004 宿屋専門学校

 冒専見学から一週間後。

 ユーノス、アレス、パシティアは馬車に揺られて王都キャメロットの城壁を通過した。


 王都キャメロット。アリートン王国の首都であり、人口約30万が住む城壁に囲まれた都。

 中心部にあるキャメロット城を起点に半径約10キロメートルもの大きさ。

 いくつかの区に別れていて、ユーノス達が向かっているのは宿屋専門学校のある学業区。


「あーケツがいてぇ。あとどんくらい掛かるんだよ?」


 ユーノスが馬車に備え付けてある王都のパンフレットで地図を確認する。


「今東区の城壁を通過したから、この後中央区で馬車を乗り換えて一時間位かな」

「あがー。乗り換えもしてまだ一時間かかるのか。王都ってどんだけでけぇんだよ」


 パシティアが立ち上がる。


「アレス! もう王都なんだからしゃきっとしてよね!! 田舎者に見られたら恥ずかしいじゃない!!」


 今日のパシティアはいつもより気合が入っている。

 化粧も少し厚く、髪もボサボサではない。きちんと櫛が入っている。

 ド田舎育ちのパシティアは少しでも背伸びがしたかった。


 ユーノスはパンフレットを閉じて窓から顔を出す。


 きちんと整備された石畳の道。規則正しく建てられた街頭。立ち並ぶ立派な店の数々。オシャレな街行く人々。農作着なんていない。

 上を見れば少し狭く感じる空。


 そして。


「やっとついたなぁー。あー腰とケツがいてー」

「ここが宿屋専門学校かぁ。ワクワクするね!」

「ここ本当に学校なの? 校舎が見えないけど……」

「でも、門にアリートン宿屋専門学校って書いてあるからそうなんじゃね?」


 アリートン宿屋専門学校。

 高い壁に囲まれたこの学校は直径にして約3キロメートルの敷地を有し、関係者以外の立ち入りは禁止されている。

 東西南北にある入口は関所になっていて身分などを確認される。

 関所をくぐれば小さな町と遜色なく、食事処や武器屋、薬屋、食料を売っている市場などもある。

 中心部には校舎などの学業の為の施設がある。


 三人はモリーから事前に渡されていた招待状を関所の受付で見せた。

 受付の女性は机型魔機を操作し確認をしていく。


 アレスは挙動不審に辺りを見渡してユーノスに耳打ちをした。


「なんでこんなに厳重なんだ? ここも警備兵みたいなやついるしよぉ。ただのでっかい学校じゃないのか?」

「僕にも分からない」

「お前んとこの親はここの卒業生なんだろ? なんか聞いてないのかよ?」

「うーん。敷地が広いってのは聞いてたけど、なんでか詳しいことは教えてくれなかったんだよね」


 受付から声がかかる。


「確認が終わりました。今モリーさんがこちらへ向かっています。少し時間が掛かるそうなので、中の商店街で時間を潰していてくれとのことです」


 そう言ってネックレスを三つ差し出した。

 ユーノスには馴染みのある宿屋で宿泊の際に渡す物と同じ加護のネックレス。


「こちらをお付け下さい。商店街はこの道を真っすぐ進むとございます」


 三人は言われた通り商店街へ向かう。

 ゴミ一つ落ちていない綺麗な道。手入れされた街路樹。

 しばらく歩くと武器屋を見つけ、アレスが我先にと入っていく。


「うっひょー。でけー! 俺ん家が何個入るんだここ!? お、こんな武器誰が買うんだ? しかも装飾違いの種類まで揃えてる!? 売れなそうなの置いて在庫膨らまねーのか!? はっ! 都会だからか!?」


