。


「大丈夫よ私のプレイリストに何曲か入れてるから、それじゃあ真ん中に出てきて」


 そう言うと部長が準備をしに行ってしまったようだ。


「ほらニッシーのダンスをバッチリ録画しとくから全力で踊ってよねッ!!」


「拡散だけはやめてくれよ?」


 マジすか我が弟子よ、益々逃げ道が無くなっちまったなこりゃ。


「おーしセシルお前の最高にかっちょ良いダンスを皆に見せてモテちまいなよ」


 いつの間にか俺の鞄から取り出していた帽子を俺に渡してくれた。


 俺がダンスする度に被っていた青色を基調とした帽子で俺の相棒だ。


「なに勝手に俺の相棒を手に持っていたのさ。……それにそうはならないだろ」


 仮に女子からの注目を一時的に浴びたとしてもそれは約10日で終わる。


 なぜなら有能だからって「カッコいい! 素敵です! 抱いて下さい! チュッ」と芸能人に群がるファンの如く女子に囲まれたりする現実はないからだ。


 ソースは中学時代の俺だ。


「良いじゃねえかよそれでも。お前のダンスを見て心を動かされる人間は必ず居るからそんな細やかなファンたちのためにもちょっとばかしはサービスしてくれよな?」


 そう言えば俺が家族以外の人間に自分のダンスを見て「興奮したよ」とか「超カッコ良かったっ!」と言ってくれたのはクロワッサンが初めてだっけな。


 それが木下さんや松本さんにも広がった。


 確かにそう思い返せば少しはやる気が出て来たな。


「女だらけだからってグダグダな踊りは辞めててくれよ? ……ぷくくく」


 観客が異性ばかりじゃなかったらなッ!


