第3話 馴れ初めの経緯 ②  熊せんせー



 入学式後に先生の提案でクラスメイトと自己紹介をし合うことになった。


「おはよう皆の衆。改めて入学おめでとう。今日からお前達の担任の先生兼国語の教師を担当することになったから宜しくなっ! それじゃあ早速自己紹介して行こうか」


 教室内へ入って来たのは背が高いがお腹の膨らみが結構凄い事になってる男性だ。見た感じはメガネも掛けており服装がオールドファッションだ。


 髭も結構ボーボーに生やしてるが何故か不潔よりも親しみやすそうな印象を抱いてしまうのが不思議だ。


「宜しくお願いしま〜すっ!」


 後ほどに木下優希だったと判明する女の子が勢い良く手を挙げて挨拶し返した。


「返事が良いねお嬢ちゃん。別嬪さんは来月になる頃にはクラスの男子の心を鷲掴みにしてそうだな、彼氏は居るかいっ?」


「居ませんよ〜」


「だ、そうだぜテメェら!? 彼女をかけて青春らしく奪い合うんだな。フハハハ!」


 そう言うとクラス中の奴らがぷっと吹き出し始めた。


「厨二病臭えな」


「親しみやすい先生だねっ」


 運良くなかなか面白い先生に当たったようでこれからの授業が楽しみになったぞ。


「それじゃあ今から自己紹介していくが先ずは先生の番だ。その前に前列の奴らはこの紙を後ろまで回して行ってくれ」


 すると俺にも回ってきたが非常に懐かしい物で、周りの奴らも驚きの声を上げた。


「オイこれって小学生の時にめっちゃ流行ったやつだよな!?」


「なっつー! ウチも当時は皆と見せ合いっこしてたんだっけ」


「先生、これってプロフィール帳じゃないですかっ!?」


「良く覚えてるなお前ら! そう、今から自分の自己紹介をここに書いてもらう」


 文字を書く多くの蘭が猫型だしど真ん中にデカデカとハート型の吹出しがある。


 良くこんなものをまだ持っているんだな。まだ売られてたりするのか?


 とはいえ皆の前で発言とか俺の不得意な分野だから思わずげんなりしてしまう。


 特別話すことが嫌いな訳じゃないがあらゆる方角から視線を向けられた状態で離さなければならない状況が辛いのだ。


 中学の頃にも何度か人前でスピーチさせられたが手をポケットに突っ込みながら喋らないと真面に話せなかった苦い思い出が有る。


「先生なんでこんな物持ってんですか? 流石に小学生を襲っちゃダメですよ」


「誰がロリコンだアホかっ! これは学校からの支給品で毎年恒例なんだよ」


 今のはクロワッサンのツッコミだな。相変わらず人を笑わせるのが得意なヤツだ。


「その前に先生の自己紹介も行うからコピーしたやつを回していくぞ」


 再びプロフィール帳が回って来たと思うと先生のだった。


 軽く要約してやると以下の通りになる。


 名前:熊畑賢介くまはたけんすけ

 趣味:ドライブ、映画鑑賞

 MY FAVORITE:林檎りんご、昼寝

 MY BEST 3の吹出しで「俺のモットー」と書かれている:

 1:締めるところはきっちり締め、緩めるところはとことん緩める

 2:時間は金より大事だ

 3:石橋叩いても渡らない

 今年の目標は?:快便

 FREE SPACE:おっパブ最高だぜヒャッハーっ!


