017 暗部

 クリスは腰に提げている二本の剣を両手に持ってアレスへ切りかかる。アレスはすぐさま剣でいなしたが、クリスはそれを利用して身体を回転させるように再度切りつける。

 全体重の乗ったそれをアレスは左手を自身の切っ先に当てて両手で受け止める。

 回転を利用した二連撃はアレスをガードの上からよろめかせた。クリスはそれを見逃さずに流れるように右手の剣で突きを放った。


「『アースウォール』ッ!!」


 アレスはすぐさま左手を伸ばして魔法を詠唱すると、左手の魔法陣から岩の壁が出現した。突きは硬い岩に弾かれる。


「こざかしい!!」

「へっ!! いっちょ前に剣を二本も使いやがって!! カッコつけてるつもりか!!」


 ユーノスは右足のホルスターから散弾銃を抜いて通信魔道具をオンにする。


『パティ、クイックを僕に!』

『分かったわ!』


 すると『ズドン』という銃声が鳴り響いた。と同時にユーノスの足元の地面が大きく削れる。これはユーノスが撃ったからではない。


「ユーノス君? でしたっけ? 邪魔はさせませんよ」


 声の主は奥の来た道から姿を表した。右手に拳銃を持った男で、黒髪をオールバックに固めている。

 そして隣にもう一人の男。彼は大きな盾を両手に持っており、金髪をオールバックに固めてる。二人とも骨ばった骸骨のような顔であり似ている、違いは髪色と持っている物。


「爆発音がしないから見に来てみれば、なんだこれ?」


 金髪がそう言うとクリスが反論する。


「こいつらは意外と頭が回るみたいでね。君の仕掛けたブービートラップには引っかからなかったようだよ」


 そう言いながらアレスと距離を取った。


「はあ? この作戦を思い付いたのはクリス。お前だろ」

「うるさいぞ。早く奥の二人を片付けろ!!」

「報酬は?」

「――わかった。倍出す」


 金髪はニヤリと口角を上げた。


「兄ちゃん。どっちやる?」

「俺は男の方をやる」

「よかったぁ。女の方は俺が貰っていいんだね」


 金髪は瞬きもせずに眼球が飛び出しそうな顔でジュルリと唇を舐めた。パシティアはその不気味さに寒気が走った。そして目が合うと同時に金髪が盾を前に構えて突進をしてくる。


「はぁ、はぁ、お前良い匂いしそうだなぁ!!」

「き、きもちわるいぃー!!」


 パシティア咄嗟に横に飛び込むようにして避けて壮大に腹から着地。その反動が鳩尾に入ったため呼吸ができなくなる。

 四つん這いになって「かはぁっ――かはぁ」と声にならない声を上げていると、金髪が再度突進してきた。

 パシティアが諦めて目を瞑ったその時、金髪はアレスの飛び膝蹴りによって飛ばされた。


「大丈夫かパティ!!」

「あり――がと」

「鳩尾にでも入ったか? お前もっと上手く受け身とか取れよな」


 金髪がよろよろっと立ち上がる。

 パシティアも呼吸を整えて立ち上がった。


「パティ。あいつやれるか? 盾だけで武器は持ってねーみたいだけど」


 クリスがすぐさまアレスに切りかかってくるが、簡単にいなす。


「手加減無しでやっていいのかしら?」

「今は手ぇ抜いてる暇ないだろ」

「そうね」


 パシティアは腰に括り付けてある二本のメイスに手を伸ばした。


『ユノ! こいつは私がやるわ!』

『――分かった』


 ユーノスは地面に一枚のスクロールを張って黒髪の射線に二人が入らないようにクイックで加速している足で反対方向へ駆け抜ける。すぐさま何発も弾が飛んでくるが全て当たらない。


「ちょこまか動きやがって」


 ユーノスは飛び込んで避けるように転がって拳大の石を拾った。身体の後ろで石にスクロールを張り付ける。そして黒髪に向けて投げつけるが、お世辞にも速いとは言えない速度で飛んでいく石は簡単に避けられた。


「お前ふざけてんのか? ホルスターの魔素銃は飾りか??」


 ユーノスは気にせず再度石を拾ってスクロールを張って同じく投げつける。これは避けるまでもなく、黒髪の横に転がった。


「投擲のコントロールなさすぎ。ストッカーなんだろうけど向いてねーよ」


 ユーノスは最後のストッパー・・・・・のスクロールを地面に張り付けた。そして散弾銃を構える。


「はははははは。お前それこの距離で当たると思ってんのか!? ソードオフショットガンだろそれ。チョークも付いてねーバリバリの近距離用。俺のは300ルケのハンドガンだ、この位の距離なら外すことはねぇ」


 二人の距離は壁と壁。銃身の短いソードオフショットガンでは弾の拡散が早いため、当たる確率は低い。チョークという拡散を狭める部品もない。当たったとしても拡散された複数のうちの一二発。


「それはどうかな?」


 ユーノスは左手で背中とホルスターのベルトで挟んでいるネロエの魔機のボタンを押した。すると、青白い防壁が両サイドにハの字で展開された。


「な!? ストッパーだと!? いつの間に」


 黒髪は防壁の端に転がっている石にスクロールが張り付いていることにようやく気付く。すぐさま拳銃を構えるが『ズドン、ズドン』とユーノスが放った二発の散弾が防壁を跳弾。

