005 最終試験

 バインドマジックを解除された三人。アレスとパシティアは足りなかったピースが音を立ててはまった気がした。

 今目の前で繰り広げられた戦闘訓練。二年前に冒険者になろうと心から決意したきっかけにピタリとピントが合う。


 シープ村は主に農産業が盛んな村で、近くに目立ったダンジョンもない。故に冒険者と言える存在はいなかった。

 たまに旅の冒険者が立ち寄った程度。

 狂暴な魔物も出ないためギルドへ討伐依頼を出すという事もなかった。

 知っている冒険者という存在は絵本や親から聞かされたお話上でのもの。

 二人が初めて全滅した次の年。二人ではダメだとユーノスを誘って三人で森へ向かった事があった。これがきっかけとなる始まりである。


 ユーノスが用意した通信魔道具で連携を取り、アレスがヘイトを集めて地道に数を削り、パシティアが治癒術を掛け、家からくすねてきたマジックポーションを飲み、ユーノスの自作魔道具トラップもふんだんに使いブラッドウルフ15体を倒した。

 決して綺麗な戦いではなかった。

 何度も皮膚を引き千切られ。何度もマジックポーションを吐き。お小遣いで集めた魔道具は壊れた。


 でも。これが冒険者の戦いなんだと目を輝かせた。


 しかし冒険者専門学校の見学で見たものはまるでお遊びのようなものだった。


 失敗してもいいや。

 倒せなくてもいいや。

 やられたって復活できるし。

 次頑張ろうぜ。


 こんなの冒険者じゃない。


 でも今目の前で見たもの。これは紛れもなく彼等にとっての冒険者そのものだった。


「これだよこれ! 見たかよパティ! こっちに向かってきたゴーレムをガシッと掴んでバギって!」

「ええ! ヒーラーもアタッカーがやられてるの見てニヤついていたわ! やっぱヒーラーはこうじゃなくっちゃ!」

「お前それ見るとこちがくね? ってかノート型魔機の人も凄かったな。なんかユノみたいだった」

「ユノはどっちかっていうとストッカーの人っぽかったわよ? 走り回ってなんかやってる感じが」

「まあ確かにそうかもな。ってか宿専の生徒って冒専の生徒より強くね? あっちは5体とやって1体も倒せてなかったぜ。こっちはフォーマンセルだけど20体だぞ? ――ってユノはどこに行った?」


 ユーノスはストッカーが張っていたスクロールを勝手にはがし、スクロール同士の長さを目測で計っていた。


(大体20メートル。この距離を魔素循環させるってどんな回路を組んであるんだろう? この回路さえ分かっていれば卒業式でもっと早くカタパルト式に魔素を送れた)


 するとノート型魔機を使っていた生徒が近付いてきた。


「君。スクロールに興味あるの?」

「はい。20メートルも離れているのにどうやって魔素循環させているのかなって」


 彼女は少し驚いた表情をする。ユーノスが専門的な単語を発したからだ。


「僕は15メートルの距離を循環させるのにベルシートを使ったんですけど――」

「ベルシート!? そんなのまだ残ってるんだ。おじいちゃんからしか聞いたことないよそれ。ちなみに何に循環させたの?」

「カタパルト式の魔法陣展開に繋ぎました」

「カタパルト式って、これまた古いねぇ。ってか、かなり現実的じゃない使い方だね。普通は魔素に強い循環用のスクロール使うから。発動した瞬間にベルシート燃えたでしょ?」

「はい」

「ベルシートは200年位前に流行っていたものだから、きっと200ルケ以上の魔素で媒体が耐えられなくなって燃える。15メートルの距離で力技なら30枚近くベルシートを繋いで一回発動できるくらいかな。燃えるけど」

「回路を書き換えてもダメなんですか?」

「無理ね。カタパルト式はたしか4000ルケ位必要。200ルケが限界のベルシート一枚じゃ限界が200なのよ。今は1万ルケのスクロールが主流だから一枚あれば60メートル先までは循環できるわ。まあ高いから学生には沢山買えないけどね」

「そうですか」


 彼女はウインクして人差し指を立てた。


「でもね。どうしても15メートル先にカタパルト式を発動させなければいけない状況で、材料がベルシートしかなかったなら大正解! 君才能あるよ! 普通はベルシートを循環に使うなんて考えないもん」


