第12話 即興
「それじゃあ急でいきなりだけど、即興のダンスパフォーマンスを始めちゃいますっ!!」
本日の体験入部が終盤に差し迫っていた所に木下部長がそんなことを言い出した。
おおマジか。新入部員予備軍にそんなサービスを見せてくれるだなんて最高だな!
俺も今まで沢山のダンスバトルに出て来たきたことあるけど、ブレイキン以外のジャンルもアリのフリースタイルものは避けて来たから非常に楽しみだぞ。
「え、先輩即興ってどう言う意味ですか?」
「ああそれはね、その場で曲を聴いて自分が好きなように踊っていくものよ。これは経験が無いと棒立ち状態になっちゃうんだよね……あはは」
近くの会話の通りで主にダンスバトルはこの要素が大前提に成り立っている。
まあブレイキンには事前にある一定の自分の技の流れを決めるセットムーブって概念もあるけど、それはまた今度木下さんにも説明してあげないとな。
「おいセシルやべえよ俺興奮してきたぞっ!!」
「ああ俺もだよ、他ジャンルのダンスショーなんて最高だな」
いつの間にか部屋にいる全員で部長を囲んで巨大な円を作っていたため、隣に座ってきたクロワッサンと見物することにした。
「おしセシル乱入しちまえ!」
「俺はあくまで静観に徹するつもりだぞ」
油断も好きも無いな。
もしかして俺がこいつを連れてきたの間違いじゃ無いだろうな?
「それじゃあ先ずは私が得意なヒップホップやワックについて知ってもらうために、最初は部長の私から行くねっ!」
それは非常に有難い申し出だ。
おかげでセシルの注意もターゲットに集中したようだ。
「ちょくちょく不安の声が聞こえるけど皆大丈夫だよっ! 地道に練習を繰り返して行けばだんだん慣れてきて、全体的なダンス力も磨かれるからねっ!」
ダンス力か。面白い表現方法だな、なかなか厨二病っぽくて興奮させられる響きだ。
「それじゃあアヤカ、音源お願いっ!」
「オッケー!」
そう言うなり部長のリクエストでスピーカーからダークなハウス音楽が流れ始めた。
彼女は流星のような速度で飛び交う音の球をゆっくりなぞるように腕を上げた。
木下部長は静かに踊り出したのだ。
俺たちは息を飲まざるを得無かった程に迫力があった。
「ミユちゃんあえてスローモーションから始めてるんだね」
「え、なんであえて音取りを遅くしてるの?」
確かに先輩方が言うように彼女の行動は奇妙に映るが。
その体の動きから感じられるのは不安や緊張でも全く無かった。
それはまるで嵐の前の静けさだった。
「おい何かが始まるぞ……!」
クロワッサンが予感した通りに彼女は徐々にその動きを変化させて行った。
音の反響に乗っていただけの身体が少しずつビートを刻み始めたのだ。
最初は腕だけ。次第にステップからボディへと動力源を流していく。
「ウェーブ!?」
「あ、これは加速するつもりなんだっ」
20秒ほど過ぎると木下部長の動きが通常のワックの速度まで辿り着いた。
「ワックも混ざってる!?」
ワックとは腕を暴れ狂う鞭の如く振り回したり、胸の前後のしなりやツイスト・腕を巻き付けるような動きが特徴なダンスだ。
セクシーな踊りのスタイルに加え感情を爆発させるように踊る木下部長。
「ここから一気に盛り上げていくつもりなの?」
彼女の踊りはみるみる白熱して行った影響で観客が唸り始める。
その間にも木下部長はどんどん踊りのスピードを上げていき、最初は腕だけでビートを掴んでいたのが全身にまで広がってあらゆる音を拾い上げている。
「スッゲー!!」
クロワッサンがそう唸るのも仕方がない。それほどに情熱的な踊りだった。
「きゃ〜カッコいいっ!!」
高速でボクシングのジャブを連打してるかの如く、彼女の額から飛び散る汗でさえ遅く見えてしまう速さで一気に仕上げていく。
最後に超速ターンからバチッと止まって腕を上げると、終わったようだ。
「…………」
一瞬は誰も声を発せられなかった。
なぜなら実際には40秒と少ししか踊っていなかったはずなのに、1分や2分も彼女の踊りを見ていたかのような錯覚を覚えてしまったのだ。
まるでその場の時間が操られたかのような衝撃が空間の全員に伝わったのだ。
「「「キャーっ!!」」」
「ミユ先輩カッコいい〜っ!!」
