第2話 馴れ初めの経緯 ① 愛する家族のため
木下さんという初めての異性の友達兼、弟子が出来た俺だったが、そのきっかけは意外な出来事だった。
それは俺が現在もブレイクダンスに励んでいる背景から知って頂く必要があるので、俺がうちの高校の入学式を迎える前日までグーッと遡ることになる──。
※
『さあ観客の皆さん〜! この2人による超熱いバトルに拍手ぅ〜!』
骨の髄にまで響き渡るダンスミュージックが室内を支配しながら、マイク越しに観客にそう言い聞かせる今回のブレイクダンスのバトルイベントのMC役。
「パチパチパチパチ〜」
「ヒュー! ヒュー!!」
そんな拍手喝采を浴びながら俺も、決勝戦で俺の対戦相手のダンサーまでもが深呼吸をしながらジャッジの決断に心をざわつかせならも勝負の判定を待つ。
やがてこのバトルのジャッジ役の3人が話し合いの末に優勝者を選び切ったようなので、代表者が俺と相手のダンサーの間に入って両方の腕を取っては待ち構える。
『おっしオーライッそれじゃあ行きましょう! ジャッジに入るぜ! スリー、ツー、ワン。ジャッジ!!』
MCのカウントダウンに合わせてジャッジの代表者が腕を上げた。
その腕が掴んでいたダンサーの腕は──。
『BBOYーCelsius《セルシウス》ぅ〜ッ!! 皆拍手ーッ!!』
俺のダンサー名が呼ばれると共に腕も上がったので、優勝者はまた俺だった。
「よっし!!」
どのバトルに出場しても基本的にそうだが優勝したら滅茶苦茶嬉しいものだ。
なぜならこれは俺の使命でもあり生き甲斐だからな、嬉しさに叫んでしまう。
とは言えダンサーの礼儀として俺は対戦者に握手してお互いに抱きしめた。
やはり挑発的な踊りであるブレイキンなためこういったマナーも大事にしたい。
「フォーッ!!」
「ヒューヒューッ!!」
再びそんな嬉しい拍手と喝采に包まれながらも、ジャッジに優勝品を授与された。
「また一段と上手くなったようだね、セルシウス。優勝おめでとう!」
「有難う御座いますッ!」
デカデカと「RISINGーVOLTAGE高校生対抗ブレイクバトルSOLOーBATTLEーWINNER」と書かれたボードと、5万円分の優勝賞金の封筒が入った小さな鞄をそれぞれ抱えながら、俺は壁際に寄ってカメラマンに写真撮影をされた。
「おめでとう、セルシウス! 次回もまたここで開催するからまたおいで」
「はい、またエントリーして来ます! 本日も有難う御座いましたっ!」
このブレイクダンスバトルイベントですっかり常連になっていた上に、高確率で優勝してきたからどうやら主催側の人間にまでとうとう俺の存在が覚えられてしまっているらしい。
これからもお世話になる予定だから愛想良く挨拶するとすぐ帰宅した。
会場を出発する前に滝汗をかいた長袖のシャツを着替えた上に、シーブリーズで体中の汗を拭き取ったとは言え、念の為に体臭を再チェックする──良し。
『ピンポーン』
若干だがペンキの色が錆れたドア越しにインターホンを押してあげるとドタドタと慌ただしい足音が近付いてきて、勢い良く4階建てマンションの1階の扉が開いた。
「お兄ちゃんお帰りっ!! わー凄いっ、今日も優勝して来たんだねッ!?」
予めリュックサックから取り出していた俺の優勝を物語るボードと優勝賞品の小さいがお洒落な黒い鞄を見せてあげた。
そうすると歓喜しながら胸元に飛び込んできたのは、世界で1番可愛くて、俺が誰よりも大好きで、自慢の妹の
彼女は俺より2個下で現在中2だ。裁縫からお料理までの家事全盤に加えて勉強も学年でトップクラスの容姿端麗、才色兼備の大和撫子だ。
普段はお淑やかに振る舞ってるらしいが兄の俺と母親には常にベッタリな為その真相は未だに闇の中だ。