 ツッコミどころ満載だなオイ。俗に言う魔法使いだったんだな先生は。


 特に何だよ快便って。ちゃんと食物繊維食って運動してりゃ快適に出来るのに。


「先生ってあだ名無いんですかー?」


 明らかに女子たちが困惑してる中そんな質問を積極的に飛ばすクロワッサン。


 先生のメンタル力も見習いたい。良くも胸を張るように堂々としてられるよな。


「ああそれが無いのさ。そうだ、お前らが1つ考えてくれよ」 


 何だかんだで女子達も唸ってる辺りもうそういうキャラだって割り切ったようだ。


「『熊せんせー』なんてどうだ!? 全身の毛を剃り辞めたら見た目通りになるっしょ」


 クロワッサンがそう言った瞬間にあまりにも的確過ぎるネーミングセンスでクラス中が爆笑した。あいつ本当人のツボを押さえるのが上手過ぎるだろ。


「おー悪くねえな黒沢っ! よし今日からそれ採用するぞ!」


 体格も大きくて好きなものが林檎と昼寝って確かに動物に形容するならば熊だな。


 名前から直接引っ張ってきたこともあるし親しみを持って呼ぶことも出来そうだ。


「それじゃあ今からお前らにも自己紹介してもらうが、1番手は誰が行きたい?」


 そう言うと入学式でも目立っていた、茶髪の女子がしゅぱっと手を挙げた。


 先生が『1番』と言った瞬間に挙げた辺り反射神経が物凄く優秀そうな奴だな。


「はいはーいっ! 私から先に自己紹介したいですっ! 皆もそれで良いかな〜?」


 もう既にクラスのカースト上位の枠に入ってるような存在に不満を言う人は1人も居なかった。と言うより今このクラスにそんなこと言いそうな奴居ないしな。


「お、それじゃあお嬢ちゃん先に行っとくか! それじゃあ皆埋め終わったプロフィール帳を前に集めてくれ。今からクイズ形式で先生の方から質問攻めにしていくぞ」


 最後列に並んでいた人が回収しに来てくれたので有難く彼女にカードを渡した。


「それじゃあ宣言通りにトップバッターはお嬢ちゃんってことで。彼女以降はランダムに順番決めて聞いていくぞ。それじゃあ恋愛シミュレーション始めていくぜっ!」


 ここは恋活パーティーのお見合いの会場じゃ無いんだがっ!?


「は〜い先生っ! 何でも聞いて良いよっ!」


 おいおい熊せんせーにスリーサイズとか聞かれても大丈夫かこの子?


