018 模擬営業終了

 準備中の看板にひっくり返されているユーノス達の宿屋。

 中の食事スペースには四人とモリーが座っている。


「昨日の事件についての内容を伝えようと思って今日こうして顔を出した訳だが。――まずお前らを褒めておこう。あの状況を一年生でありながら、ポイントの使用限度も制限されているこの状態でよく回収を終えた。よくやったな」


 四人は顔を見合わせながら笑顔になる。


「捕らえたクリスの尋問に私も参加したのだが、クリスは以前から計画を練っていたようでな。この周りの偵察もしていたようだ」


 アレスには心当たりがあった。模擬営業初日から感じていた物陰からの視線。それはクリスのものだった。


「他にも大型魔道ゴーレムを勝手に起動させたりと、金に物を言わせて色々やっていたようだ。クリスの班のメンバーも中々の曲者揃いでな」

「まさか大型ゴーレムってあの岩ムカデか!?」


 モリーは驚いた表情をする。


「なんだお前ら。大型ともやり合っていたのか!?」

「最初の全滅回収の時にレッドで30メートル近い魔道ゴーレムと遭遇しました。――ボク達はきちんとした装備もなかったので結局は回収だけしてから逃げましたが」


 モリーは鼻先を触りながらしばらく考え込む。


「てっきりお前らが関わっていたのはブラックでの一件だけと思っていたが……なるほど。つまりクリスはお前らだけを狙っていたわけだな」

「意味わかんねー逆恨みだけどな」

「――クリス君達はこの後どうなるんですか?」


 ユーノスの質問でモリーの表情が険しくなる。


「もちろん退学だ。今回の件も含めて以前から、授業妨害、女子生徒への暴行、訓練場以外での魔素銃乱射、魔道ゴーレムへの不正な暴行、マーグの着用放棄、Pポイントの強奪。と、かなりやらかしてるからな」

「そんなにやらかしてんのか!? ヤバすぎだろ」

「退学の決定打は魔道ゴーレムの不正利用。さすがの暗部も黙っちゃいなかったようだ」

「そういえば昨日もその暗部って黒い人が来たな」

「暗部は通称ジャッジナーといってな、宿屋協会の特殊部隊で宿屋の不正などを取り締まる者たちだ。例えば、校外で機密を言いふらしたりしたら間違いなく飛んできて連行される。本来宿専の生徒が起こす問題程度では出てこないが、大型魔道ゴーレムを勝手に起動したというのが問題だったようだ」


 ネロエが「なるほど」と勝手に納得した。ユーノスが「なるほど?」となっているとネロエが話し出す。


「魔道ゴーレムを動かすためにはスクロールや魔道具のように魔素を循環させる必要があります。ボク達が普段使うものであれば、魔機上で簡単に循環の操作が出来ますが、魔道ゴーレムは別物です」

「どうして??」

「簡単に言えば兵器となるからです。あんな大型の魔道ゴーレムを一般人が気軽に扱えてしまえばどうなるか分かりません。だから循環を行おうとすると数百桁ものパスワード入力を求められます」

「確かに危険な魔道具ではあるね。――でもさ、訓練の時先生達はすぐに動かしてるよね??」

「あれは訓練場に設置されている魔道ゴーレム用の魔機にマスターキーを挿しているからです。マスターキーがパスワードの代わりになるんです」


 モリーはあまりにも詳しいネロエに目を向けた。


「ネロエ。やけに詳しいようだが?」

「べ、別に悪用しようとしているわけではないですよ!? ちょっと趣味で調べてみただけです――それに数百桁のパスワードなんて常人には解析できません」

「ま。ネロエに関しては心配はしていない。――でもな、お前らを襲った大型ゴーレムは不正なパスワード入力によって動かされていたようだ」

「――そんな! 出来るはずがありません! てっきりマスターキーを盗んでやったのかと」

「普通はそうだな。だから暗部が出てきた訳だ」

「…………魔機ハッキングですか」

「そういうことだ。せめて魔道具や魔機の開発研究にその能力を使っていれば問題なかったんだが、こう事件を起こされてしまってはな」


 四人はクリスの勝手な逆恨みに巻き込まれただけと思っていたが、その裏では暗部が動くほど重大な事が起こっていたと知って穏やかではなかった。


「なんて顔をしている。お前らは決して悪くない。むしろ困難な回収を遂げて誇るべきだ。この調子で残り半分も頑張ってくれ」


 モリーは時計を確認して立ち上がる、そして刺突剣を腰に戻す。


「ではこれで失礼する」


 そのまま帰ろうとするモリーを引き留めたのはユーノス。先程までの先生と生徒という雰囲気はない。


「お客様。お会計がまだのようですが」

「おっと失礼」



    ◇



 そして模擬営業最終日。この日は営業せずに片付けに当てる。

 魔素水道費の回収員が「こちら領収書になります」と言ってカウンターに置く。額は3万ポイント。これが最後の出費。


 ユーノスは帳簿に記入して最終計算を始めた。他の三人も固唾を呑んで見守る。

 そして。


「はい。11万6800ポイントの――」

「「「のー??」」」

「――――赤字です!!」


 三人は「あああああ」と、うなだれる。

 ユーノスはもったいぶっただけで、実際はパオンカード一枚で全てのやりくりをしているので、残りポイントを見れば一発で分かる。

 終了時点でのPポイントは38万3200パオンポイント。最初に配布された50万パオンポイントから差し引いてユーノスが告げた赤字額となる。


 課題の黒字は達成できなかったが、無事に模擬営業を終えた達成感の方が大きく、個々の様々な今後の課題も理解できた充実したものとなった。

 実際に全滅回収を行ったことでフォーマンセルの大切さも理解できた。


 来客人数は113名。その内全滅回収した人数は101名。

 総売上高は156万3200Pポイント。材料費などの売上原価と管理費もろもろの出費合計が168万0000Pポイントだった。

 

