大和さんの使用は用法用量を守って…

 その瞬間、俺の思考は吹っ飛んだ。


 歌い終わりに怜哉と話し、茉凛から「ガチで歌えって言ったけど、流石にやり過ぎだわ」という理不尽極まりないお言葉を頂戴した所までは、俺の思考も通常運行していたと思う。


 最近のカラオケは感情表現まで拾ってくれて素晴らしい。とか、俺が指導する立場なら、もっと感情を込めて、とか抽象的なことは言わず、歌詞の感情を汲み取り、それに近い経験を自分の中から引っ張り出して歌うのが良いみたいなアドバイスをするだろう等と勝手に考えていた訳だがーー。



「好き!秋月君の歌声、めっちゃ好き!ヤバい!」



 一息吐いてソファーに腰を下ろした次の瞬間、俺の眼前には大和のどかの無邪気な笑顔が広がっていた。



 なんだここは?天国か?



 熱を感じる距離。所々触れ合う身体。思考の何もかもを奪われた俺の前で、彼女は興奮醒めやらぬといった様子でーー。


「ヤバい!本当にヤバい!声とか歌い方とか、もう本当に本当にヤバい!あっ、この曲とか歌えたりする?私、この曲めっちゃ好きでねーー」


 大和さんはカラオケ端末を差し出しながら、にま〜と笑う。


 しかし、残念ながら俺には彼女自身しか目に入っておらず、カラオケ端末に表示されているであろう曲名が全く解らないのだがーー。


「ちょ、ちょっと!のどか!近い近い!ていうか、ほら!当たってるから!」


 ぎゅむぎゅむと押し当てられる柔らかい肢体を見て、茉凛が余計なこーー俺が注意しようと思っていた事を代弁してくれた。


「あ…」


 途端に真っ赤に染まる頬。恥ずかしげに俯いた彼女は少し距離を取ると、カラオケ端末を持って立ち上がりーー。


「…よいしょっと♪」



 何故か俺の腿の上に腰を下ろした。



 そして、何時ものゆるっとした顔を仄かに染めながら、にま〜とした笑顔を見せてーー。



「それでね、この曲何だけどね」



 …なんだこの状況は?夢か?



 あまりに有り得ない状況に俺は白昼夢でも見ているのではないか、と考え始めた。いや、きっとそうなのだろう。じゃないと現状との整合性が取れない。


「ひゅ〜。姫さん大胆だね〜」


「うっさいわよ!馬鹿怜哉!ていうか、のどか!何やってんのよ?!さっきより酷くなってんじゃないの!」


 酷く取り乱した様子で「早く下りなさい!」を繰り返す茉凛に対して「胸は恥ずかしけど、こっちは有りかな〜って♪」と何故だか大和のどかは、俺に深く凭れ掛かってきたのだった。


 …。


(ふむ。どうやら俺の魂は彼女のソファーに転生したようだ。ならば、仕方あるまい)


 そして、整合性を追求した結果、どうやら俺は大和のどかの座るソファーに転生したらしい、という真理に辿り着き、どうにか事なきを得たのだった。

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