019 課題

 アレス・クラット。

 日差しがとても強い季節となり深紅の短髪がより一層と目立つ。白いシャツとベスト、黒いズボンの制服に身を包んでおり、腰に携えている剣。柄にはレッドドラゴンの翼をモデルとしたチャームがぶら下がっている。

 両手をズボンのポケットに突っ込んで歩く。目指すは第1、2地区に位置する戦闘訓練所ブルー。

 ブルーの敷地に入るとジャリジャリと砂が目立ってくる。そして目に飛び込んでくる大きな湖。光をキラキラと反射させて波音を立てている。


 そんなまぶしさの中に一人赤い髪の女性がたたずんでいた。

 湖の奥に建つ外壁の向こうを見透かしているように遠い視線。息を飲むような美貌が横顔からでも伝わってくる。

 彼女はモリー・エンデュ。35歳とは思えないほど艶やかな肌。しかし美貌とはかけ離れた鋭利な刺突剣が腰元で光を反射させる。


 アレスは声を掛けることなく剣を抜いてモリーに背後から切りかかった。

 しかし視界に地面が接近してくる。


(――あれ? なんで俺倒れてんだ?)


 アレスは気付くと血まみれになって横たわっていた。大量の血が流れ出て手足が冷たくなるのを感じる。しかし日光によって温められた地面の砂は頬を火傷させるほどに熱い。

 砂を打ち上げる波の音が無情にも安らかに聴こえてくる。


(ぐッ――痛ぇ――治癒しねぇと)


「――『ヒール』ッ!」


 初級治癒術で無理やり止血して立ち上がり、モリーの方に構える。表情一つ変えずに美しく佇むモリーにアレスは再度切りかかる。

 先程とは違う横薙ぎで振るが、羽虫でも払うかのように弾かれる。それでも諦めずに体重を乗せて切りかかるが同じく弾かれる。


(――くっそぉ!)