「やっぱり無理だったかー」

「一番の原因はやっぱりマジックポーションの仕入れだね。今回合計で12本使ってるから、それだけでも48万ポイントの出費だ。でも無いとお客様の回復が出来なくて困るものだし」

「そうですね。2名まではパシティアさんの魔素総量でなんとかなりましたが、3名以上となると使わざるを得ませんでしたからね」

「全部マンプクゴーレムなら良かったのにな。冒険に行かないで食ってばっかりだったし。確か8万位食ってたよな?」

「うん。でも作るのが大変過ぎたよ。アレスとネロも手伝ってくれればもう少し楽だったんだけどな」

「ボクは食べる専門です!!」

「そこ威張るとこじゃねーだろ!!」

「なんで私に頼まないのよ??」

「パシティアさんは今後一切厨房に立つことを禁止しましたよね!? 覚えてます!?」


 ネロエはストッパーのスクロールをスタッフルームから持ち出して厨房の入口に防壁を発動させた。


「まあまあ。もう模擬営業は終わったことだしいいじゃない」

「あの地獄をまあまあで済ませないで下さいよ!! あの後トイレから小一時間出られなかったんですからね!!」

「まあまあ。落ち着いてネロちゃん。今度もっとおいしいの作ってあげるから」

「絶ー対にッ!! いりませんッ!!」


 こうして彼等の模擬営業は終わりを向かえた。


 休校日を挟んで二日が過ぎ、T組の教室。

 すでにホームルームの時間に差し掛かろうとしているが、生徒の数が少なく空席が目立つ。


「なんか人少なくね?」

「そうね」


 教室にいる生徒数はユーノス達含めて20人。

 鐘が鳴ると同時にモリーが入ってきて教壇に立つ。


「ホームルームを始める」

「せんせー! 人が少ないんですけど休みですかー?」


 一人の女子生徒が質問をした。


「ここにいない生徒は全員退学となった」


 教室にピンと走る緊張感。モリーは少し間を開けてから再度口を開く。


「先日の模擬営業で全滅回収に失敗したためだ。他のクラスも大体半分くらいの生徒が退学となっている。その他に回収には失敗していないが自主退学した者も数名。でも安心しろ。退学ではあるが他の学校へ編入出来るからな」


 理解しづらい安心しろという言葉。生徒全員が暗い表情。


「勘違いしているようだが、退学していった奴らは逆にスッキリした表情だったぞ。宿屋の現実を直視してみて分かったと思うが、全ての班が黒字を達成できなかった。彼等はこんな事なら他の仕事の方が楽で儲かる。そう思って諦めてわざと回収失敗したんだ。退学した者はそういう奴らだ。今回用意した魔物ゴーレムは雑魚だ。職業学校の生徒でも倒せるようなレベル。本来失敗する方が難しかったんだよ」


 モリーはユーノスに視線を向けた。


「ユーノス。今回一番金銭面できつかった事はなんだ」

「はい。――――回収後の回復です。マジックポーションが高額なため利益がマイナスになりました」

「そうだ。客ゴーレムの来客頻度はこちらで管理していて、今回は一日に一組と設定していた。それでも一組3名以上の場合マジックポーションを使わざるを得なかったはずだ。だからどうしても売り上げが追いつかない」


 生徒全員が頷く。ユーノス達と同じくマジックポーションの仕入れ額がかさんでしまった為に赤字となっていたからだ。


「お前らはこの現実を見てもまだ、宿屋――オベルジュコインの取得を目指すか?」


 返事は無いが生徒全員の眼差しがモリーに真っすぐと向けられたいた。


「よし! 合格だ。二つ目の世界特級機密事項を説明する」

「はいせんせー! 合格ってどういうことですか??」

「一回目の模擬営業は学校が仕組んだ選抜であるからだ。金に目が眩んだ者の排除を目標としている。お前らは利益が出ないと分かっていてもここに残っている。その理由は様々だと思うが我々は残ってくれたお前らを金のために宿屋を目指していないと受け取る」

「でも働くのってお金の為ですよね?」

「もちろんそうだ。金が無いと死ぬか野生で暮らすしかないからな。でも宿屋は違う。言い方を変えれば、宿屋は裕福になるために稼ぐ場所ではないというのを理解しているかどうかだ」

「はいせんせー! 模擬営業の結果で従業員の給料を払うのは無理だと思いました。でも宿屋がやっていけているのは何故ですか?」

「うむ。その内容がこれから説明する世界機密機密事項となる。まず宿屋には協会からマジックポーションが無償で支給される。ただし、それを販売することは禁止となっているから気を付けるように。それと毎月使用本数や全滅回収人数などを記入する魔素管理表の提出が義務づけられている。――今後は宿専内でもマジックポーションは無料で購入できるようになる。不適切な使用をしなければ問題ないが、むやみに乱用した場合取り調べを受けることになっているので気を付けるように。――以上」


 アレスが「やっぱりそうだったかー。やっぱり俺の感は鋭いなー」と自慢げに腕を組むが、パシティアに重めのチョップを喰らった。


「それと、今回購入したマジックポーション代を配布しているパオンカードに還元する。それで黒字になった班はこの後で職員室に来るように。では、ホームルームは以上だ」


 モリーが教室から出ていくとネロエがユーノスにグッジョブのサインを出す。その間に座っているアレスとパシティアはその意味を理解してユーノスの方を見た。


「僕達黒字だね!」

「はい!」

「まじか!」

「早く行きましょ!」


 と浮かれていた四人だったが、教室の生徒全員が立ち上がったのを見て恥ずかしい気持ちになった。

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