第四章 結と結実の樹

第11話 不思議な巫女

 翌日の昼下がり、食事を終えた実代が稽古を再開しようとすると、宿で真千の面倒を見ているはずの衣装係の女が実代たちの所へ駆けてきた。

 稽古をつけていた座長が衣装係に話を聞くと、真千の話を聞いたという近隣に住む巫女が病魔退散のお祈りを捧げたいと宿に現れたのだという。


「なるほど。それで儂らの所へ来た訳か」

「はい、いかがいたしましょう?」

「その方は何かお布施などを求めているの?」

「いえ、銭はいらないと申しておりました。その代わりに今度の芝居を見せてくれれば良いと……」

「なんと、それで良いと申したのか?」

「はあ、その通りで……」


 座長は信じられないというように大きく目を見開き、伝えに来た衣装係も首を傾げている。実代は実代で話がうますぎると感じたが、とにかく会ってみて話を聞いてみてはと座長に申し出て、座長もそれに同意した。

 そして、後見として勘助を連れて実代は宿へと戻り、件の巫女と対面することになった。

 巫女は随分と大柄だった。あるいは勘助よりも背が高いかも知れない。髪も随分と短く、まるで童のようであった。一応は巫女の装束をまとっているが、その服でなければ男の様に見えていたかも知れない。何とも奇妙な女性だと実代は思った。

 巫女は自らを近隣の山腹にある白雲神社に仕えている神職であるとし、ゆいと名乗った。


「巫女様、母の病魔を祓っていただけるとは本当でしょうか?」

「ああ、その通りだよ。お嬢さん」


 実代の問いに結は妙に親し気な調子で話しかける。一方の実代の方も初対面であるはずの結に対してどこか見覚えのあるような錯覚を覚えていた。物腰こそ大分違うが、どこか真千のような暖かみや面影が実代には感じられるのである。

 勘助が実代に代わって結から事情を尋ねる。


「時に巫女様、銭などはお求めになられないと仰せられたそうで……」

「ああ、銭のほうは間に合っているんでね。折角なら芝居の方を拝見させてもらおうかと思ってさ」

「それは、神社に奉納するとかそういうお話で……」

「いやいや、そんな面倒な話じゃない。あたしがただ見たいだけさ。ずっと山にいると神職と言えども娯楽が恋しくなるもんでね」

「……はあ……」


 神職らしい厳かさなど全く感じられない庶民的な語り口で話す結に、勘助の方はすっかり調子を崩されてしまっていたが、実代の方は結の言った白雲神社のことが気になった。


「巫女様、つかぬ事をお聞きしますが……?」

「なんだい?」

「巫女様がお仕えされている神社というのは……その……白雲の女烏と何かの関わりがあるのでありましょうか」

「おやまあ、知っているのかい」


 結はこれは驚いたと言うように大げさに口元を抑える。一方、白雲の女烏の話をよくは知らない勘助は二人のやり取りを不思議そうに眺めていた。


「お実代ちゃん、何だい? その、白雲の女烏ってのは?」

「白雲の女烏は北方に伝わる山の神の名前だよ。山々を翔る烏たちの主とも、山に生きる獣たちの親とも言われているが、子細についてはあまり伝わってはいないね、ただ、女烏と言うからには女神様なんだろう」

「……ありがとうございやす、巫女様……」


 結の説明を聞いた勘助は何やら神妙な表情で感謝を伝えると、それきり何も話さなくなってしまう。実代はそんな勘助の様子も気にせず次の質問を発する。


「すると、やはり巫女様の神社は……」

「まあ、お祭りしている神々の御一人であるのは確かだね。ただ、白雲さまへの信仰はやはり北の方が主流でね。先程も話した通り、こちらでは伝承や逸話もほとんど残っていないから、そういう神様もいたかなという程度さ」

「そうなのですか……」


 結の言葉を聞いた実代は少々残念そうに肩を落とす。仮に白雲さまと縁の深い神社ならば、あるいは真千の授かった霊薬のことや今の病気についてのことが何かわかるかもしれないと実代は考えていただけに、肩透かしを食らったような気分であった。

 すっかり元気を無くしてしまったように見える実代と勘助に対して、結は優しく励ますように声をかける。


「ほらほらお二人さん。俯いてばかりいないで顔を上げな。そんなにしょぼくれていたら、病人に取り憑いた病魔が喜んじまう。病魔を遠ざけるには笑顔が一番さ」

「……おっと! こいつはすまねえ巫女様。仰る通りで」

「……は、はい! そうですよね!」


 結に指摘されて自分たちが暗い表情で俯き気味なのに気が付いた実代と勘助は、慌てて顔を上げ姿勢を正して笑顔を作る。

 二人の様子に満足げに頷いた結は、改めて本題を切り出す。


「それで、どうするつもりなんだい? 別にお祈りが要らないならそう言ってくれて構わないよ。そちらの決めたことに従うつもりさ」

「……どうしようか、勘助さん?」


 どう答えたらいいのか返答に困った実代は勘助に助け舟を求めるが、勘助は実代が思っていたよりも随分軽い調子で答える。


「……俺は別に構わねえと思うぜ。見世物見物でお代が済むってんなら安いもんじゃねえの?」

「本当にいいのかな……?」

「お実代ちゃんが乗り気でないなら断ればいいさ。巫女様もそれで構わないと仰っているんだしな。気楽に答えりゃいい……どちらに転ぶにせよ、この場の責は後見役の俺が背負ってやるからよ」


 勘助は実代を暖かな目で見守りながらそう言い、任せろとばかりに大きく頷く。それを見た実代は不安な心が安らいで、勇気で満たされていくの感じていた。そんな二人の姿を結は黙ったまま見守っている。

 その後、実代は結の申し出を了承して真千に祈りを捧げてもらうことに決め、勘助が座長にそのことを報告しに行っている間、実代は結を真千の所に案内している。

 実代と結が部屋へと入ったとき、真千は静かに寝息を立てていた。実代は真千をそっと起こそうとしたが、結がそれには及ばないと制止している。


「……宜しいのですか、巫女様」

「せっかく寝ているところを起こすのも悪いだろう?」

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