 アレスの扱うブロードソードは決して軽いものではない。しかし、明らかにそれよりも質量の小さい刺突剣に力負けしてしまう。

 それならば突きならどうだとアレスはがっちりと握って突進していく。


「まだまだ甘いな」


 モリーは前方に回りながら華麗に跳躍して、着地際にアレスの脚の腱を断ち切った。

 アレスはそのままよろめいて立ち上がれなくなる。


「『ヒールッ!』『ヒールッ!』――クソ!! 治れよぉ!! 『ヒールッ!!』」

「やめだ! それ以上魔素を無駄遣いするな!」

「くそぉぉぉぉ!!」

「初級では治せん」


 モリーは中級治癒術であるハイヒールを唱えるとアレスの傷が塞がっていく。断たれた腱も元に戻る。


「手紙で呼び出しておいてなんだその様は。久しぶりに告白でもされるのかと少しときめいていたというのに。普段は使わない化粧水も顔に掛けてきたんだぞ」

「――――せめてそこは塗ったとか付けたって言って下さいよ!!」

「殺気を感じて振り返ってみればお前でガッカリだ。手紙に名前くらい書いておけ! 化粧水を無駄にした!」

「それはどうもすいませんでしたー」


 モリーはふてくされてふくれっ面のアレスの手を引っ張って立ち上がらせた。


「で、要件は何だ。私を殺したいわけでも告白しに来たわけでもないのだろう?」

「――先生!!」


 アレスはいつになく真剣な表情。心なしかキリリとしている。


「お、お前まさか――本当に私のことが――」

「なんか勝手にときめきモードになってますけど。違いますからね」

「――早く言え!!」

「俺を強くしてください!」


 ビシッと音がするくらいの勢いで頭を下げたアレス。モリーも内心そんなところだろうと予想はしていた。


「無理だ」

「そんなこと言わずにー。先生じゃないですかー。生徒に手を差し伸べるべきじゃないですかー」

「…………お前の言う強さってのはなんだ?」

「目の前の敵をバッタバッタ倒すことです」

「そうか。なら魔素銃でも買ってぶっぱなせばいい」

「いや、そうじゃなくて。剣で強くなりたいんスよ俺は!」


 モリーは大きくため息を吐いた。


「もう一度掛かってこい。私がお前をここにスカウトした本当の意味を教えてやる」


 アレスは両手で剣を持って下から切り上げる。モリーはそれを寸前で躱す。

 振っては躱され振っては受け流されという事が五分近く続けられた。

 全力で攻撃を仕掛けるというのはかなりの体力を消耗するもの。アレスは肩で息をしていて握力も落ちてきている。


「もういいだろう」


 モリーが腰に剣を収める。


「はぁ、はぁ、なんで攻撃してこないんだよ!!」

「私は剣で攻撃はしていないが――お前の方が疲れているのは気のせいか? 疲れというのも一種のダメージだ」

「はぁ、はぁ」

「私は後何時間でも続けられるがどうする?」

「くそぉ!」


 アレスは剣を収めた。


「はぁ、はぁ、つまり何が言いたいんだよ!!」

「お前は目が良い。前に私の突きを止めてみせただろう。一応本気だったんだがお前に止められた。つまり私の攻撃スピードにはついてこれるということだ。さっきみたいに冷静さを欠いていれば別だがな。――お前はまず攻撃を仕掛けずに避けたり受け流すことに専念しろ、そうすれば相手が魔物だろうが人だろが必ず疲れが出てきて動きが鈍る。そこを叩け」

「岩ムカデの時は疲れる気配がなかったぞ」

「魔道ゴーレムは別物だ。あれは生物ではない。魔素が尽きぬ限り動き続ける」

「でもアタッカーってロールなのに攻撃しないのはなぁ」

「どうしても攻撃したいのなら、まず得物を変えろ。お前のブロードソードは少し長いし刃も厚くて重量がある。それではせっかく隙を見つけても攻撃に転じるまでの動きが鈍る。近接というのはそのコンマ何秒の差で決着がつくものだ。――あとそのダサいチャームをなんとかしろ」

「先生までチャームをバカにすんのかよ」

「じゃあ私は帰るぞ。せっかくの休校日だしな」


 アレスはモリーの肩を掴む。


「武器選ぶの付いて来て下さいー。武器って高いから失敗したくないんですー。お願いしますー」

「お前実家が武具屋じゃなかったか? 私が行かなくてもいいだろう?」

「俺って形で選んじゃうんですー。ちょっとカッコいい装飾とか彫ってあったりしたら大剣でも欲しくなっちゃうんですー」


 涙目で頼み込んでくるアレスにモリーは渋々折れた。

 その後モリーはアレスの予算と相談しながら刺突向きの軽いスモールソードと、防御にも使える櫛状の刃が付いた短剣であるソードブレイカーを選んだ。



 時を少し戻して、アレスがブルーに向かうために準備をしていた頃。

 ナール荘104号室にネロエとユーノスがいた。

 部屋のいたるところに魔機の部品や魔道具の分解された物などが散らばっている。二人が散らかしたのではなく、普段からネロエの部屋はこのありさま。


 そんな中、二人は部屋の中央にある机の上に白紙のスクロールを広げて魔素回路を書き込んでいる。書き込むためのペンには魔素を通す特殊インクが入っている。


「ルクスのスクロールは仕組みが分かれば簡単に書けるね。これなら節約になりそうだ」

「そうですね。でも気を付けて下さい。流れる方向を逆に書いてしまうと光球が真下に展開して地面に衝突して爆発しますから。そうなると大変なんです」

「なんだか実体験みたいな話だね」


 ネロエは顔が赤くなる。そして開き直る。


「ええ大変でしたよ! ボヤ騒ぎになりましたからね!」

「家でやったんだ」

「しばらくお小遣いがもらえませんでした」

「それっていつの話?」

「ええっとですね――たしか9歳の頃です」

「9歳!? 凄いね。そんな小さい時から魔素回路書いてたなんて」

「お母さんがスクロールを書くのが趣味だったので教えてもらったんです。それで驚かせようとして一人で書いてみたんですが――失敗しました」


 そんな失敗談をとても楽しそうに話すネロエ。ユーノスは本当にこういうのが好きなんだなと、ネロエがいつも見せない一面を見た。

 ユーノスが書き進めていくと、横から「そこはルケの上限値を決めるところですから丁寧に書いてください」と。

 髪が耳に掛けられているせいでいつもより顔の露出が多いネロエを見て、ユーノスは胸の中をノックされたような何かを感じた。


「適当に書いたらどうなるの?」

「ルクスは循環させるルケの量で光量が変わるじゃないですか。だから、例えば上限値を1万とかにしちゃうと、火傷じゃ済まない位の高温を発生させる光球が出現します。これは本当に気を付けて下さいね」

「なんか戦闘で使えそうだね」

「確かにトラップとしてはありかもしれませんね。でも、かなりの広範囲に熱が伝わるので結構離れないとですね。――となると100メートルは離れる必要があると考えて、2万ルケのスクロールが必要ですね!」