「ニャハハ〜けどニッシーなら大丈夫だよ。ねー?」


 木下さんまで……んぐう。


「ああもうやりゃ良いんだろ! なら折角だし派手に暴れてやるよッ!」


「おしその意気だ、それじゃあ行って来いBBOYセルシウス!」


 今度は俺がクロワッサンに背中を押されたからリングの真ん中へ歩くことにした。


「そう言えば木下さんセシルとも仲良かったんだな。どういう経緯で?」


「あ〜うん、んふふっ。実はね……」


 背中越しにチラッとそんな会話が聞こえたがあの2人なら俺の事情を知ってるし別に構わないか。


 まあ木下さんなら俺たちの師弟関係までは触れないだろうから信じることにした。


 リングの真ん中へ辿り着いたがやっぱり緊張するなこれは。


 女子からの視線という視線が突き刺してきて平常心が擦り切れていく。


「ぁ……」


 けど円の後列にいる松本さんと目が合うとお茶目な笑顔と共にグッドサインを出してくれた。


 恐らく俺を励まそうとしてくれてるんだろう、微笑ましいやつだ。


 それにまあ俺なら大丈夫だろう。


 帽子を深く被ると深呼吸をした。


 今までダンスで培ってきた経験が俺の身体を勝手に動かしてくれるはずだ。


「お待たせしました! それじゃあミュージック、スタートっ!」


 すると本当にドラム音が中心な曲が流れてきたが……お、これ知ってるぞ俺。


 オールドスクールタイプのブレイクビーツでバトルにおける定番曲でもある。


 実際に何度か過去のバトルでこの曲を引き当てたことがある。


 よしそれじゃあ普段の自分からへとスイッチを切り替えて行こう。


 今この瞬間より俺はBBOYーCelsiusだ。


 ──今回は楽しさ全開で踊るか。


 頭を音楽に馴染ませるために軽く円を1周するとステップを踏み始めた。


「あっ! もしかしてブレイクダンス踊るのかなっ!? ヤバァ〜」


 やはり第一印象が肝心だからな。最初から全力で踊っていくに限る。


 基礎的なステップを多用しながら細部まで動きをカッコよく見せていく。


「立ち踊りからお洒落だね〜」


 例えばツーステップという基礎中の基礎を踊る時もサボらず魅せていく。


 このステップは合間に微量のジャンプを入れながら足を出しながら手を振るが。


 コツは真横じゃなく出した足に合わせて斜めに降ることでカッコ良く見せるのだ。


 ジャンプ中は腕をクロスさせて足を出すと同時に広げていくのが1番良い。


「凄い……これがBBOYなんだ」


 音楽に添えるようにインディアンとかポップコーンにタートルウォークを多用する。


 頻繁に帽子に手を添えたりスピンを挟んで少しその辺に移動も入れたりしていく。 


 連続で鳴り響くドラム音に対してはインディアンしてその場で腕を横に広げながら腰を勢い良く前に突き出して表現したり、ステップにもアドリブを挟んでいく。


 そろそろドカンッと響く音が来そうだからタイミングを付けてフロアムーブへ移る。


「きゃ〜なに今のカッコいい!!」


 反時計回りにその場で回転すると、身体を斜めに倒すようにして右足で地面を蹴ると一瞬浮いたため、空中で回転しながら左腕と両方の足のつま先で着地した。


 着地したときのビジュアルが丁度ラウンジの体制で左斜め前に上半身に傾けたものになってたから、他ジャンルだとなかなか見ないマニアックな動き出し衝撃だろう。


 最初はフットワークを魅せていくために頻繁に反対方向に緩急をつけた基礎的なものに加えて、俺独自の足捌きや運びをも混ぜて床を自分の足で塗っていく。


 無理して見栄を張るよりも純粋にビートを刻むように意識することが、最終的にカッコいいフットワークに繋がるのが俺の信条だ。


「めっちゃ良いねこれ〜!」


 細かい音から大きい音まで細かい足捌きで拾い上げて表現していく。


「私もこれ好き〜」


 すぐに膝立ちになると6歩に移って勢いを利用するようにトーマスへと移った。


 高速な6歩で生み出した運動エネルギーを活かすと成功しやすいのがポイントだ。


「えっ!? 脚が地面を浮いてる!?」


 更に360度にブンブン振り回してそれを両腕と片腕の交互で体を支えてるからな。


 徐々にその勢いを増していくと片手で反対側の足を掴んで回転して、再びドンっと鳴り響くドラム音に合わせるようにして背中から床へダイブした。


「キャーカッコいいっ!!」


 ぷちバックスピンから再び身体を起こしてトーマス1周すると、左軸腕を地面に付けて両足を上に放り投げたフリーズを華麗に決めて見せた。


 次の瞬間に普通の倒立へと上半身を押し上げると、両足をプロペラの如く勢いをつけて振り回して身体全体を上空へと飛ばすエアフレアを連発で披露していく。


「えっ、嘘!? 重力無くなっちゃったの?」


 そう錯覚したくなるのは俺が空中を舞っては両手でキャッチしてまた飛ばしてるからだろうけど、実際にやってる分には利き足を振り上げる度に飛ばしやすくしてる。


「おいおいこの亀永遠に浮いてるけど大丈夫か?」


 今の冗談はクロワッサンだろうが、盛大に滑ってるしTPOを弁えてくれ。


 だがまあ、俺のエアフレアの最大回転速度はまだまだ序の口の段階だ。


 俺は徐々に高度を下げていき、代わりに飛ばしてキャッチの工程を早めていく。


 ただ自分の心の奥底に燃える情熱の炎の海へとゆっくり沈み込んでいく。


 そこからは女子の黄色い歓声も無くなりただブレイクビーツが流れ込んでくる。


 飛び散る額の汗を置いていく勢いで更に速く足を振り上げ続けていく。


 戦術も、感性も何も関係ない。


 ただ己が出せる全てをこの瞬間へと注ぎ込んでいくだけだ。




 ほら──もっとギアを上げていくぞ──




 やがて全身を勢い良く空中へと飛ばして背中から地面へダイブするアクロバティックなボムを披露すると、片手で全身を支えたエアチェアーへ繋げて力強く決めた。


 次の瞬間に怒号のような黄色い大歓声が室内へと反響しまくった。


「キャーッ!!」「惚れちゃったかも〜」「痺れる〜」「最高にカッコ良かったよっ」「あっつ〜い」「熱量凄かった!」「憧れる〜」「本当に凄かったよっ!」などなど他にも様々な声が飛び交ったが多過ぎて全てを聞き届けられなかったが。


 立ち上がって深呼吸を繰り返してると歓声を大量に浴びせられて純粋に嬉しいぞ。


 しかも女子だらけなせいでハーレムっぽくて猛烈に照れ臭いが光栄だな。


「今年のスーパールーキーよ最高にカッコいい踊りをありがとうッ!!」


 いや木下部長さん残念ながら俺はダンス部に入部する気なんてさらさら無いぞ?


「それじゃあ体験入部を終了させるので本日はこれで解散にしまーす! 1年生のみんな今日は来てくれて有難うねーッ!!」


 それじゃあ汗をかき過ぎて喉も乾いたし、自動販売機で2本目のバナナ&ミルクジュースでも買うか。


 そう思って自分の鞄を掴みに行こうとするんだが──


「ねねッ!! 君絶対に只者じゃないよねっ!?」


「どこでそんなにダンスを習ってきたの!?」


「え、えっと……」


 見ず知らずの先輩方が大量に押し寄せてきたせいで財布が掴めないんだが。


「絶対ダンス歴3年以上あるでしょ?」


「もしかして小さかった頃からやってたりするの?」


「絶対そうだよね〜実はこんなに筋肉あるんだし、ツンツンと」


「ね〜彼女いたりするの?」


「いや……ぁ……」


 ワラワラと群がって来る先輩の距離まで近すぎるせいで頭がパニック状態に。


 誰か助けてくれええッ!? そう思って奥にいる木下さんを見てみると──


 「ふっふーん」


 そう自分の立派な胸を突き出しながら手を腰に当てて得意そうな表情を作ってたから、なんでお前が得意げにしてるんだよとただただ困惑しながら眺める俺だった。




【──後書き──】

いつでも本気で踊る主人公カッコいいですね!

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