016 粘着
ケンシ・ゴーレムが店を出てしばらく経過し夕方。マーグの警告が鳴った。
慌てることなくスタッフルームに集まった四人は回収の準備を始める。
「一号室の全滅を確認。オートプロテクションが発動しています。バイタルは安定していて気絶判定。後頭部に軽い損傷を確認。魔物は付近にいないようです。位置は――――あれ?」
ネロエが投影されている情報を何度か見返した。
「位置は南東のブラックです」
ケンシ・ゴーレムを一緒に見送りしていたアレスもすぐにネロエが一旦止まった意味に気付く。
「出掛ける時グリーンって言ってなかったか??」
「はい。そのはずです。ですがサーチの結果ブラックに座標があります」
「今まで行き場所が変わったことってなかったよな??」
「はい。でもこういう事もあるのでしょう。気が変わって目的地を変えるというのは人間らしくもありますし、リアル感を出すため回路に書き込まれているのかもしれません」
「ま、今回もがんばろうぜ!」
「ブラックですので明かりとなる魔道具の装備を忘れないで下さい」
「ブラックには一回も行ったことがないわね。――地下ダンジョンを模してるんだったかしら?」
「はい。ボクも説明でしか聞いたことがありません」
四人は急いで向かった。
第4、5地区に位置する戦闘訓練場ブラック。地上にあるのはゴツゴツと隆起した低い岩。そして時折『ヒョォー』と風音を出す大きな洞窟の入口。
入口の周りは湿り気を帯びており、コケの類がちらほらと生えている。少し中へ入ればひんやりとした空気に変わる。
少し不気味な雰囲気にマスクを付けた四人はブルりと身を震わせた。
ユーノスが一枚のスクロールをアレスの背に張り付ける。
「ネロ。ルクスのスクロール張ったからお願い」
「分かりました」
ルクスのスクロール。
スクロールの上部に光の球体を発現させるスクロール。循環させる魔素量に応じて光量が変化する。住居や街頭にも使われている一般的な照明の魔道具である。
ネロエが循環を開始すると四人の回りが一気に明るくなる。
「やっぱ俺が先頭じゃなきゃダメ!?」
「なに言ってんのよ! あんたアタッカーでしょ?」
「暗所ではアタッカーにルクスを張るのがセオリーです」
「がんばれアレス」
「俺狭いとこニガテなんだよ」
アレスは小さい頃に倉庫に閉じ込められた事があり、それ以来閉所恐怖症となった。その事件の真相はパシティアの大切にしていたぬいぐるみをいたずらで隠した事で、パシティアによってやり返されたのだが、本人はパシティアがやったとは知らない。
その時アレスの頭上から水のしずくが落ちた。しずくは背中と服の隙間に入り込む。
「ぎやぁぁぁぁぁぁ!!」
洞窟内に突然の悲鳴。声はエコーのように反響して遠くなっていく。
後ろの三人が素早く構える。が、申し訳なさそうに振り返るアレスにあきれ顔になった。
「ふざけないで下さい!! ビックリしたじゃないですか!!」
いつになく怒り口調のネロエ。ちなみに脚はしっかりと震えている。
「わ、わりぃ。――背中に水が降ってきたからつい」
「次叫んだらメイスで殴るわよ」
その後何度か叫び声が上がりながらも、ネロエの誘導の元かなり奥の方まで進んできた。
ブラックの内部はダンジョンを模しているだけあってかなり複雑な作りになっている。いくつもある分かれ道や開けた行き止まり。少し登らなけらばいけないような段差などもあり、まるで迷路。
「――あれ? ちょっと待ってください。――おかしいですね」
ネロエは立ち止って魔機から投影されている情報を何度も確認する。近くにいたユーノスはその様子を不思議に見ている。
「どうしたの?」
「一号室のバイタルが表示されていないんです。というか、表示はあるんですが数値が無いんです」
少し先にいたアレスが戻ってくる。
「それって――つまりどういうことだ?」
