009 バイトギルド
残っていた朝食をペロリと平らげたネロエはバイトの話を再度切り出した。
「皆さんバイトはまだやったことないですか?」
三人は頷いた。
ちなみにパシティアはぐるぐる巻きのまま椅子に座っている。
「ボクはポイントが尽きる前に一度バイトギルドに行ったのですが、フォーマンセルじゃないとダメだと追い返されました」
ユーノスは学生証のバイトの欄を確認する。
「確かにフォーマンセルで受ける事が記載されているね」
「はい。受付の人曰く、全滅回収でのチームワーク練習も兼ねていると」
「ネロはマシンナークラスだったよね?」
「はい」
「それならちょうど良かった! 僕ら四人でフォーマンセルが組めるじゃん!」
「でも、ボクなんかと組んでも足手まといに――」
「違うよネロ! チームは力を合わせて戦うんだ! 例えどんなに力が無くても魔素総量が少なくても絶対に足手まといなんかじゃない。それにネロはさっき凄い特技を見せてくれたじゃないか!」
「それは――」
「だから大丈夫! 四人で頑張ろうよ!」
アレスがパシティアを横目で見る。
「そうそう。こいつなんか逆に言えば殴るか回復するしか脳がないし。魔素回路の話をすれば湿疹が出るくらいだからな」
「あんただっていつもただのサンドバッグじゃない!」
ユーノスは「ね!」と言ってネロエに笑顔を向けた。
◇
バイトギルドに到着した四人。
休校日という事もあり、中には沢山の生徒がいる。
両方の壁際に並ぶ沢山の魔機端末。入口正面は受付窓口がいくつも並んでいる。
四人は空いている受付で説明を聞くとことにした。
「皆さん初めてという事ですので少し説明させていただきます――」
受付の女性が説明を始めた。
バイトを受けるにはフォーマンセルでの受注が必須となる。
冒険者ギルドと同じでランク制度があり、まずEランクから始まる。
同じく仕事にもランクがあり、自身のランク以下を受注可能。
自身と同ランクの仕事を30回こなすと一つ昇進出来るという仕組み。
フォーマンセル内で最も低いランクが適用される。CCCEというチームの場合受けられるのはEランクの仕事のみとなる。
ランクはE、D、C、B、A、S、SS、SSSと8段階あるが、バイトギルドではAまでの仕事しかない。
外の冒険者ギルドであればS以上も存在する。
また、バイトギルドで得たランクは卒業後も冒険者ランクとして機能する。
仕事にも種類があり。討伐、採取、の2つ。冒険者ギルドでは、護衛など他にもあるが、バイトギルドでは2種類。
討伐は魔物の討伐で、討伐対象の魔石を持ち帰ることで仕事完了となる。魔石とは生物が体内に宿している魔素を蓄える器官である。
また殆どの場合、討伐には魔物の素材の納品も含まれている。
採取は、薬草や果実、鉱石などを採取してくる仕事。
仕事の掛け持ちはAランク以下は二つまで。S以上で三つまで可能となる。バイトギルドではAランクまでしかないので、実質二つが限界となる。
仕事は魔機端末で探して用紙に印字する。これを受付に渡して加護のネックレスを受け取り始まる。
冒険者ギルドとの違いは、ここで加護のネックレスを受け取るということ。
「――つまり、全滅された場合はここに回収されます。ただここで注意点が一つございます」
四人はごくりと息を飲む。
「全滅回収された生徒は退学となります」
宿屋に求められる本質は全滅回収。宿屋が死んでしまうようではこの仕事は勤まらない。
オベルジュコインを手にする者の覚悟というのは、自らが命を落とさないという事である。
「わ、わかりました」
「説明は以上です。では、あちらの端末で仕事を探してみてくださいね。――ああ、それと、学校の外へ向かう際は宿専の関所から出ている無料定期馬車を利用すると節約になりますよ」
「はい、ありがとうございました」
四人は端末の元へ向かった。
ネロエが魔機端末の操作を買って出る。三人は後ろからそれを覗くように見つめる。
最初に大きく表示されたのは新着仕事情報。Aランクの討伐がずらりと並んでいる。
ネロエは操作してEランクの採取で検索を掛けた。
「簡単な内容の方がいいですよね。薬草の採取とかでしょうか? ヨモギ草20キログラムで1万Pポイント、依頼主は宿屋専門学校。ってのがありますが」
パシティアがグイっと顔を伸ばす。
「ヨモギ草ならどこにでも生えてると思うからすぐに集まるわね。それともうひとつ何か受けましょ」
「分かりました、印字しておきます」
端末横に備え付けてある紙に仕事内容が印字された。
アレスがパシティアの顔を押しのけて顔を出す。
「討伐も見てみようぜ!」