 ユーノスは興奮から全身の毛穴が広がった。


「僕が入学したらまた色々教えてくれますか!?」

「いいよー。でもね、もっと適任の先輩がいるよ」


 彼女は道具の整理をしているストッカーの彼を指さした。


「私はさ、魔機使いマシンナーだから、ルケの計算とかも一応できるけど、スクロール回路とか詳しいことは分からないんだ。でも、彼は魔道具専門のストッカーだからかなり詳しいよ。そのスクロールだってその先輩が書いたものだよ」

「ちょっと挨拶してきます!」

「あ、ちょっと君――」


 ユーノスはスクロールを握りしめて彼の元へ。


「このスクロール凄いですね! 先輩が書いたって聞きました!」


 彼は視線でだけを動かしてユーノスの顔を見る、そして握りしめられたスクロールに移す。少し折れ目がついてしまっている。


「ちっ! 勝手に触るんじゃねぇ!!」

「え、ご、ごめんなさい!」

「そのスクロールが凄いって言ったな。どこが凄いのか言ってみろ」

「えっと、それは――」

「これだから素人は」


 彼はスクロールを取り上げる。


「あーあ、折れ目ついちまってら」

「ご、ごめんなさい。弁償します」

「あ? これは3万ルケのスクロールだぞ? いくらすんのか知ってて言ってんのか?」

「ご、ごせんごーるど位ですか?」

「12万ゴールドだよ! 5000ゴールド? 中古の1万ルケも買えねーよ」

「じゅうに!? まん。――ごめんなさい」


 マシンナーの彼女が駆け付ける。


「またそうやって折れ目位でグジグジ言ってんの? そんなんだから友達が出来ないのよ?」

「それとこれは関係ないだろ」

「だいだい3万ルケのスクロールなんて工場の大型魔道具位しか使い道ないじゃない! オーバースペックなのよ!」

「俺がどんなものを使おうが関係ないだろ! ってかな、前にお前が魔素供給ミスって1万ルケのスクロール燃やしたから容量デカくしたんだろうが! 魔機オタクは黙ってろ!」

「あれはちょっとボタンを間違えただけよ!」

「どう間違えば2000ルケを2万ルケでぶち込むんだよ!」

「ちょっとテンション上がってトトンってゼロを一回多く押したちゃっただけじゃない!」

「そのトトンで俺の3万ゴールドが燃えたんだぞ!」


 ユーノスはあわあわしながら助けの視線をヒーラーの彼女へ送ってみる。

 しかし、目を細めて口元をにっこりしたまま動かない。

 ヒーラーが駄目となれば、だるそうに片付けを待っているアタッカーの彼へ送る。


 彼は事に気付くと目をパッチリと見開いてダッシュで滑り込み、体を入れて間に入った。


「お前ら。侮辱するならこの俺を侮辱しろ!! どんなことを言ってもいいぞ!! さあ言え! 侮辱しろ!!」

「…………マジ死ね」

「おお! いいぞ! もっとだ! なんなら蹴ってくれ!」


 マシンナーの彼女はユーノスの腕を引いてその場を退散する。


「ごめんね。うちの班変なのばっかで。ストッカー君も悪気があるわけじゃないんだ。ただ魔道具バカなだけでね」

「でも――」

「大丈夫大丈夫。弁償とかも考えなくていいからね(いちいち弁償してたら先に私が先に破産しちゃうわ)」



    ◇



 宿屋専門学校入学式当日。

 敷地内にある大講堂には約千人もの新入生が集まっていた。

 その中にはユーノス、アレス、パシティアの三人の姿もある。

 全員真新しい制服で、男子生徒は白いシャツに黒のベストを重ね、下は黒いスラックスパンツ。女子生徒は白いシャツに黒のワンピース。

 そして男女共に左腕に付けている同じ時計。


 今壇上にいる老いた女性は学長のプラト・デーモス。

 学長はにこやかに形式としての挨拶の言葉を告げると、表情をがらりと変えた。


「では。最終試験を行う」


 清聴していた生徒達が一斉にざわつき始める。

 ここにいる生徒は皆きちんと入試を受けて合格通知を貰ってここにいる。

 最終試験とはどういうことだと。


「静まれ! ――これからする話は世界特級機密事項に準する内容となり、一般人への口外を禁じる。破った者は王国法に則り厳しい罰に課せられる。最終試験はこの機密を知ることである」