「えっとですね。――加護のネックレスが外されているか、ボクの魔機の故障か、加護のネックレスのサーチの機能が故障しているか。――ですね」
ネロエは魔機の再起動を行ってみたが変化は見られない。
「おかしいのはバイタルの数値だけ??」
「はい。魔機の故障でもなさそうです。位置情報や周辺の情報は表示されているので、恐らくバイタル測定のサーチ機能がおかしくなったんだと思います」
「対象の位置まであとどのくらい?」
「もう近いです。あと二つほど広めの場所を抜ければ着きます」
「とりあえずその場所まで行こう」
四人は今までになかった事態に少し焦りを感じていた。
そのまま進み続けて一つ目の開けた場所に差し掛かったその時。「うわぁ! 何するんですか!?」とネロエの声が上がり、そして持っていた魔機が手から離れた。さらに耳に付けていた通信魔道具もポロリと落ちる。
三人は前方に注意を払っていたため少し気付くのが遅れている。
「放してください!!」
この声でユーノスが振り返るとルクスの明かりが届いていない闇に消えて行くネロエの姿が見えた。
「ネロ!? ――アレス!! 急いで戻ってきて! ネロが!!」
異変に気付いたアレスが急いで戻ってくる。頭上にあるルクスの明かりが曲がり角に入っていく影を捕らえた。
「アレスとパティは走って追いかけて!」
「分かった」
ユーノスはネロエの落とした魔機と通信魔道具を拾って後を追ったが、角を曲がると立ち往生しているアレスとパシティアがいた。
「クソ!! なんだこれ!!」
道を塞ぐようにある青白い半透明の壁。アレスは持っている剣で何度も切りつけるがビクともしない。パシティアも一緒にメイスで殴るが効果はない。
「これってストッパーの防壁??」
「ああ? ストッパー?? なんでこんなとこに? それにここはネロが連れてかれた道だぞ?」
「ねえねえどういうことよ!?」
ユーノスは魔機でネロエのバイタルと位置を確認する。そして、周辺情報の確認。用意された魔物ゴーレムがネロエを連れ去った犯人であれば点として映るからだ。
「ネロの点はこの先に連れていかれてる。でもゴーレムじゃない」
「本当の魔物か!?」
「そうでもない。サーチの情報に点が無いんだ。仮に魔物ゴーレムだったらネロの点とゴーレムの点が二つ動いてなきゃおかしいんだけど、動いてるのはネロの点だけ」
「ええとえっと? ――ネロが一人でいるってこと!?」
ユーノスはあぐらを掻いて思考を巡らせる。
「――いや、違う。きっとこれは人の仕業だ」
「人!?」
「まずここは宿専内だから外部の人間ではない。関所の厳しい入校検査があるし、関係者以外入れない」
「――つまり?」
「ストッパーの防壁ってのも考えると、きっと生徒の仕業じゃないかな?」
「生徒!? でもなんでこんな邪魔みたいなことすんだ??」
「考えられるのは、Pポイントの強奪かな。黒字って課題が無理に近いから」
「でも、生徒ならサーチで映るんじゃないの?? 点も一つって――」
「サーチは僕たちの付けているマーグから情報を得てるんだ。つまりマーグを外せば映らない」
「それってかなり計画的じゃね」
その時ネロエの点が止まった。
「ネロの点が止まったわよ!」
「――そこにいるか、マーグを外されたかだね」
「今すぐここを出て先生に言いに行きましょ!!」
ユーノスは動きだそうとしたパシティアの手を強く掴んで引き留める。
「ダメだ。先生はどんな事態であっても回収の失敗は退学と言っていた」
「ネロが連れてかれちゃったのよ!?」
「分かってる。でも、相手が生徒なら僕らと同じフォーマンセル。四人いるんだ。こっちはマシンナーがいなくてスクロールの発動も作戦の指示もない。ネロが真っ先に狙われたのはその為だ」
「ユーノスの言う通りかもな。この戻る道にスクロールで罠なんか張られてたらそれこそ終わりで、回収も失敗で全員退学って可能性もある」