容姿は俺の鼻くらいまでの身長で金髪赤目のツインテだ。ニッコリ笑う時の八重歯が可愛らしく、両サイドに生えてることから「吸血鬼みたいだな」と揶揄ったら俺の肩を甘噛みされた。
固有スキルはその通りに甘えん坊で俺もついつい可愛がってしまう。
「ただいまルナ。今日もお兄ちゃんバッチリ楽しんできたぞッ!」
商品を鞄の中へ戻すとそのまま俺の胸元へすりすりと頭を擦るようにして甘えて来ていたルナの頭をわしゃわしゃと撫でてやった。クーっ、ほんっと可愛いなこいつ。
「えへへ〜っ。今日も朝からずっと我慢しながらも、ちゃんとママのお手伝いもして帰り待ってたんだよ? だからご褒美にもっと頭撫でて偉いって褒めてよお兄ちゃん」
俺も我慢出来ずに空いてる方の腕でルナを抱きしめて頬越しに彼女の髪を感じながら、シャンプーの良い匂いで気分を落ち着かせると、ルナも抱き締め返してくれた。
「もちろんだよ。偉い偉い、今日もママを手伝ってくれてありがとなルナ」
そう言うとTシャツ越しに「んふふっ」と鼻で笑って嬉しさを伝えた。この可愛い生き物を動物に例えるならば猫であり、今頃架空の尻尾を振り回してるだろうな。
「あっ、ごめんねお兄ちゃん。こんな外で引き止めちゃって、出直してくるね」
俺がブレイクダンスで肉体を酷使したために身体に疲労が蓄積してたのも事実だが、毎回ルナとの抱擁をする度に疲れが魔法のように吹っ飛んでしまうのだ。
「別に良いよルナ、今日もそんな風にして迎えてくれたのが嬉しかったよ」
若干狭い玄関で靴を揃えて脱いで中に入ろうとしたところでルナがポツンと佇んでいたので、やれやれまた恒例のアレかと微笑ましく思いながらも彼女の言葉を待つ。
「お兄ちゃん、ご飯にしますか? お風呂にしますか? それとも……私っ?」
招き猫の手でチョンと押し出してるであろう唇を隠して、ウルウルした瞳で俺を見つめながらそう聞くルナ。若干頬を赤らめていて足が内股なのがポイント高いな。
「もちろんルナだよ」
この新郎新婦ごっこ遊びをしてくるルナには何故か飽きることが永遠に無く、例え毎日同じやり取りを一年中繰り返そうとも決してウンザリすることはない。
「えへへ〜っ。じゃあ、今からお兄ちゃんにただいまのキスするねっ」
最近ではすっかりと習慣になってしまったようだな、この一連の流れも。
「ふっ、良いぞ」
そのままルナの目前まで移動すると俺の頬っぺたに「チュッ」とねっとりで情熱的にだが、接触時間を1秒間に抑えたキスをサラッとこなしてきてくれた。
「んふふっ。改めてたおかえりっ、お兄ちゃん」
セリフの語尾にハートが何個も付け加わりそうな勢いでそう言ってくれた。
こんな愛おしい存在に愛情を与えられたら自然と倍で返したくなるものだ。
「ありがとう、ルナ」
当然お返しに俺の方からもルナのスベスベの頬っぺたにサッとキスし返した。
いつものやり取りだがルナもキスを受けてから嬉しそうに目を細めて可愛いな。
これしきのスキンシップは欧米でも主流だし、兄妹だからやって当然の挨拶だ。
「あら、帰って来たのねセシル。今日もあなたの大好きなトマトのミートソースのパスタが出来上がってるわよ。ルナも手伝ってくれたのよ? さあ、食べて食べてっ」
すると玄関での喧騒を聞きつけた母親──
さっきから充満していた美味しそうな匂いの正体はそれだったわけか。
彼女は俺とルナ自慢の母親で今年は36歳になると言うのに、間違って部屋に入ったときに20代に来てたらしい水着をまだ着こなしていたのだ。
「どう、セシル? まだママも若いでしょ? んふふっ」
と逆に見せびらかす辺り大層自分に自信をお持ちのようだ。