 数十発の小さな弾が凄まじい音を鳴らし、一点に収束しながら黒髪に被弾した。


「ぐはぁぁ――ッ!!」


 無残に打ち抜かれた黒髪は体中のあらゆる場所から血を吹き出してそのまま膝から崩れ落ちた。


「に、兄ちゃん!?」


 金髪は黒髪がやられた事で一瞬の隙が生まれた。

 パシティアは全力の右手メイスを「どぅりゃぁぁッ!!」という叫びと共に盾の上から叩きこむ。それは盾をぶち破り、左腕を砕いて顔面にまで届く。


「がばべへぇ――ッ!!」


 金髪はそのまま壁まで転がっていった。立ち上がる気配もない。左腕をあらぬ方向に曲げたまま意識を失っている。


「っしゃぁぁぁ!!」


 パシティアが雄たけびを上げてユーノスにピースサインを送る。

 始めから学年一の怪力に盾二つという防御タイプが勝てるわけなかったのだ。その怪力が扱うメイスは相性抜群である。


 クリスは二人がやられたのを見て尻もちを付く。


「お、お前らなんなんだ!! 落ちぶれの商業トリオだろうが!! 万年ドベの雑魚じゃないのか!?」

「お前なんか勘違いしてねーか? 俺らはな――――勉強ができねーだけだぁ!!」


 アレスが上段に構えていた剣を振り下ろそうとしたその時。突如目の前に漆黒の衣服を纏った人物が現れた。そしてアレスの剣を短い刃物で止める。

 あまりにも一瞬の出来事。まるで何も無いところから急に現れたようだった。


「後は私に任せなさい。君達は回収の続きを」


 そうアレスに言って振り返る。クリスを見るなり「『フェイント』ッ!」と魔法を唱えた。クリスは急に意識を失う。


「――――え!?」


 アレスは咄嗟に身を引いて構え直す。ユーノスとパシティアも構えた。


「私は暗部だ。ゴーレムの動きが不可解だったので調査に来ていた。――さすればどうしたものか、生徒同士が争っていたもので少し見学をしていた」

「あ、あんぶ??」

「勝負が着いたと見受けたので止めに入ったわけだが――担任は誰だね。ああ、安心しろ。私は学校側の者だ」

「――え、も――モリー先生、です」

「モリーか。――そういえば途中でストッパーに閉じ込められていた女子生徒がいたのだが、君たちの仲間かな?」

「ネロだ!」

「なら早く行ってあげなさい。真っ暗で怖いだろからな。――ああ、彼等が使ったスクロールの循環を切らねばな」


 そう言いながら左の籠手をポンと指で触れた。すると魔機と同じように空間に情報が投影される。籠手の部分には魔機と同じボタンが付いていて、それを右手でカタカタと操作していく。

 するとケンシ・ゴーレムを閉じ込めていたストッパーの防壁が消えた。ケンシ・ゴーレムははしゃぐように出てくるが、暗部によって気絶状態にさせられた。


 ユーノスがスクロールを回収しながら暗部に問いかける。


「もう一人いませんでしたか? 彼等がフォーマンセルで動いていたならもう一人いるはずなんです」

「ああ。そいつならそこの角で気絶している。――とにかく全滅回収の続きをしなさい。この事態は見学していたので内容も理解している。報告もしておくので安心しろ」

「わ、分かりました」


 暗部はクリス達を一か所に運んで治癒術を掛けて傷を全快させた。気絶状態は維持されたまま。


 ユーノス達は暗部の事が気になるがネロエが心配だったため、急いでケンシ・ゴーレムを担架に縛り付けて担いだ。

 ネロエの名前を呼びながら道を戻ると、涙交じりの声が聞こえてきた。ネロエもルクスの明かりに向かって進んできたようだ。


「ユーノスぐん――パシティアさん――アレスぐん」

「「「ネロ!!」」」


 パシティアが駆け寄って抱き着く。


「怪我はない? なにか変なことされなかった?」

「だいじょうぶです。皆さん、無事でよがっだでず」


 鼻水と涙でぐしゃぐしゃの顔をパシティアの胸に押し付けた。



    ◇



 次の日。ケンシ・ゴーレムの見送りを終えて掃除をしていると、モリーが「邪魔するぞ」と言いながら店内に入ってきた。

 腰元の刺突剣を後ろの壁に立て掛けて食事スペースに座った。そしてメニュー表をパタリと開く。


「昼飯にはまだ早いが食っとくか。――サラダサンドのスープセットを頼む」


 近くにいたアレスが棒立ちで「え?」と言うと、モリーはキリっと睨んだ。


「アレス。きちんと注文を取れ!」


 急に自分の担任が現れれば誰でも驚くだろう。今は模擬営業中であって一応は授業中なのだ。普通は見回りなど何か用事で顔を出しに来たと思う。アレスも同じだった。


「え? ここで飯食うんスか?」

「アレス。今私は客だぞ!? なんだその接客は。内申点下げるぞ? ちゃんとやれ」

「――!? ――か、かしこまりました。サラダサンドのスープセットでございますね。――セットのお、お飲み物はこちらからお選び頂けます」

「アイスコーヒーで」

「かしこまりました」


 アレスは厨房に向かいながら、なんなんだよ。と思いながらユーノスに伝票を渡した。


「なんかモリーがきたぞ。その伝票はモリーの注文な」

「え、先生が??」


 食事スペースからモリーの「アレス。呼び捨てにするとはいい度胸だな!」という声が響く。


「――ひッ。地獄耳かよ。――まあとりあえずアイスコーヒーは俺が出しとくぜ」

「うん」


 ユーノスは急いで料理を作ってモリーのテーブルへ運ぶ。


「お待たせいたしました。ご注文のサラダサンドのスープセットでございます。本日のスープはミネストローネでございます」

「ユーノス。まあ、そう固くなるな。いつも通りでいい」 


 アレスが「え?」と声を上げた。「なんで俺だけ怒られたんだよ」とつぶやく。

 モリーはペロリとセットを平らげると、さっそくここに来た理由を口にする。


「昨日は大変だったようだな。――パシティアとネロエもここに呼んでくれ。全員に話がある」

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