「じゃあどうするのよ!?」
「そいつらをとっ捕まえて全滅回収もしてそれから先生の所へ連行する!! まずは加護のネックレスの場所まで行こう。幸い魔物ゴーレムの反応はない」
「三人で行くのよね?」
すっかりネロエのマシンナーという存在が大きくなっているこの班。それが欠けた今一番不安になっていたのはパシティア。
「もちろん。それまでは入学前みたいに僕が二役やるよ。――こんなことする奴絶対に許さない!」
いつになく怒りをあらわにしているユーノス。アレスとパシティアは少し懐かしいものを感じた。そして先程の不安が和らいでいくパシティア。
これは本気のユーノスだと理解したからだ。
「ネロは回転が早いから状況を理解してくれてるはずだ。とにかく急ごう!」
三人はスクロールを警戒しながら回収対象の元へ向かった。ルクスへの魔素量を増やし光量も大きくしている。
しばらく進んでネロエが連れ去られた場所の開けた所で一本の剣が落ちているのを発見。
「これってケンシゴーレムの持ってた剣と同じだぜ」
「やっぱりここに来てたんだ。――位置はもうすぐそこだ」
ユーノスは剣を背中の鞄に括り付けた。
狭い通路を進んでいき次の開けた所へ入ると、奥から『出セ。ここから出セ』という声が聴こえてくる。三人は走って声の方へ向かうと、袋小路になっている通路にストッパーで閉じ込められているケンシ・ゴーレムの姿が見えた。
アレスは更に近づいていこうとしたが、ユーノスの「ストップ!!」という声で足を止めた。
「横を見て。マインのスクロールだ」
アレスが視線を向けると、そこにはマインのスクロールが張り付けてあった。
「僕が剥がして解除するから待ってて」
ユーノスは慎重に壁の一枚を剥がしてクルクルと巻いて鞄にしまった。そのままもう一枚も剥がす。
「ふー。これで大丈夫」
「マインって爆発するやつだろ? こんなとこで爆発したらえらいことになるぞ」
「うん。完全に罠だね。しかもお客様のゴーレムを囮に使うなんて信じられない」
パシティアが大声を上げた。
「こっちにネックレスが落ちてるわ!!」
「なるほど。外されてたからバイタルの数字がおかしくなってたのか」
すると背後から聞き覚えのある声がした。
「なかなかやるじゃないですか。――商業トリオ」
パチパチと手を叩いて薄ら笑いを浮かべた男は岩陰から姿を表す。
「お前は――クリス!!」
彼はクリス・クーリス。宿屋経営クーリスグループ社長の息子であり、シープ村職業学校での同級生。卒業式でのスリーマンセル決勝でカタパルト式によって森に飛ばされた男。
「お前がネロを攫ったのか!!」
「ええ。彼女には関係のないことですからね。僕は君たちに用があるんです。――ま、罠は回避されてしまいましたが」
「用があるなら普通に来いよ! クソメガネ!」
「相変わらず下品ですねぇ。僕は君たちに復讐したいんですよ」
「はぁ?」
「忘れたとは言わせません。卒業式のスリーマンセル武闘で受けたあの屈辱をね。あの日はね、僕の父も見に来ていたんだ。そう、クーリスグループ社長の父だ。他にも贔屓にしている取引先のお偉いさんも来ていた」
「それがどうしたんだよ」
「それがどうした――だと?」
クリスは肩を小刻みに震えさせる。目を大きく見開いて頬をピクつかせた。
「お前らのせいでうちの信用はガタ落ちだ!! 売り上げも激減!! しまいには父に勘当するとまで言われた。お前は恥さらしだとなぁ!! 全部お前らのせいだ」
完全な逆恨みに三人は言葉が出てこなかった。
「お前らを退学にしてやるよ!」
「こんなことしてバレたら勘当どころじゃ済まないと思うけど」
「うるさい!!」
「で、どうやって俺達を退学にさせるんだ?」
「ここで全滅させてやるよ」
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