「2万ルケのスクロールは高いからコスパ悪いね。――なかなか上手くはいかないもんだ」

「そうですね。それならマインとかの方がよっぽど安いです。でも面白そうですよ?」

「確かに試してみたい気持ちはある」

「はい。――でもこの格安のスクロールじゃ結局無理ですね」

「20枚で5000Pポイントの3000ルケのやつだしね」


 その後一時間掛けて計6枚のルクスのスクロールを書き上げた。


「あー腰が痛いです」

「僕もー」


 ネロエは座ったまま後ろに倒れ込んで背伸びをした。

 ユーノスは立ち上がって軽く背中を反って痛みをほぐす。


「この後魔道具店に買い物行くんだけどネロも行く?」

「――いきます!!」


 魔道具展に付いた二人。ユーノスは魔素銃のコーナーへ真っすぐ進む。ネロエもそれについていく。


「やっぱり買っちゃうんですか? 同じやつ」

「うん。模擬営業の時買ったやつは返したからね」


 模擬営業時に配布されたパオンカードで買ったものは返却する決まりとなっていた。そのために先程ルクスのスクロールを作成していた。

 ユーノスはあの時と同じ店員を見つけソードオフショットガンやホルスターなど同じものを出してもらった。


「こちらは会計カウンターの方に運んでおきます」

「ありがとうございます。それともうひとつ探している物があるんですが」

「はい、どんなものでしょうか?」

「スリングショットなんですが、ありますか?」

「ございます。Y字型の物でよろしいですか?」

「はい」


 店員はスリングショットの置いてある棚の場所へと案内した。


「こちらになります。魔素を必要とするタイプの物と、魔素を使わない物がございます」


 魔素回路がハンドルの部分に彫りこまれている物を一つ取って説明をする。


「こちらハンドル上部につまみがあります。これは魔素量を設定するつまみになっていまして、0から10刻みで50までの6段階となっています。魔素を使用することでゴムの伸縮性が強くなり強力な弾を飛ばすことが出来ます。0にすれば魔素を使わずにゴム本来の力で飛ばすことが出来ます。少し値段は張りますが使い勝手はいいです。性能としてはどれも同じような物ですので、デザインや大きさで選ぶのがいいと思います。――魔素を使わないタイプは安いという事くらいですね」


 ユーノスは棚に掛けられているスリングショットを選んでいく。

 シンプルなY字型の物。安定性が増すアームガードが付いた物。小型で掌に納まるサイズの物。矢も撃つことが可能な物。


「ネロ。スクロールって矢に巻いた状態でも発動することって出来る?」

「可能です」

「なら矢も撃てた方が使い勝手がいいかもだ」


 ユーノスは矢を乗せる溝が付いたシンプルな形のものを選んだ。



 時は少し戻り、ユーノスとネロエがルクスのスクロールを書いている頃。

 103号室にはパシティアがいた。

 コップを耳に付けてを壁に当て104号室から聴こえてくるキャッキャという声を確認。


(あの二人こんなに仲が良かったかしら? それにネロってこんなに楽しそうに話すんだ)


 コップをテーブルの上に置いてポリポリと腹を掻く。


(アレスはどっかに行っちゃったし、隣の二人の所には行きづらいし…………暇ね…………………………あ)


 おもむろに立ち上がって教科書の入っている鞄から魔法学の本を取り出す。


(マジックポーションが無料ならヒーラーはもっと戦いに参加しても大丈夫ってことよね? 接近戦はネロに怒られそうだけど、遠距離から魔法での攻撃ならいいかも)


 パシティアは普段アホそうに見えるが、魔法学においてはかなり物覚えが早い。

 実際中級治癒術も職業学校在籍時に扱えるようになっていた。基本四元素の中級も習得済み。


(教科書のくせに中級までしか載ってないじゃない! ……休校日は図書館も開いてないし、本屋にでも行くしかないわね)


 思い付いたらすぐに行動がモットーのパシティアはすぐに着替えを済ませて本屋へ走った。

 場所は魔道具店の向かい。

 本屋は二階建てとなっていて一階は雑誌や情報誌、小説など。二階は専門書となっている。


 迷うことなく階段を駆け上がり魔法教本の棚の前に到着。

 びっしりと並ぶ本のタイトルをひとつづつ見ていく。『絶対に分かる初級魔法』『図解付き魔法発動のフォーム』『初級火魔法で作る野外料理』『Aランク冒険者から学ぶ中級魔法』『クールに放つ水魔法・中級』『初級土魔法で出来る家造り』『見た目がカッコいい魔法特集・これであなたもモテモテ』『四元素上級魔法』。


(あった! 上級魔法の本)


 パシティアは『四元素上級魔法』を取って急いで会計を済ませてダッシュで帰った。

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