「いきなり討伐は怖くないですか? 全滅したら退学になってしまうんですよ?」
「俺ら三人は昔ブラッドウルフ15体討伐したことあるぜ!」
ネロエはそれが凄いのか分からない。それにこの三人の実力も知らない。知っているのは、パシティアが学校で少し目立っているという位である
「へー」
「へーって。もっと『すごーい!』って驚くところだぞ」
ユーノスが割って入る。
「討伐はまだやめておこう。僕ら三人はお互いを知っているけどネロは僕たちのことをまだ知らない。採取で外に出てから少し連携の練習をしてみて、それからにしようよ」
「ま、ユノが言うならそうだな」
「そうよアレス! ユノの言うとうりにしましょ!」
「それならもうひとつも採取でいいですか? 似たようなので、ドクダミ草20キログラムで1万Pポイント、依頼主は宿屋専門学校。ってのがありますね」
「ドクダミもそこら辺に大量に生えているはずだから簡単ね」
「では印字します」
四人は用紙二枚を受付へ持っていき仕事を受注した。
並んでバイトギルドから出た彼等を遠目から見ている者がいた。髪を七三に分けてメガネを掛けているクリスである。
(今のは商業トリオ……ククク、あの時の屈辱をここで晴らしてやる)
◇
王都キャメロットの外、西の平原。外壁から歩いて二時間ほどの場所にユーノス達はいた。
広大な平原で、遥か西には大きくそびえるロベリー山脈が見える。南北に走るこの山脈の向こうは海。
キャメロットの西側に町は無い。道も無く、ただただ広い草原とロベリー山脈の麓にある大きな森。
ここに訪れる者の大半が冒険者である。
四人が西側に来た理由は宿屋専門学校から一番近いから。それ以外の理由はない。地理も詳しくないためとりあえず行ってみようという感じである。
魔物に遭遇する恐れも考慮して武器や道具は持ってきている。
「これだけ草を抜けばさすがに手が青臭いですね」
ヨモギ草の汁と土まみれの手が顔に触れないように汗を拭うネロエ。
その横では慣れた手つきでヨモギ草を縛り上げるユーノス。
「あっちの二人は大丈夫かな? 結構遠くまで行ったみたいだけど」
中腰でヨモギを抜き続けるネロエは、背中越しに返事をする。
「パシティアさんがいれば問題ないですよ。あの怪力は人とは思えません」
「治癒術も使えるしね。それにアレスだって頼りになるよ」
「アレス君はアタッカーでしたね。強いんですか?」
「んー、まあ」
「なんですかそれは。強くなさそうな返事ですね」
「いや、違うんだ。アレスはそのー、頑張り屋さんで――顔もカッコいいじゃん?」
ネロエは両手に抱えたヨモギ草をユーノスの横へ運び降ろし「んー」っと腰に手を当ててストレッチをする。ずっと中腰で腰にきている。普段から運動もしていないためこういう作業は慣れていない。
ユーノスは置かれた草をまた縛っていく。
「まあ確かに好青年な印象はありますね。でもボク的にはユーノス君のほ――いえ。なんでもありません」
「え? 僕?」
「なんでもありません。忘れて下さい」
ユーノスはネロエの顔を覗き込む。
「大丈夫? 顔が赤いよ?」
「だ、だ、大丈夫です! 大丈夫ですってば!」
「ホントに?」
「だ! い! じょう! ぶ! です!」
ユーノスは空を見上げた。雲一つない快晴。風も殆ど無く蒸し暑い。
「少し休もうか。水分も採らないと倒れちゃいそうだ」
「そ、そうですね」
その時、通信魔道具から声が聴こえた。
『き――える! ユノ――』
パシティアからの通信だが、声が途切れ途切れできちんと聞き取ることが出来ない。
声色からして慌てている様が伝わる。
「パティ!? どうしたの!? ちゃんと聴こえないけど!?」
『や――がった! たい――な――スが! ま――のに』
ネロエは自身の通信魔道具を耳から外して型を確認した。
(この型はたしか魔素循環距離1キロメートルのモデルですね。この途切れ方からして、パシティアさんとの距離が範囲ギリギリなはずです)
そのまま急いで自身の鞄からノート型魔機を取り出し、位置情報を確認する。
「ユーノス君! パシティアさんとアレス君の位置が分かりました! 西に1キロの森です」
「わかった!」
「こっちから近付けば通信が安定するはずです!」
しばらく二人で少し走ると通信が安定した。
「パティ聴こえる? 聴こえたら返事して!」
『良かった! ちゃんと聞こえるわ! それより魔物が――。あ! また来やがったな!』
「大丈夫なの!?」
『おりゃー!』
通信機越しに何かを砕くような音と『ギャン!』という鳴き声が聴こえる。
ネロエは走りながらも魔機で状況を確認していく。
「アレス君が魔物に囲まれています。数は――30以上です!」
