第11話 体験入部
花園高校のダンス部は体育館の1階にある大きな踊り場で活動していて、入り口に入るとその広さはおよさバスケットコート2つ分くらいだった。
「うぉ……」
恐らく練習着か私服姿で着替えていた女性という女性が場を埋め尽くしていたため、反射的に入る場所を間違えたんじゃ無いかと錯覚すら覚えてしまう程だった。
その上お洒落な格好をしているが普通にお腹が出ていたり極端に短いズボンを履いてた先輩方もチラホラいる。これ本当に入っても良いのか? と思っていると──。
「おーいセシルこっちだぞ」
教室で1番後ろの壁際の真ん中で手を振って来たからクロワッサンの横に座った。
ちらっと奥の方で木下さん達が仲良く喋っているのを確認した。
それにしてもクロワッサンのやつが向こうに混ざってないのが何だか珍しいな。
「体験入部者はこっちで見学だってよ」
「よう、随分楽しそうだな」
「そりゃここは俺にとって天国のような場所だからな」
今まさに先輩方が床にモップかけたりと準備中のようだが、クロワッサンのやつ彼女たちの身体をじっくり観察してるようだな。それで笑顔が絶えないわけか。
「そっか。それで目当ての先輩は見つかったのか?」
見た感じ先輩方の合計人数だけで30人行きそうな人数で結構多いようだな。
「いやそれがまだなんよな──お、間違いない! 今入ってきたばっかりの人だぞ」
扉から入って来たのは美しい縦線が入った腹筋を見せるようにお腹が出たお洒落な服装に黒髪ロング、白シャツに抜群のセクシーなスタイルに綺麗なお顔だった。
「熊せんせー曰くあの人が
「改めて見るとすんげー美人だよな」
同感だな。流石可愛い子が集まって来ている花園高校なだけのことはあるな。
容姿が抜群に優れている先輩方も多いけど彼女だけ異質な存在感を放っている。
「それじゃあ始めよっか。今からストレッチしていくよ〜」
彼女の号令で立ち話していた先輩方がそれぞれの位置について柔軟をし始めた。
鏡の最前列から木下先輩、3年生、2年生の順番と並んでるらしい。
クロワッサンの情報収集力曰く後輩が先輩方の真似をするための配置の仕方のようだ。
「それで最初はストレッチをしたらアイソレに移るんだな」
「アイソレってなんだ?」
「身体の部位を独立させて動かす練習のことだ。ブレイキンは使える場面が限定的過ぎるから俺はもうぶっちゃけやってないが、他のジャンルだと必須のスキルだな」
「お、おいセシル……や、やべえぞ……俺の目が……目があああっ!」
ヤリチンのくせに意外とウブな反応するんだな。
「うるせえよ馬鹿野郎。分かってるから声抑えろっての」
約1名ほど網膜の回路が焼き切れた人がいるのも無理は無い。
なんせスタイル抜群のお姉さん方が本気でアイソレーションを行ってるからな。
首だけ、胸だけ、腰だけとやっていく様を見てるうちに背徳感に駆られてしまう。
先輩達が女の子な部分を全面的に強調させてるせいでとても直視できん。
めちゃくちゃ見たいのに見れねえ。いやちょっとくらいは見ても良いよな。
特に木下先輩がめっちゃ動くから視覚的に15禁になってて普通にヤバいぞアレは。
「にしてもセシルよ、木下先輩ってマジで美人で可愛いよな。部活紹介でも凄かったけど改めて生で見ても美しいな」
「流石木下さんの姉、美人姉妹ってところだな」
「だな。……お、こっち見てきたぞ」
彼女と目があったと思ったら俺たち体験入部者の方まで歩いてきた。
俺たちをざっと見渡すと凛と澄んだ声でその可愛らしい口元を開いた。
うお……改めて間近で見る彼女の割れた腹筋はセクシーで魅力的だな。
「一応今はまだ体験入部期間だけど、踊ってみたい子は踊っちゃっても良いわよ!」
「……はい」
まあそりゃ経験者の中に飛び込んで行くのは抵抗を感じさせられるものがあるんだろう。
俺もブレイクダンス歴が長いとはいえ他ジャンルの踊りは齧ったこともないからな。
そう思っていると手が挙がった。
「はいはい!! 俺も踊りますっ! ご指導宜しくお願いしますっ!」
真横の猿だった。
木下先輩への好意が駄々っ漏れなせいで気を緩めたら吹き出しそうだ。
「もちろんだよ。ダンスやったことあるの?」
「いえ無いですけど、腰振りダンスは得意ですよ」
さっさと捕まれ。
それにそれはダンスとは言わねえだろ。
スポーツがギリギリ妥協ラインの運動だ。
それを聞いて流石の先輩も苦笑したが周りの子にも聞こえるように説明した。