容姿については茶髪ロングでいつも縦ニットの服装だから身体のラインが相変わらずバッチリ見えている。
脅威のGカップだと言うのにウエストは引き締められているがケツをからふっくらと丸みを帯びたプロポーションが客観的に艶かしく映る。
だからって別に欲情したりしないけどな。普段からこんな家族には慣れてしまっているためか、それとも家族だからか性的刺激を感じる感受性が欠乏してしまってる。
「本当か!? よっしゃあッ!」
俺がそう言うと彼女も只今のキスを頬っぺたにしてくれた。
「さ、上がって上がって」
別にお客さんを店に上げるかのような掛け声をしなくてもな、と苦笑しながらも鞄を自分の部屋に置いたら既に準備が整ってるダイニングテーブルに集まり合掌する。
「「「頂きます」」」
振りかけられたチーズの粉が完全に混ざり合うまでかき混ぜていく。
2人並びながら一生懸命に混ぜようとする俺とルナを嬉しそうに眺めるお母さん。
恐らくすぐ後に飛び出る俺たちの表情を心待ちにしてるんだろう、いつもの事だ。
クルクルっ。パクッ。ムシャ……ムシャ……ムシャムシャ、ゴクリっ。
「「んーっ、うま〜いっ」」
「うふふっ、ありがと」
俺もルナも思わず唸ってしまう程の絶品なため、頬っぺたもずり落ちそうだ。
やはり母親の手作り料理に叶う食べ物はこの世に無いなと俺は確信している。
あるとすればそれはルナの手料理だろうが、今ではまだ叶わないな。だが、
「ほら見てお兄ちゃん。これ、ソーセージをハート状に切り取ったのはルナだよ」
そう言ってフォークで刺しながらソーセージの表面を隣から見せつけてくるルナ。
「ああ嬉しいよルナ、ありがとな。……それでママの皿には空洞のやつばかりが入ってるんだな」
ルナの皿にもチラホラあって気になったが、やはり愛情の証だから嬉しく思う。
「ふふふっ、お母さんは別に構わないわよ」
母も母で昔からずっと相変わらずだな、全てにおいて俺とルナを優先する所とか。
「さっきもチラッと聞こえたけどまた優勝出来たようね、セシル。おめでとうっ!」
純粋に我が事のように一緒に喜んで祝ってくれるお母さんに照れ臭さを感じてしまうが、心底嬉しいため俺もお礼を言う。
「ありがとう、ママ。俺が常に活躍できてるのはママとルナの支えあってこそだよ」
「どういたしまして、お兄ちゃんっ」
「そうね、けれどいつも助かってるのは私の方よセシル。あなたがダンスの大会で優勝を頻繁に持ち帰るようになったあの日から、収入面で大きな貢献になってるのよ」
そう。俺が小2のときにパパ──
ママ曰くパパの死亡慰謝料による相手の家族からの損害賠償金を700万円ほど受け取ったと聞いたが、当時から仕事をアルバイトに変えたため長くは持たなかった。
最近になって知ったことだが家庭の人柱が死亡した場合、被害者の家族から貰える死亡慰謝料は2800万円が相場らしい。
けど当時は弁護士に相談もせずに示談を急いだため大きな損をしてしまったが、今となってはもう最早どうでもいい。
3年間はなんとなく現状維持で持ち堪えられたようだが俺が小5になった当時は母も英語の幼稚園の先生のアルバイトを辞めてAV女優に転職して稼ぐと言い出した。
最初は女性の妊娠適齢期の絶頂にいる母親だからただ欲求不満なんかなと呑気に思ったが、自分なりにネットを調べた結果それでママの心までが汚れることを知った。
30代になってなお抜群のプロポーションを維持出来ていたから「私もまだまだ元気だから大丈夫だよセシル」と頭を撫でて言い聞かせてきた。
だが当時にクラスの男子経由でそれなりの性知識を獲得していた俺は、ママのその選択肢を取り下げるように必死にお願いした。
──ママの純潔は俺が守るんだっ!
