今日も世界は頭痛を呼ぶ4

 俺の学力は坂上高等学校では上の中といったところだ。偏差値的に下から数えた方が早い公立高校での上の中ーー言ってしまえば、大した学力ではない。


 当然ながら勉強という勉強はしていない。授業と提出しなければならない最低限の課題をすれば、十分な結果が出ていた。


 その辺りは高校入試の際に絶対に公立高校に入らなければならないと、高校のランクを下げた事も関係しているだろう。しかも、病気で頭が回らない状態での適正ランクより…である。病気が治り、本来の状態に近付いた今なら尚更だ。


 俺は勉強に対して、あまりやる気が無かった。最悪、卒業出来れば何でも良いと思っている。


 やる気が持てないのは学校のせいではない。俺自身が勉強をする目的が見付けられないからだ。


 現状、将来やりたい事が全くない。それに大学に行くとしたら何らかの特待生で入らなくては奨学金という名の借金が増えていく。


 そもそも、家の状況を考えれば、就職しか選択肢が無いのかもしれないとも思っていた。


 とまあ、俺のことは一先ず置いておこう。滅入るだけだ。あくまでも持論だが、とりあえず大学に行く、という選択肢は俺的は有りだと思っている。


 例えば、夢が歌手だとするならば音大に行けばいい。音大が無理でも頭が良いのならば、それなりの大学に行けばいいと思うのだ。


 高校という狭い世界より、大学に行った方が音楽的なチャンスは確実に広がるし、専門学校に行くよりも多くの事を学べる。大体、人生なんてものは何があるか解らないものである。同時進行出来るならば、選択肢は多いに越したことはない。


 因みに何があるのか解らないというのは、別に夢を諦めるとかの話ではない。単に自分が別の夢を見る可能性が有ると言う話である。


 何故、16歳の自分が25歳の自分の夢が解り、30歳の自分の夢が解るというのか?そんか極単純な話だ。


 極論を言えば、5歳の自分が宇宙飛行士になりたいと言っていたのを16歳の自分は既に否定しているのに、である。


 とまあ、ついつい歌手の話題を出して勝手に熱くなってしまった訳だが、何故かといえば、何を隠そう俺は歌手になりたかったからだ。


 しかも、今はあまり主流ではない、ハイトーンゴリ押し、ツーバスドコドコのメロスピ系の歌を歌いたかったのである。というか、実際に中学の頃は良く歌っていた。


 音域も広く4オクターブは出たし、ピッチも割と安定していた。その上、高音の方が得意だったので、もしや、才能があるんじゃないかと思っていた節があった。


 ーーが、残念ながらそうじゃなかった。


 医者にそう言われた訳ではないから仮定だが、病気で喉元付近の臓器が肥大化していたことを考えるに、高音を出す為に筋肉で声帯を圧迫した際、その臓器の分だけ強く圧迫することが出来ていたのだろう。


 声帯とて笛と一緒だ。より高い音を出す為には、声帯の間に広がる空間をより細く狭める必要がある。となれば、今まで肥大化した臓器で圧迫していた分どころか、その臓器が無くなってしまったのだから、どうなったかーー答えは言うまでもない。


 俺の得意としてた高音は見事出なくなり、それどころか、一般的な音域を遥かに下回る声になってしまったのだ。


 周りから言わせるとイケボになったらしいが、俺から言わせればどうでもいい。


 どれだけ前より上手く歌えようとも、安定しようとも、自分が歌いたい歌はもう歌えないのである。その時点で俺にとっての歌は趣味に成り果てのだった。


 とまあ、大分脱線したが、要は何らかの形で夢を諦めざるを得ない状況になることも、夢が変わる可能性だって幾らでもあり得る。


 そうなると大学を出ているというアドバンテージは非常に高い。そして、そういう意味では理系の大学に行くというのは非常に良いと思うのだ。例えばだが、俺が急に研究職に就きたくなったとして、大体の研究職は理系の大学を卒業していなくてはならなくてーー。


「ねぇねぇ、秋月君、秋月君」


 思考の渦に巻き込まれていた俺がハッとして顔を上げれば、そこには中間模試の範囲として渡された課題をフリフリとしながら、こちらを覗き見る大和のどかの姿があった。


「私、勉強教えて欲しいなぁ〜なんて」


 ゆるゆるとした顔でにへらと笑う彼女に、伸びそうになる鼻の下に力を入れる。


「勿論教えるが…」と答えながら、俺は普段の彼女の授業風景を思い浮かべていた。


 真面目で一生懸命。時に鬼気迫る表情で教科書に喰らいついているのだが、成績は中の下。


 場合によっては知恵熱でも出してるいのか、目を回すかの様に項垂れ寝ている事もしばしばーー、教師達もあそこまで頑張っていて、これならば仕方無いと許している節がある。


 確かに普段の愛らしい様相をかなぐり捨てて修羅の如く勉強した結果があれならば、責める気になれない気持ちは十分理解出来た。


「教えるけど?」


「いや、大和さんって何であんなに勉強頑張ってるんだ?例えば、夢とか目標があったりするんだろうか?って思ってな」


 それは前から気になっていたことであると同時に、俺の無気力が解消されるきっかけになるかもしれない質問だった。


 夢や目標があると言われれば、やはり、やる気を出すには夢や目標が必要なのだと再確認出来るし、そうじゃないと言われれば新たな方法を知ることが出来る。それはつまり悩みの種が一つなくなり、頭痛の要因が一つ取り除かれるという事であってーー。


「夢とか目標っていうか…」


 顎下に指を添えながら思考していた彼女は、良い答えが見付かったと言わんばかりにキラキラと瞳を輝かせると、にま〜とした笑みを浮かべーー。



「勉強出来るって何か格好良いじゃん♪」



 両腰に手を当てながらドヤァと此方を見やる彼女に、俺は開いた口が塞がらなかった。



 勉強出来るって何か格好いい。


 勉強出来るって何か格好いい。


 勉強出来るって何か格好いい。


 …。



「そうだよな!勉強出来るって何か格好いいよな!」


 どうやら俺馬鹿だったようだ。グダグダ考える必要などなかった。勉強が出来るヤツは格好良い。それが全てで、この世の真理だった。


「だよね〜♪」と満足気な表情でにま〜と笑う彼女に、俺は猛烈な尊さを感じながら思うのだった。



(母さん。俺、今なら一流大学狙うくらい、勉強頑張れる気がするよ…)

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