「うちの部は男女入部可能でジャンルフリーだから、好きなように踊っていって良いよ。ただヒップホップ好きの私が部長してるから、アイソレとか音取りの仕方はHIPHOP式になってるってわけね」
それで部活紹介のダンスもヒップホップ中心に踊ってたわけなんだな。
「ミユお姉ちゃん、私も参加するよ〜っ!」
「あははっ、勿論よ歓迎するわ! けど妹だからって特別扱いしないからね?」
「当然だよ。ご指導の程宜しくねっ!」
物凄く仲が良い姉妹のようでこのやり取りは見ててほんわかさせられるな。
「あ、じゃあ私も参加しますっ!」
「私も参加しますね〜!」
どうやら木下さんグループに引き続いて結構な人数の体験入部者も参加するらしい。
「はーいどうぞどうぞ〜! 楽しいからみんなおいでよ〜!」
木下さんの姉もノリノリで何だか物凄く親しみやすい人柄だな。
クロワッサンも参加することだし、ここは新しい世界に飛び込む気持ちで混ざるか。
少し迷った素振りを見せたが俺も結局立ち上がることにした。
「君もやるの?」
するとどうやら木下先輩がわざわざ話しかけた。本当に美人なんだなこの人も。
「はい、やりますよ」
すると何故か奥の方からこちらを見てた木下さんが微笑んでグッドサインを出してきた。
「良かったよ! ちなみに、男子部員は2年生に1人だけ居るよ、幽霊部員だけどね」
「ああ、そうなんですか」
いたと聞いて少し嬉しくなったのに、やっぱり幽霊部員だったのか。
まあそりゃクロワッサンみたいな女好きでも無い限りこの環境はキツいだろうからな。
「それじゃあ早速リズムトレーニングの音取りから始めて行くね!」
やがて俺たちは整列すると木下部長が鏡の前で振り向いて指導を始めた。
ちなみに俺の真横は木下さんと松本さん、奥にクロワッサンと小山さんだ。
「ニッシー、宜しくねっ」
「ああ、一緒に楽しもうな」
木下さんが小声で話しかけて来たのでサッと返事をした。
「それじゃあ今から音源を流して行くから、私の動きを真似して行ってね! 先ずはダウンからねっ!」
やがてスピーカーからノリノリでアップテンポな曲が流れ始めて、部長が身体を上下へと揺らし始めた。
客観的には軽めのスクワットをするように身体を上下に動かしてるように見える。
おお。流石長年の経験者だからかこの基礎的な動きでさえ見応えがバッチリある。
「カウントをしたときに逆に下に落とし込むのがダウンよ」
真似をするように新入生たちもダウンを取ったが難しい顔が続出した。
一見普通に膝を上下してるだけのように見えるが、何をどう意識しているのだろう。
俺も上手く出来ないから彼らの動きを分析していると、木下部長が横に向いた。
「ダウンのコツは上手く腰を使って、身体を前後に動かすようにして身体を後ろにノるようにすることよ」
つま先を上げたりケツを後ろに突き出すようにするのはNGなわけか。
恐らくつま先に力を入れてることで、上半身が安定しているのだろう。
首まで頷くようにリズムに乗せてると出来やすくなるらしい。
「今度はアップもしていくね! 身体を上に持ち上げて行くのがアップよ」
アップもカウント取っているときに上半身が前に傾くようにリズムを持ってくること以外、恐らく意識すべきことは変わらないのだろう。
「このときも音楽をよく聴いてね!」
木下部長は本当に楽しそうに踊ってるな。同じダンサーとしてああいう態度は好きだ。
やがて他の皆もコツを掴んできたのか木下さんなども上手くできるようになった。
俺も始めてやってみた分には割と出来てる気がするから驚いたけど、これ意外と楽しいぞ。
ただ音楽に耳を傾けながら同じような動きを永遠と繰り返す。
これは退屈な作業のように思えて没頭できる内容だから良いものが見つかったな。
「それじゃあ皆はそのまま続けていてね!」
すると部長は前列から順に体験入部者を見て回り始めたようだ。
「うん、そうそうそんな感じよ! 今度は胸とお腹をより折り畳めるようにしてやってみよっか!」
「はいっ! やってみますっ!」
クロワッサンのやつが真面目にダンスに取り組んでるぞ。
てっきり木下先輩を口説き落とすことにのみ集中すると思ってたから意外だな。
するとやがて俺の真横に居る松本さんまで来たので見てみると。
上手いっ。彼女もダンスの経験者だろうか。
木下部長程じゃなかったが、これは一丁一憂で培えられる技術じゃないだろう。
「うん、あなた上手いわね。その調子よ」
「有難うございますっ!」
やがて俺の目前まで木下部長がやってきたと思うと黙ったまま観察を続けてきた。
……は?
