008 ルーティン
一ヶ月が過ぎ、皆学校の雰囲気や寮での生活に慣れが出てきた。
ユーノス達のルーティンも板についてきている。
101号室。朝6時に起床するとユーノスは冷蔵庫から食材を取り出して三人分の朝食の準備を進める。
102号室。同じく起床するとアレスは布団を外に運び出して外にある手作りの物干しに掛ける。その足で101号室の布団と103号室の布団も運んで掛ける。
103号室。アレスに布団を剥ぎ取られながら起床したパシティアは眠気眼で物干しの所へ向かい、風魔法を使って布団を乾燥させる。
101号室の窓から調理中のユーノスが爽やかな「おはよう」を告げる。
「外のテーブルの落ち葉払っておいてねー。もうすぐご飯できるから!」
「うん。分かったわ」
ナール荘の前の敷地にある大きめの手作りテーブルと椅子。これは隣の森『グリーン』の木を勝手に伐採して作成したもの。
パシティアは布団に向けていた風魔法をそのままテーブルの方へ向けて力技で清掃する。
すでにテーブルに座っていたアレスはもろにその風を受ける。
「あのな。俺が座ってるのが見えねーのか?」
「うっさいわね。座ってるあんたが悪いわ!」
ユーノスが出来た朝食を運びながら二人をなだめる。
「まあまあ落ち着いて。――今日の朝食は卵サンドイッチとトマトのスープ、デザートは森で採れたリンゴとなっております」
宿屋でいつもやっていたように朝食を並べて料理の説明をする。
「相変わらず美味しそうね! いっただっきまーす!」
パシティアは寝ぐせのまま朝食に喰らいついていく。
アレスがスープを飲みながら今日の予定の話をする。
「今日は休校日だなぁ。二人はなんか予定あんの?」
「私はもう一度寝るわ!」
「せっかくの休みを寝て過ごすのか!?」
「休みの日くらいはゆっくり寝たいわ。それに昨日のヒーラークラスは魔素枯渇寸前までやってたからちょっと体が怠いのよ」
「俺もアタッカークラスで体がバッキバキだわ! クラス変えたいぐらいキツイぜ。――ユノは今日どうすんだ?」
「それで二人に相談があるんだ。――このままだと明日からご飯を作れなくなりそうなんだ」
アレスは持っていたリンゴをテーブルにポロリと落とした。
「ど、どういうことだよ!?」
「パオンポイントが底をついた。二人からも食費として貰ってたけど、もう……」
「な……」
パオンポイント。またはPポイントともいう。
これは宿屋専門学校内で利用出来る魔素通貨であり、入学時に配布されたパオンカードに入っている。
宿専内ではゴールドは使用できず、パオンカードを使ったパオンポイントで買い物をする規則となっている。
1ポイントは1ゴールドと同じ。学校内の物価も王都と同じになっている。
パオンカードを使ってPポイントを他者に送ったり貰ったりすることも可能。
買い物の際はパオンカードを店舗のカウンターについている会計装置に触れると決済が完了する。『パオン』と鳴ると決済が正常に行われた合図となる。
ユーノスは自分のパオンカードをテーブルに出して残高ポイントを表示させた。
「ん、残高23……ポイント……だと」
象をモチーフにした可愛らしいキャラクターが印刷されたパオンカード。
ナイトキャップを被った象のキャラクターが無情にもにこやかな表情で描かれている。
「も、もっと早く伝えるべきだったんだけど、皆学校が忙しかったし――あ、一応今日の夕食の食材はあるからね」
ユーノスが焦った様子で告げた。
ユーノスが焦っているのだ。実家の宿屋で培った冷静さを兼ね備えたユーノスが焦っているのだ。
アレスとパシティアはこれの重大さを理解した。
「まぁ、ユノに頼り切ってた俺らも悪いな」
「二人はまだ残高残ってるかな?」
パシティアは自慢気にパオンカードを出して残高を表示させた。
「って5ポイントじゃねーか! その『仕方ないわね、私に任せなさい! この窮地を救ってあげるわ!』みたいな顔はなんだ!」
「てへっ」
「やかましいわ!」
「そんなアレスはどうなのよ!」
「お、俺は。……41ポイント。……昨日武器屋で剣に付ける格好いいチャームを見つけて買っちゃったんだよ!」
パシティアが拳を握って立ち上がった。
アレスは殴られると思って身構える。それを止めようとユーノスも立ち上がる。
「こうなったら他の生徒をぶっ飛ばして奪うしかないわね! ちょうどやれそうなヤツを知っているわ!」
二人は想定外の台詞で一瞬固まった。
「ちょちょちょちょ! それはやっちゃダメなこと! 犯罪ですよー!」
「じゃーどうするのよ!!」
ユーノスが席に座り直して解決策を告げる。
「だから今日は皆でバイトギルドに行って仕事を貰いに行こう! 初日のホームルームでもモリー先生がそう言ってたじゃん」
「ま、やっぱそうなるよな。俺は知ってたぜ!」
バイトギルド。
宿屋専門学校内にある仕事を紹介してくれる施設。
ここで紹介される仕事をこなすことで、内容に見合ったパオンポイントを貰うことが出来る。
基本的に校外へ出ることは出来ないが、バイト時は可能である。その際はバイトギルドで加護のネックレスを渡され、着用が義務付けられている。
三人がこの話をしていると104号室からネロエがノート型魔機を抱えたまま出てきた。