「30以上!?」
「魔石シグナルからしてゴブリンだと思います!」
「ゴブリン!?」
ゴブリンとは人族の子ども程の大きさで、白い髪と緑色の肌をした魔物である。集団で生活する魔物で、滅多に人を襲うことは無い温厚な魔物。
ただし、縄張りに入り込めば容赦なく襲い掛かってくる。ゴブリンの縄張りは分かりやすく、小枝を組んだ飾りであるゴブリンシンボルが目印となる。棲みかを囲むように飾られているため、よほど注意散漫でもない限り踏み入ることは無い。
ゴブリンについては、子どもの頃に教えられる一般常識である。
「あの二人がゴブリンの縄張りに入るわけないよ! 村にいた頃何度も森に入っててゴブリンシンボルの探し方だって得意だ、危険性も理解してる」
「でもシグナル的にはゴブリンです!」
『そうなの! ゴブリンよ!』
「入ったってこと!?」
『そんな間抜けなことするわけないでしょ! ――ってか早く助けに来て! 今アレスがヘイトを集めて逃げ回ってるわ!』
「今向かってる! もうちょっと頑張ってて!」
ユーノスは持ってきている魔道具を思い出す。
スクロールはストッパーが4枚、マインが1セット。どちらもストッパークラスの授業で配布されたもの。
マインのスクロールは2枚1セットで、設置したスクロール間を通過したものに中級炎魔法であるフレイムボムを発動する罠タイプのスクロール。一度発動した場合、魔素を再度循環させないと再発動はしない。
フレイムボムは大爆発を起こす魔法で、大抵の雑魚なら一撃で木っ端みじんとなる。ただ魔素の消費が大きく、範囲も大きいため冒険者はあまり好まない魔法である。
(作戦が思い付かない。パティはマジックポーションを持ってきてないから長期戦は無理だ。――逃げるか? いや、ゴブリンはしつこい魔物だ。鼻も利くし隠れるのもマズい――)
「ユーノス君! スクロールのストックを教えて下さい!」
「ストッパー4にマイン1」
「……分かりました」
ネロエは突如その場に座り込んで、魔機の操作に集中し始める。
「急にどうしたの!?」
「ボクはここから指示を飛ばします! ユーノス君は行って下さい!」
「……わ、分かった!」
ユーノスには不安があった。
フォーマンセルは皆で力を合わせるなどと言っておきながらネロエが本当にマシンナーの役割を果たしてくれるのか。今までのように自分で指示を出すべきではないのか。と。
でも、朝の一件で実力は知っている。たったの一瞬でユーノスとアレスがパシティアを取り押さえようと動いた事を理解して、スクロールを解読、その意図を理解して発動した。
『ユーノス君! 森の入口20メートル手前にストッパーを15メートル間隔で設置、入口にマインをお願いします! その後20メートル進んで同じく15メートル間隔でストッパーを設置して下さい!』
『了解!』
『パシティアさんは後退して平原まで出て下さい!』
『分かったわ!』
『アレス君は合図があるまでそのままヘイトを維持して下さい!』
『おーけー!』
『それと――先に謝っておきますごめんなさい!!』
『え? なにが? ――ってかなんか前にも似たようなことがあったような』
森の入口に到着したユーノスは指示通りにマインのスクロールを設置、そして奥のストッパーのスクロール設置も終えた。
『スクロール設置したよ!』
『後退してパシティアさんと合流して下さい! アレス君! 30秒後に後退を開始して下さい!』
『えっと、そっちに逃げていいってことだよな?』
『はい。それとパシティアさんは治癒術の準備をお願いします!』
『治癒? まだ誰も怪我なんかしてないわよ!?』
合流したユーノスがパシティアに従うよう目で合図をする。
『よし! 今からそっちにいくからな!』
アレスがゴブリンの集団を引きつれて森の入口へと走る。そして、ユーノスが設置した奥のストッパーのスクロールを通過し、マインのスクロール地点に近づく。
ネロエはこれを魔機で確認。これでアレスとゴブリン全てが大きく四角に囲まれたストッパーの範囲に入った。いや、入ってしまった。
『ストッパー発動します!』
青白い防壁に囲まれたアレスは状況を理解していない。
『あれ? 俺も中にいるんだけど?』
『マインへの魔素循環良好! そのまま進んで下さい!』
『あ、うん』
そしてアレスの体がマインの間を通過した。
その瞬間、突き抜ける閃光が放たれ、それを追うように耳をつんざく大きな爆発音が鳴った。四方の防壁によって行き場をなくした爆風や熱は煙突の煙のように上空へ昇った。
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