「凄かった!!」
すぐさまその沈黙を掻き消すほどの大声援が響いた。
俺も猛烈に感動したから反射的に心が思うままに叫んでしまった。
「……ハー。歓声ありがとう皆! 実は私ワックも大好きだからつい後半でそっちを中心に踊っちゃった。あはは、ヒップホップを見せるつもりがごめんね?」
「全然そんなこと無いです先輩の踊り最高でしたよっ!!」
「超熱かったっ!!」
「ミユちゃん相変わらず熱かったよ」
「えへへ〜改めてありがとうっ!」
クロワッサンも同様に周りの人間が彼女をベタ褒めにしていく。
俺も我慢できずクロワッサンに便乗する形だが賞賛の言葉を口にした。
俺も長年ダンサーやってきたから分かるけどこういった歓声は物凄くモチベに繋がるのだ。
比較的に泥沼な状況から這い上がってきた俺だから『自分が自分のことを信じてさえいればそれで良い』という価値観を培ったのは事実で強力だ。
それでも「フォー!!」とか「ウワオウ!!」と踊ってる最中とかにさりげなく飛ばしてくれるのは嬉しいから、自分がされて嬉しいことは他人にもして行きたい。
「それじゃあ次の人お願いしたいんだけど、体験入部の子の中にも踊ってみたいって子は誰か居ないッ!?」
そう笑顔で手を挙げながら周りを見渡す木下先輩だった。
奥の方で強烈な視線を感じたから見てみると木下さんだった。
いや残念ながら俺は出る気がないからなと首を横に振ったら睨んできた。
この状況で出ろってか。相変わらず可愛らしい形相だが今回ばかりは静観だな。
すると携帯が振動したので開けてみるとまた木下さんで苦笑してしまう。
『ニッシー出ておいでよ』
『ブレイクダンスっ!!』
『皆に見せる折角のチャンスだよっ!』
『ねえってば〜!』
『断る』
2文字だけ送ると何度もメッセージきそうだったから電源を落としてやった。
隣でクロワッサンが俺の脇腹をどついて来るがそれも無視だな。
するとやがて1人の手が挙がった。
「私踊ってみたいです!」
なんと木下さんといつも仲良くしていた
「お、やる気があって良いね!! 大歓迎だよ〜!」
「マジか。すげえ、あいつ勇気あるよな……」
「確かに、意外だったよな」
彼女は木下グループの中でも比較的に冷静でクールなイメージがあったから、まさかこうして積極的に人前で踊ろうなんて想像も出来なかったな。
何よりもそんな提案をするには自分のダンスに自信が無ければ出来ない。
彼女も相当な経験者だろうな……などと考えていると前に出てきた。
「参加してくれてありがとね! ちなみに踊りたい曲のリクエストとかある?」
「出来ればアップテンポ曲でお願いします!」
「オッケー! 一応踊る時間もジャンルも好きにして大丈夫だからね」
よくもあの人こんな大勢の目の前で平気で居られるよな。
まあ俺も散々バトル大会で優秀してきた事あるからダンスする時に限って人の視線には慣れてるけど、9割以上が女子のこの空間では怖気つきそうだな。
「それじゃあミュージック、スタートっ!!」
彼女のリクエスト通りにドラム音とノリノリなラップが特徴的なアップテンポな曲がやってきた。
これは聞いた事あるぞ! 確かヒップホップの定番曲だ。
「わ〜! 凄い!!」
これがギャップ萌えってやつだろうか……遠くから観察してても普段は冷静頓着でクールな女子が、とびっきりの笑顔で楽しさを振り撒きながら踊っていた。
俺はヒップホップにそこまで詳しくないけど、ヒットを打つときのタイミングなどが絶妙で、まるで感情を爆発させるかのように身体を弾けるように動いてる。
「……すっげ……」
何だか異様に感情が篭った声が聞こえたのでそっちへ向いたら案の定クロワッサンだった。
普段はすかした笑みを浮かべることが多い彼にしてはこんな表情は初めてみたぞ。
目がキラキラしていて口が半開きになっているが視線は小山さんに釘付けだ。
「おーいクロワッサン?」
小山さんの踊りよりもこっちの方が気になった。
何度か声をかけても無視してきたから目の前で手を振りかざすとやっと反応してくれた。
「あ……セシルか。どうしたんだ、急に?」
「どうしたは俺のセリフだよ。さっきからどうしたんだ?」
「俺……一目惚れをしたかも知れん」
「へ〜……ってハッ?」
マジか?