いつも三人と距離を置いているネロエが出てくるというこの状況は珍しい。
「そ、その話ボクも混ぜてくれませんか」
ネロエの方から寄ってきてくれたというこの状況に感極まったパシティア。
パシティアは今まで何度も涙を流してきた。
夜眠りにつく前に104号室のドアを叩き『ネロちゃーん。一緒に寝ましょー』とねっとりと声を掛けるが無視され。
朝は『ネロちゃんの使った布団乾燥させてあげるー』と鼻穴を広げてねっとりとした声で聞くが無視され。
朝食時に『ネロちゃんにあーんしてあげるから一緒に食べましょうよー』と嫌らしい声で呼びかけるが無視され。
夜中に壁越しで『ネロちゃーん。ネロちゃーん』と話しかけてみたが無視され。
学校でも目が合うたびに『んー、ちゅぱっ』っと投げキッスを飛ばしたが全てそっぽを向かれて無視され。
そんなネロエが今目の前にいる。自らの足で歩いて目の前にいるのだ。
これをすぐに察したのが幼馴染であるユーノスとアレス。二人は目配せをして動き出す。
『アースロック!』
アレスは先日習ったばかりの束縛魔法をパシティアに放った。土魔法であるアースロックによってパシティアの足元の土が触手のように絡み付いてがっちりと固まった。
「こんな束縛魔法で私を止めようなんて無駄よ! 『ウォータースマッシュ!』」
パシティアは掌を足元の地面に付けて水魔法を放つ。地面の中に生成された水魔法によって土はぬかるみ、アースロックの拘束を無効化した。
しかし、この一瞬の隙があればユーノスが事を進めるのに問題は無かった。
ネロエを囲むように四枚張られたスクロール。
ユーノスは間に合ったと安心したが、すぐに重大な失敗に気付いた。
スクロールを発動するためには魔素を循環させる為の
入学前のユーノスならこんな失敗はしていない。自分でスクロール設置とノート型魔機を使った循環を行っていたからだ。
今まではストッカーとマシンナーの二役を行っていたのだ。
しかしストッカークラスへ進んだユーノスは、授業でストッカーのみの動きを学習していた。
魔素を循環させてスクロールを発動させるのはマシンナーの役割。
(ごめんネロ。僕とアレスでは君を守れなかった)
ユーノスはスローモーションに感じていた。
スクロールが発動できないと分かったアレスがパシティアに飛び掛かるが、椅子で地面に叩きつけられる姿。
それでも手を伸ばすアレスの顔。
目をハートにしてヤバくなっているパシティアの顔。
近づいてくる際に大きく弾む胸。
(ここまでか――)
と、諦めたその時。
なぜかスクロールが発動して、ネロエを囲むように青白い透明の壁が現れる。
「ネロちゃーん――」
抱き着く恰好で飛びついてきたパシティア。
しかし、目の前に現れた防壁。
「――ふんぎゅ!」
パシティアはストッパーのスクロールから発動された防壁に激突して地面に滑り落ちた。
ユーノスは、はっとしてパシティアを取り押さえる。すぐにアレスが駆け寄り縄でぐるぐる巻きにした。
「こら! ユノ! アレス! これを解きなさいよ!」
芋虫のように暴れるパシティアを他所にユーノスはネロエに話しかける。
「大丈夫だった?」
「は、はい」
「危なかったねー。もう少し発動が遅かったらどんな惨事が起きていた事か。――君がスクロールを発動したんでしょ?」
ネロエはコクリと頷いた。
ユーノスは地面のスクロールを剥がしながら魔素回路を確認する。
「凄いね。何のスクロールか伝えてなかったのに適正のルケ値を循環させてる」
ネロエは顔が真っ赤になった。
「す、スクロールが近かったから回路を読めたんです。た、ただそれだけですよ」
「でもこれ結構複雑な回路だよ? あんな短時間で理解したなんて本当にすごいね!」
ネロエの頭から湯気が上がる。しかしすぐに顔をブルブルと振って払う。
「それよりさっきの話です!」
「バイトの話?」
「はい。そのお恥ずかしいんですがボクもポイントが無くなって――」
その時『グゥゥ』とネロエの腹の虫が鳴った。再度赤くなる顔。
「もしかしてご飯食べてないの?」
「……はい。二日前から……」
ユーノスは少し怒った口調に変わる。
「なんでもっと早く言わないのさ! 同じナール荘の仲間じゃないか! 学校で組だって同じなのに!」
「それは――」
ネロエは適性検査以来周りと馴染もうとしなかった。
片親で育ったため、少しでも母を楽させたいと反対を押し切って宿屋専門学校に入学したが、全滅回収という真意を知り、力を求められる。
腕力も魔素もなく、出来ることといえば魔機いじりだけ。
「早くこっちに来な!」
ユーノスはそう言って強引にネロエの手を引いて朝食のあるテーブルへ座らせる。
目の前にある美味しそうなサンドイッチに再度腹が鳴る。
「どうぞ召し上がり下さい」
「……いただきます」
手に取ったサンドイッチ。
トーストされたパンはまだ温かく、香草の効いた潰された卵から伝わるいい香り。
一口かじればじんわりと広がる程よい塩加減と温もり。
ネロエはぽろりと涙を流す。
実家でいつも母が作ってくれた味と殆ど同じで思い出したのだ。
「とっても……おいしいです」
ネロエは涙ながらに笑顔でそう答えた。
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