なんでこの人全く何も言わずに俺の全身を舐め回すように見つめるんだ?
そう思っていると「ふっ」と微笑を浮かべて、
「ねえ──あなた実は相当ダンス歴が長いでしょ?」
「え?」
急に蠱惑的な表情を浮かべながら俺の耳元でそんなことを呟かれたせいで、アップダウンの動きが反射的に止まってしまった。
なんで、どうしてと疑問の言葉が頭の中を駆け巡る。
「私には解っちゃうんだ〜……その着痩せする細マッチョ体型に、気付かないうちに漏れ出てしまっている体の動かし方の癖などね。音取りは初めてだったのかな?」
そのまま顔がドアップされた状態で聞かれたせいでとても返事が出来ない。
まさに天然の童貞キラーって感じだな。照れ臭さで今すぐにも悶えそうな気分だ。
それにこんな公の場で美人なお姉さんと密着状態寸前は緊張するから辞めて──。
「まあまあ大丈夫だよっ! 今はまだ形に入ることから真似していけば良いからねっ!」
そう笑顔で俺の肩を叩くと隣の妹の所へ行ってしまった。
何事も無かったかのように去って行ったが、どうやら変に目をつけられたかもな。
それは非常に面倒臭そうだから出来れば興味を外してもらいたいんだが。
「ユウキ良い感じだよっ! 足を上半身と同じ方向に向けられたらなお良いよ」
「解った! ……うーん、こうかな?」
「うんうん、その調子よ! ……それにしても昨日の今日で急にダンスに興味持ち始めただなんてお姉ちゃんもビックリしたよ? この数日で何かきっかけがあったの?」
木下さんのやつ、家族にまで俺との姉弟関係を秘密にしてたんだな。
これは申し訳ない気持ちもあるんだが、相手があの妙に鋭い木下先輩だからな。
完全に俺の我儘になるけどあともう少しだけ彼女にも秘密にして頂きたい。
「まあちょっとだけね……けどダンス部に入るかはまだ決めてないよ」
「そっか。けどお姉ちゃんは嬉しいぞ! これまで通りに相談事があれば、いつでもこの頼れるお姉ちゃんを頼ってよねっ!」
「うん本当に有難うね、ミユお姉ちゃん!」
「ミユ先輩! 水分補給して来ますね〜!」
「あ、うん勿論だよ! はいはーい皆、今から水分補給を設けるから自由に休憩して行ってね」
やがて先輩方も休憩し出したので俺も外の空気を吸いに室内を出ようとする。
「ねえニッシーさっき何だかお姉ちゃんと秘密のやり取りしてたようだけど、何だったの?」
あれを見られてたのか。まあ恐らく俺の驚愕した表情で何かを察したんだろう。
「ああ。実はダンス歴長いよねって勘繰られた。なあ実は姉がエスパーだったりするのか?」
「あっははっ。勿論違うけど、ミユお姉ちゃんの勘は良く当たるよ」
「そっか」
それはおっかない存在だな。極力目立たずに体験入部を過ごすことにするか。
「ねえニッシー、また一緒にバナナ&ミルクジュース飲みに外行かない?」
随分あの飲み物を気に入ってくれたようだな木下のやつ。
まあ俺も元からそのつもりだったしな。けど、
「代金は自分で払えよ」
「あっははっ。じゃあ仕方ないか〜、オケ丸ポヨッ!」
こいつ本当にこの無駄にあざといポーズとセリフ好きだよな。
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