スピーカーから響く音楽に周りの雑音をかき分けて彼の言葉に耳を傾けた。
ああ確かに、気のせいじゃ無ければ彼の頬は少しばかり赤くなってる気がする。
「それ本気で言ってるのか?」
「ああ、多分間違いねえ……だって見ろよ今のあいつを。ほら俺は歳上好きだからうちのクラスでも木下さんくらいにしか興味無かったけど、普段は慎ましやかで冷静な小山さんがあんなに楽しそうに生き生きしてるところなんて初めてみたよ俺……」
俺も初恋がまだだからアニメや漫画より受け売りの知識だけど、こんな表情で誰かを語る様は確かに普通じゃない。
「こんな気持ち初めてだよ俺……今まで散々遊んできたのに1人の女の子に執着することの無かったのにな。急に小山さんが今まで出会ってきた女性の中で一番魅力的で欲しくなっちまった。……なあセシル、もうこれって完全に一目惚れってやつだろ」
「ふっ……本人がそこまで言うなら、きっとそうなんだろうな」
「見ろよあの踊りながら浮かべてる幸せそうな笑顔を……俺が守ってやりてえ……」
これはもう疑いの余地がないな。
──クロワッサンは本気で小山さんに一目惚れしたらしい。
だったら俺の役割は1つだ。
「頑張って手に入れて見せろよ、シュウヤ。親友として応援してるから」
一発だけ背中を叩いてやると照れ臭そうに微笑んだきた。
「ありがとな、セシル。無事に落とせたらご褒美にラーメン奢ってくれよな?」
「全くご褒美くらい自分で用意しろよ……けど分かったよ。約束だ!」
小山さんこそが彼をヤリチンの業から解き放ってくれる女神になってくれると良いな。
「すっごい楽しそうに踊れてたわねっ!!」
「ナゴミ最高〜っ!!」
「みんなこの子の勇気に拍手してねーっ!君すごく輝いてたよ!!」
クロワッサンと喋ってる間に小山さんのダンスが終わってしまったが、チラチラ見てた分には彼女も終始ダンスを踊ることの楽しさを伝えるように踊れていた。
あれを見てクロワッサンが惹かれてしまうのも当然だろう。
やはりダンスをやってる以上は見てる観客に自分が楽しんでいることを伝わらせるのが肝心だからな。
クリエイター全般にも言えるだろうことだが、自分がその活動を楽しんでること自体が1番重要で、見てる側に自分の熱量が伝わったら冥利に尽きるってものだ。
だから幾らその分野で技術が高くて完璧にこなせられたとしても、活動してる本人から一切楽しさが楽しさが伝染して来なかったら、つまらない踊りになってしまう。
彼女の踊りを見て、改めてそう思わされた。
「それじゃあ後もう1人だけでも良いから踊りたいって人は居ないかなッ!?」
木下部長がそう言った瞬間に妹が反対側から掌全体でカモンを連打してきた。
まるで暴れ狂う魚のひれのようでつい吹き出しそうになるが、目を逸らした。
「んっ!?」
びっくりしたのは急にあいつが立ち上がってこちらへ回り込もうとしたからだ。
ああ間違いないだろう、現に彼女の視線は俺に固定されていた。
ああマジかよ木下さん……だが残念だけど俺は無理だから退室するしかないか。
そう思って腰を上げて移動しようとすると──
「木下部長! はい! 俺が踊りますっ!! 是非俺にダンスをさせて下さいっ!」
立ち上がりながらそう大きな声で宣言したのは真横のクロワッサンだった。
正気かお前!?
ダンスで完全にズブの素人のお前が踊れるなんてわけ──
「──と、隣のコイツがさっきからずっと思ってたんですよっ!!」
とびっきりの笑顔でそう言いながら、俺の肩に手を置きながら付け加えてきた。
やはり貴様を連れて来たのは俺の選択ミスだったかああああああああッ!!?
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