 まあ先生も大人なんだし流石にそんなことを聞くとは思えないが。


「オーライっそれじゃあ名前から行きましょうっ! 名前は木下優希と。そして大好きな人はお姉ちゃんと……ってもしかしてお前、ダンス部部長の妹だったのか?」


「お〜正解っ! 良く見抜けたね。自慢のお姉ちゃんで大好きなんですよ〜ってか先生も知ってたんですか?」


 ふむ……可愛い妹を持ってる俺からすれば彼女のような人間は好感が持てるな。


「もちろんだ。木下美結きのしたみゆ、この学校に通っていてその名を知らぬ人間は居ないぞ。なんせ容姿端麗だけでなくダンスも勉強もできる才色兼備の完璧超人だからな」


 そんなワンダーウーマン的な女性が学生時代から実在してると言うのか。


「そうなんですよ。自慢のお姉ちゃんです!」


 俺も是非見てみたいものだな……ダンス部か……遊びに行くのも悪くなさそうだ。


「ときに木下はうちの花園高校を選んだ最大の理由は何だ?」


「やっぱり高校生と言えば青春かなって。ほら、大阪の高校と言えば体育祭やら文化祭が凄く盛り上がって言う花園だし、男女のそう言うのにも興味ありますしっ」


 ──正式名称は国立花園高等学校こくりつはなぞのこうとうがっこう


 この学校最大の特徴は英語の勉強に力を入れてることだけあって、1学年に国際文化科のコースに80人もの生徒に加え、普通科に240人もの生徒を抱えている。


 そして毎年恒例に国際文化科で交換留学生が1年間も滞在するらしい。


 極め付けはこの学校の行事へ対する力の入れようだ。体育祭も文化祭がも規模がデカく遠足や修学旅行に加え球技大会もアリとイベントで盛り沢山だ。


 そして希望者は夏休みになればオーストラリアへ1週間の宿泊研修に参加できるとも言う。


 俺が居るこの3組は普通科だが十分過ぎるほどに青春イベントが盛り沢山と言えよう。


 何せ集まってくる女子も顔面の偏差値が全体的に高く、進学校にしては宿題と小テストが少々多い反面、校則は緩いからザ・青春の聖地のような学校だ。


 当然この学校を求めて入学を希望する者は多いから毎年の倍率も異常な数値で、俺も入学者発表の看板を見て自分の名前を見つけたときはホッとしたものだ。


 まあ高校生がやり過ぎない程度に自由に化粧出来るのはJKからすれば嬉しい限りだろう。


「ウッヒャヒャヒャッ! おい男子諸君よ、ちゃんと今のセリフを聞き届けたかテメエら!? お嬢ちゃんはフリーで絶賛彼氏募集中だってよぅ! 立候補者は居るかッ!?」


 そう言うとまたテンションが壊れたのか熊せんせーが男子陣にそう問いかけ始めた。


 当然俺以外の男は大体この年齢になると恋愛に飢えるからそれはもう色気立ちまくった。


 例に及ばずクロワッサンもその筆頭格になっていて挙手すると発言した。


「はいはーいっ!! 俺立候補しますっ!! 君を世界で1番幸せにしてあげるよっ!」


 息するかのように女を口説くのも流石現役のヤリチンクソ野郎ってところだな。


「おーっとここで色男による選手宣誓だーっ! おいテメエら、このままあのイケメンに姫様が奪われても良いのかッ!?」


「ノー!!」


「立候補しますっ!!」


「あ、じゃあ俺も!」


「俺も俺も!!」


 このクラスの男子皆ノリが良過ぎんか。行事でも凄い盛り上がれそうな雰囲気だ。


「ったくお前ら軽々しく便乗しやがって女の子は掛け替え可能な商品じゃねえぞ?」


 何気にカッコいいことも言えたんだな熊せんせーは。


 その後も暫くそっち方面でクラスが盛り上がったので、割愛して木下のプロフを纏めるとこんな感じだ。


 あなたの趣味は:韓国ドラマ、運動、お洒落! 買い物好きだから皆も行こうね!

 MY FAVORITE:ミユお姉ちゃん、イタリアン料理。特にパスタ大好きです!

 今年の目標は?:青春を謳歌するぞー!

 みんなに一言!:皆で仲良くなって学校生活楽しもうねっ!


 うちのクラスの姫様らしい解答だな。


 クラスの男子達は先生にもっと質問するようプレッシャー掛けてたようだけど、流石大人そこは冷静にノーを突き出して次へ移った。


 先生曰くランダムだから今まさにシャッフルをしている。それがやがて終わってカードを引くと──。


「よし次は男子だな。名前は……西亀颯流! お〜うこりゃまた珍しい名前だな」


 俺かよ。


 まさかあの木下さんの直ぐ後に俺の順番が来るとは。


 ハードル高いなこりゃ。


「はい」


 しかも俺自身プロフィール帳に書いた情報はなかなかユニークだと思うからな。


 本音を言えば後もう少しだけ脳内作戦会議の時間を作らせて欲しかった。


 ちなみに俺が書いた情報を纏めると以下の通りになる。


 名前:西亀颯流にしがめせしる

 趣味:ブレイクダンス、ラノベ、アニメ、読書、ゲーム、

 MY FAVORITE:妹のルナ、ブレイクビーツを聴くこと、母の手作りパスタ

 MY BEST 3の吹出しで「俺の大切なもの」と書かれている:

 1:家族

 2:健康

 3:お金

 今年の目標は?:もっとダンス上手くなる

 FREE SPACE:よろしく御願いします


 ゲーマーの性と言えば良いのか空白を不必要な情報まで書き込みたくなるのだ。


 昔から空白を見るたびに塗り潰してたし絵が描けたら適当に描いてたからな。


 現にこのプロフィール帳の猫の絵まで目ん玉とか口を塗りつぶしたりしてる。


「趣味は……ブレイクダンスとっ!? ほ〜うこれもまた珍しいな」


 先生がそう言った瞬間にクラスの皆が好奇の視線を寄越してきた。


 う……これだから発表イベントはあまり好きじゃ無いんだよな。


「だからお前ガタイが良いんだな。制服で隠しても無駄だぞ? しかも良く見たらイケメンじゃねーか。クーっ、お前みたいなヤツが陰でモテたりするんだよなあーッ」


 オイ恥ずかしいことをペラペラと喋りやがって猛烈に恥ずかしいぞ今。


 俺が陽キャだったら手で胸を隠しながら「見ないで〜」とか言えそうだな。


 何だかんだでクロワッサンも便乗してきそうだし、平穏に終わってくれんかな。


「……ゲームと。ふむふむ、そして好きなものは妹……って何だお前シスコンか?」


 やっぱりそこ掘り下げるのかやっぱり馬鹿正直に書いたさっきまでの俺本気で恨むぞ……ッ!


「ええ、まあ。基本的に一緒にゲームして遊んだり──」


「熊せんせーそいつ満面の笑みで中2の妹とアーンしたり手繋いだりするんだぜ?」


 この裏切りモンがああああああああああッ!!?


「ヒューヒューっ!! さぞ可愛い妹なんだろうな。だが間違いは犯すなよ?」


 最低限の節度はきちんと守っている。勿論口でのキス以上の接触はしてない。


 ……ただ近親相姦がタブーな世の中だから、たまに産まれる世界を間違えたのかも知れないと真剣に頭を抱えることもあったりする。だが常識は意地でも守るぞ。


「何言ってるんですか、兄がしっかりしてるのは当たり前じゃないですか」


「あっはっは。そうだな、悪い悪い。それでブレイキン始めたきっかけは?」


「道端でダンスバトルを見かけて興味持ったんですよ」


 あれは当時まだパパと元気に過ごしてた頃だったな。


 家族旅行に出かけたときに偶然野外で行われていたバトルの様子を見た瞬間に、父の手を離れてすぐ近くまで駆け寄って食い入るように見つめていた。


 魂に炎が引火された錯覚すら覚えたっけな。


 直ぐ後にパパに「僕もやりたい!」と言ったら通わせて貰ったんだっけな。今ではもう思い出は遠くの日々のことだが昨日のことのように鮮明に思い出せる。


 先生からの追撃であのとき感じたことを素直に話したらやがて次の人に移った。


 次の人の発表のターンとなったのでその方角を見てやると、一瞬だけ木下と目が合って逸されたのが気になったが、その後も面白おかしく自己紹介タイムは続いた。



 ※



 その翌週の土曜日に俺はまたダンスバトルのイベントで優勝していた。


『本日のウィナーは……BBOYーCelsiusぅ〜!! みんな拍手ーっ!!』


 今回もソロバトルでの優勝なため、賞金5万円を頂くことが出来た。


「本日は有難う御座いましたッ!」


 そう主催者達に愛想良く挨拶をした。彼らとも今後良い関係を築きたいからな。


 やがて着替えてから俺は階段を降りて、出口を抜けようとしたところで──。


「──ちょっと待って西亀くんっ!!」


 何だと……?


 俺がビックリしたのは甲高い声で女の子に呼ばれたからではない。


 ダンス界において特にブレイクダンサーは、本名を使わないダンサーがほとんどだからそれは俺も例外じゃなく、故に本来俺の名前を知ってるヤツは居ないはずだ。


 いやまあ厳密に言えば俺のSNSを調べるなりすれば出てくるのは確かだが、ダンサーが俺の名前をセルシウス意外で呼ぶことは稀で、この俺に至ってはその名で通ってる。


 ここの界隈じゃない人間だとしたら一体どこの誰なんだ、と振り返って見ると。


「えっ? ……もしかして、木下さん?」


「木下優希と言えば誰なのか? そう、私ですっ! 西亀くん、とんだ偶然だねっ!」


 ……なんだその某テレビ番組でやってるかのようなキャラの演じ方は。


 お洒落な私服姿で何個かの買い物袋を腕にぶら下げながらそう声を掛けてきたのは、俺のクラスメイトで周りからクラスのマドンナと評判の木下優希だった。

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