 これから始まる新生活を前にいきなり告げられた世界特級機密事項という不穏な単語。

 世界特級機密事項。頭に付く世界というのは機密が世界の者全てに該当するという事である。人族だけではなく魔族や獣族など全ての種族に対して機密という意。

 

「それでもオベルジュコインの取得を目指す者はここに残りなさい。本当の意味での入学を許可しよう」


 一人の生徒が立ち上がり大声で問いかける。


「俺達は合格通知を貰っている! なのにいきなり最終試験とはどういうことだ!」

「宿屋専門学校はまだ誰にも入学許可を出していない。君達が手にした合格通知は試験の合格通知であり、ただそれだけである。まだ入学するに準じていない」

「納得いかねぇ!」

「オベルジュコインを手にするには覚悟が必要となる。この世界に存在する全ての宿屋、そこで働く全ての従業員は皆同じ覚悟を持って働いています。機密を口外しないという守秘義務すらも守れないような精神の者は決してオベルジュコインを手には出来ない」


 生徒は少し考え込んだ後、静かに座る。


「辞退したい者は遠慮せず立ち去るがよい。先日受けた入試は厳しいものがあったと思うがそれには理由がある。――ここで辞退した者を他へ編入出来るようにするためだ。安心して他の道へ進むといいだろう」


 すると数人の生徒が立ち上がり後ろから出ていく。

 学長はしばらく様子を見た。そして、他に立ち上がる者がいないことを確認して口を開く。


「では。世界特級機密事項の内容を告げる。事は約1500年前から始まったと言われている・・・・・・――」


 学長は内容を告げていく。


 約1500年前にあった人魔戦争。この争いは人族と魔族間で行われ、大量の死者が出た。

 始めは万単位編成の軍同士のぶつかりから始まったが、あまりにも激しい争いだったために互いに壊滅を繰り返した。

 そして、争いは段々と少数精鋭同士のぶつかり合いへと変わっていく。


 しかし、量より質となったため優秀な冒険者達の死亡は著しい戦力低下を招いてしまう。そこで提案されたのが、死亡する前に回収する特殊部隊の編成である。

 問題は、いつどこで争いを始めるか分からなかったという点であった。

 少数精鋭になったことで、いたるところで事が起こる。


 当時の国王は冒険者が戦闘前に宿屋を利用することに目を付け、宿屋が全滅回収をする特殊部隊となることを命じた。

 全ての冒険者が宿を利用していた訳ではなかったため、大賢者マーリンが『私の加護のネックレスを宿屋に与えた。宿屋を利用することで復活することができるであろう』という出任せを流し、宿屋側でも冒険者の管理をしやすくした。


 大賢者の加護の元、死を恐れず戦が出来ると冒険者達の士気は膨れ上がった。これを機に人族は魔族を追い詰めていく。

 国王はこの出任せを冒険者達に知られては士気が落ちると考え、特級機密事項にした。


 次の問題として宿屋の戦力である。

 回収に向かっても返り討ちにされていては元も子もない。養成所が必要だと宿屋専門学校を設立。

 機密を守る者を選別し育成を始める。これによって宿屋の戦力問題は解消された。


 魔王討伐後。世界平和条約が結ばれて争いの幕を閉じた。


 だが、冒険者は争いをやめたが戦いはやめなかった。

 魔物討伐、ダンジョン攻略、迷宮攻略など全滅回収の需要は変わらない。

 それどころか冒険者以外でも用心として利用する者も増えた。


 宿屋を利用すれば復活できるという事。

 これは人々には当たり前の常識として認知されていき、1500年経った今もそれは変わらない。


 宿屋であり全滅回収を業とする事を許可するオベルジュコインは人々を陰で支える証でもある。


「――この素晴らしい証、オベルジュコインをこれから目標にするのは君達である。これにて世界特級機密事項の告を終える。――生徒諸君! 宿屋専門学校への入学おめでとう」

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