当時は単語の意味を履き違えて宣言したのも今にして思えば恥ずかしい思い出だったが、それでママの精神的な苦痛を少しでも和らげられて万々歳だ。
だが金銭面の問題が解決したわけでも無いので、俺は自分からママに2つの提案を突き付けた。
1つは当時まで通っていたダンススクールとそろばんを辞めて浮いた2万円近い金額を生活維持費に回すこと。
2つはブレイキンの基礎を一通り覚えた俺が一生懸命ダンスを練習して大会で賞金を稼ぐことだ。
──本当にありがとうセシル。それじゃあ頑張りなさい、でも無理はしないでね。
ママはそう言ったがそんな中途半端な覚悟でダンスと向き合ってちゃいつまで経っても上手くなれないと知ってる俺は、血反吐を吐く勢いで猛練習を繰り返した。
結果的に俺の努力が報われ始めたのは小6からだったが、それ以降は週末のダンスバトルイベントの大会で賞金を荒稼ぎ出来る様になり、今に至ったと言うわけだ。
「だから、いつも有難うねセシル。本当に自慢の息子よ、物凄く愛してる」
そう言いながら俺の背後に回ってくると優しく抱きしめてくれた。ルナも便乗したが、ふっと気を抜いたら涙が出てしまいそうだから辞めてくれよ。
折角の料理が涙でぐちょぐちょになったら台無しだ。
俺は涙が溢れてしまわないように上を向いて深呼吸した。
「お兄ちゃんもいつもママとルナのために頑張ってくれて有難う。ルナも大好きっ」
ルナまで隣から俺の左腕へと抱きついてきた。俺もされるがままになった。
「俺に唯一残された大切な家族のためだからな、当然のことだよ。俺も愛してる」
1分くらい丸々抱き締めあった。本当にここまで来るのに皆、頑張ったからな。
今となっちゃ俺とルナの部屋にゲーム機とテレビやら俺が大好きなラノベを好きに買える程の余裕が出来ているのも事実だな。
けど小6まではママが1日2食だけ食べるなりして本当に切り詰めた生活をしてたからな。俺の努力が報われて本当に良かったよ。
──本当に、良かった……っ。
やがてパスタを完食してルナと格闘ゲームでCPU相手にチームでボコボコにした後就寝時間になったので、電気を消すとルナと一緒に同じベッドに入った。
俺とルナの部屋は共同なので勉強机もクローゼットや本棚なども全てこの部屋に入っている。
「お兄ちゃんも、明日入学式だね。楽しみ?」
背中越しにこっちを向きながら話しかけて来たので俺も右側の方を向いた。
同じシャンプーを使ってるはずなのに凄く良い匂いが漂って来るのが不思議だ。
「ああ、楽しみだよ」
幸いクロワッサンも受かったから一匹狼状態にならずに済みそうだし。
新しい刺激が沢山俺のことを待ち受けてそうでワクワクしているところだ。
「ねえ……お兄ちゃんは彼女とか……作らないよね?」
「そんな訳ないだろ? クロワッサンじゃあるまいし」
「そうだけど、クロワッサンの横に居るだけで女が群がってくるんだよね? だからちょっとした手違いでお兄ちゃんを好きになっちゃう人が出て来るかもしれないよ?」
修也のやつは度々俺の家に遊んで来てくれたのでルナとも面識があるからクロワッサン呼ばわりしてるが、少々偏見が酷過ぎて苦笑してしまう。
まあ幸いにもあいつは年上の女好きだからルナを口説くこともしなかった因果が今でも彼との友情を継続させてくれている要因かも知れない。
クロワッサンが初対面のときに俺の母に寄ったときはぶっ殺そうかと思ったが。
「心配性だなルナは」
「お兄ちゃんは誰にも渡さないんだもんっ!」
そう言うと再び子猫のように俺の胸元へ頭を擦り付けて来た。本当可愛いやつめ。
その幸せそうな顔を見て俺は再び自分の使命を思い出す。
──このルナの可愛い笑顔だけは何としてもお兄ちゃんの俺が守ってやるからな。
それを改めて心に刻み付けると、無意識に頭を撫でるために手が伸びてしまう。
とはいえ明日はルナの入学式の日でもあるため俺はさっさと寝ることにした。
「おやすみなさい、ルナ」
「んふふっ。おやすみ、お兄ちゃん」
俺の可愛い妹のおでこにキスをしてあげると、ルナもそのまま眠りに落ちた。
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