放課後のどかさん注意報6

 席を外していた保健室の先生に鍵を返し、学校を出た俺達は、少々蒸し暑くなってきた夕暮れ時の通学路を家路に向けて歩き出す。


 茉凛は母親から連絡があったそうで「秋月!私が居ないからって、のどかに変な事したら、ただじゃおかないから!」との捨て台詞(?)を残し、慌てた様子で帰っていった。


 気性というか、言動というか、本当に嵐のような人だと俺は思うのだった。


「二人になっちゃったね♪」


「確かに。そうなったな」


 彼女は『なっちゃった』と言うが、非常に嬉しそうな表情を浮かべている。癒し成分を感じさせる、にま〜とした笑顔がとても微笑ましかった。


 学校帰りにしては少し遅い時間となった事もあり、ちらほらと仕事帰りの人の姿が見え始める。特に意味があった訳ではないが、そんな人々の姿を目の端に捉え、彼等はどんな事を考えているのだろか、とぼんやり思考する。


「皇雅君♪」


「どうした?」


 二人になった瞬間から彼女は俺の事を名前で呼ぶようになった。何となく、教室での一件を思い出し、俺は少し気恥ずかしく思いながらも返事をする。


「えへへ♪ちょっと呼んでみただけだよ♪」


「…そうか」


 それは彼女が偶に仕掛けてくる、ちょっとした悪戯ーーそれが何故だか俺には非常に心地良く思え、頬が緩んだ。


 二人の影が暮れる前の夕日に照らされて伸びている。先導するかのように少し前を歩く彼女の影は、少しだけ俺の影と重なっていた。


「打った所、大丈夫そう?」


「ああ。特に痛みもないし問題なさそうだ」


「よかった〜♪そしたらさ、時間大丈夫ならカフェに行こうよ!」


「ああ。全く問題ない」


「やった〜!さっき教室でも言ったけどね、試したいフレーバーがあってねーー」


 友達とカフェに行って新フレーバーを試す。彼女はそんな日常に溢れた小さな幸せを、特別な行事にでも行くような雰囲気で喜び、話し始める。


 俺はそれがとても愛らしく思え、心が温かくなっていくのを感じながら、話を促すように何度も頷いた。


 カフェへと続く道を歩く間、俺はずっと彼女の言葉を聞いていた。彼女は多くを話したが、多くの言葉を使った訳ではなかった。


 時に同じ言葉や話をくり返し、どれだけカフェに行くことが楽しみなのか、新フレーバーが美味しそうなのかを心から喜び、嬉しさを全面に押し出しながら語った。


 俺は沢山の言葉を知っていて、彼女は知らない。しかし、俺が語る10の言葉よりも彼女の語る1の言葉の方が、多くの事を伝え、多くの心を動かす事が出来るだろう。


 何故、そう思うのか?


 答えは簡単な話だ。こうして隣で頷いてる俺こそが、彼女の1の言葉に喜びと嬉しさと温かさをもらっているからだ。


 俺に同じ事が出来るのか、と考えた時、とてもじゃないがそうは思えなかった。俺はこれ程簡単な証明はないな、と微笑んだ。

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