第12話 顔
実代と結は並んで座り真千の様子を見守る。
実代は改めて真千と結の顔を見比べて、何となく近いものを感じていた。
極端にどこがどう似ているというわけでもないのだが、世の中にはこういう姉妹もいると言えば誰もが納得するのではないかと実代が思う程度には似ている。
背格好は真千の方が結より低く、それに伴って全身の容姿も小さ目に感じられるが、それでも実代には手足の長さなどが結に近しいものを感じられるように思えた。
それに何よりも、実代は普段から真千に感じている気配と同じものを結にも感じている。それが何なのかは実代にも説明がつかないのであるが、そう思うからこそ実代は真千と結を繋いでいるはずの共通点を探していた。
そんな様に忙しく頭を働かせる実代の側で、結は静かに真千のことを見守っていた。そして、ふと言葉を漏らす。
「立派な顔をしているね……」
「……えっ……」
「あんたのお母さん……お真千と言ったね。良い顔をしているよ。女のあたしでも惚れ惚れしちゃうくらいにね」
驚く実代の顔を結が微笑みを湛えた表情で見つめる。
「巫女様、それは……」
「勿論、世辞なんかじゃないよ。いいかい、人の顔って言うのはね、生きてきたという証、その生を讃える最高の誉なのさ。老いも若きも、善人も悪人も、誰もが等しく己を誇れるものなんだ」
戸惑う実代に、結は真っ直ぐな視線を向けながら話す。実代は結の気配に圧されて息を呑んで耳を傾ける。
「然るに、お真千の顔は実に見事だね。単に歳を重ねただけじゃこういう貫禄や慈愛溢れる顔にはならないものさ。恐らくは己の生を悔いなく生き抜き、今もなお何かを為すために日々を生きようとする者が、自然とこういう顔になっていくのだろうね……」
「お母さんが……」
実代は真千の顔を見る。余計な雑念を抜きにして見る真千の顔は、とても澄んでいるように感じられた。取り立てて美しい訳でも、目を覆うほど醜い訳でもない。
それでいながら平凡という訳ではなく、真千はどこに行っても人目を引き付けて止まなかった。勘助の他にも真千に惹かれて言い寄ってきた男は一人や二人では済まないのだ。
実代には真千のどこがそんなに人を引き付けるのか不思議でならなかったが、今の結の言葉でおぼろげにそれを理解できたような気がする。
実代は結の言葉をゆっくりと頭の中で消化して、言葉を紡ぐ。
「お母さんが為したいことって、何なのかしら……?」
「ははははは、そんなの簡単だよ」
実代の言葉を聞いた結は豪快に笑い、そして簡潔に答えを示す。
「古今東西を問わず、親が何よりも望むものは……子供の無事と幸せだと相場が決まってるさ」
「私の無事と幸せ……?」
「何驚いているんだい。血を分けた親子なら当たり前に、そうでなくとも親子として五年十年も一緒に居たら、我が子の幸せを願うようになるのが親ってものなのさ」
それを聞いた実代は三年前のあの夜を思い出す。あの時から、否、十年前に実代の母となった時から、ずっと真千は実代の無事と幸せを願い続けていたのだとようやく思い至った。実の親子同然に、あるいはそれ以上に強い想いで。
実代の目に少し涙が浮かび、それに気付いた実代は慌てて目を拭い、誤魔化す様に結に言葉を投げる。
「巫女様も、良いお顔をされていらっしゃいますね……」
「ん、あたしの顔が、かい? ……ははは、こりゃ照れるね」
言葉を聞いた結は心底からおかしそうに笑った。
「あんたにそういう風に言ってもらえるのならば、あたしの生もそこまで無駄じゃなかったってことかね」
「そんな……巫女様は立派なお方だと思います」
「それはありがたい言葉だけれど、実際、あたしの生はとても人様に褒められたものじゃなくてね」
「それは……?」
一体どういうことですか? と実代が言いかけたところで、廊下から勘助や座長たちの声が聞こえてくる。
「どうやらおいでなすったらしいね。さ、与太話はしまいにしておこうか」
「……わかりました……」
実代としてはまだまだ結の話を聞きたかったが、結のほうはさっさと居ずまいを正して座長たちを待つ姿勢となり、もう実代と視線を合わせようとはしなかった。
その後一座の面々が揃ったところで、改めて座長と実代が代表して結に対し病魔退散のお祓いを依頼し、皆が見守る中で結による儀式が執り行われた。
儀式が終了した後、結は一晩の間祓った病魔とは別の災いが真千に降りかからぬ様に見守りたいと申し出て、座長もそれを了承した。
その後は再び各々の持ち場に戻ることになり、実代も名残惜しくはあったが芝居の稽古に戻っていった。しかし、心中が落ち着かないせいか何度となく所作の乱れを正されることになり、日が暮れるまで稽古をすることになってしまった。
そして、稽古が終わって食事を終えた後で実代がいつもの様に真千の部屋へ様子を見に向かうと、部屋の中から話し声が聞こえてくる。どうも真千が結と何事かを話しているらしい。漏れ聞こえてくる声からは、とても和やかな雰囲気が感じられる。
実代はそこですぐに部屋へ入ろうとはせず襖にぺたりと張り付いて耳をそばだてる。真千と結が自分のいないところで何を話しているのか、実代には興味があった。
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