 次は薬屋。薬屋の一人娘パティが我先にと入っていく。


「この傷薬の入れ物可愛すぎない!? あ、この調合皿なんて色違いがこんなに!? うちに置いてるのは茶色だけなのに。あ、こっちは――」


 三人は店を出た。内二人は悲哀に満ちた表情で肩を落としている。


「都会……こわい。過剰在庫……ならない」

「帰ったらうちにもピンクの調合皿置くようにお母さんに相談しようかしら」

「二人とも田舎っぺまるだしだったね!」


 二人はユーノスを睨む。


「ここの宿屋はぜってーやべーぞ! シャンデリアだぞきっと! ベッドも全部クソでけーぞ!」


 アレスはユーノスにもこの敗北感を味あわせるべく血眼になって宿屋を探す。

 しかし、宿屋らしき建物はかなりの数存在するが、全て準備中の看板が掛けてある。


「おっかしいなぁ。宿屋が開いてないぞ」

「ここは関係者以外入れないらしいし、そもそも宿屋の必要がないんじゃないかな? ――でもあまりにも数が多いよね? なんでだろう」


「ユーノス・ソームンズ君」


 そういいながらモリーが現れた。


「あ、モリーさん!」

「宿屋の必要がないというのはある意味正解だ。宿屋が沢山ある理由はまだ・・規則で言えないんでね。まあ君が入学したら嫌でも知ることになる」


 すると道行く生徒がモリーに声を掛けた。


「あ、モリー先生がこんな所にいる! なにやってるんですかー?」


 モリーはにっこりと笑顔を作った。


「見学の案内さ。それより今は授業中のはずだが?」

「げっ」


 生徒は走って逃げていく。

 モリーは大きくため息をついた。


「やっぱりモリーさんは先生だったんですね。宿屋の看板娘と言われている方なのにスカウトっておかしいと思ったんです」

「まあ看板娘ってのには変わりない。今でもたまに宿屋の仕事はしている。――と、立ち話をしていてもあれだ、早速見学といこう。ついてこい」


 30分程歩いて着いた場所は森の入口。


「敷地内に森まであんのかよ!? やっぱ都会こえー」

「ここは野外戦闘訓練場『グリーン』だ」


 想定外の単語で三人は言葉を詰まらせた。戦闘訓練。宿屋とは一切関係がないと思われる単語。

 戸惑いながらアレスがモリーの前に出る。


「えっと、宿屋専門学校ですよね?」

「そうだ」

「なんで戦闘訓練? シーツの畳み方とかじゃ」

「言えん。まあ、あえて言うなら。――王国資格である宿営業免許オベルジュコインの取得に必要な実技科目にフォーマンセル戦闘があるからだ。もちろん調理や接客の実技もあるぞ」


 ユーノスは額にじんわりと滲む冷や汗を感じた。物心ついた頃から目指していた宿屋という夢。

 料理や接客、文字の読み書き、食料の仕入れ方・・・・・・・。今のうちに出来ることを出来る限りやってきた。

 しかし、オベルジュコインの取得に戦闘実技があるのは知らない。宿屋で働く両親からも聞かされていなかった。

 この事を知っていれば職業学校でも剣術などを学べる冒険者科を選択していた。


「あの。僕は戦闘が苦手です。剣術は習っていませんし治癒術だって基礎しか出来ません……魔法だって座学しか」


 モリーはユーノスの肩を優しく叩いた。


「まあ入学してから頑張ればいいさ。それに戦闘実技はフォーマンセルの1科目のみだ」


 ユーノスは卒業式の日に行ったスリーマンセルを思い出した。

 剣も魔法も治癒術も使えない自分が優勝できたこと。

 モリーはユーノスの顔つきが変わったのを確認すると森の中へ歩みを進めた。


 しばらく進むと四人の生徒が車座になっていた。

 モリーに気付くと立ち上がり、一人の男子生徒がだるそうに言う。


「先生遅い」

「待たせたな。早速だが魔道ゴーレムでの戦闘訓練を行う。そうだな、四足型20体で守護対象はこの三人だ」


 そう言ってユーノス達を指さした。指された本人達は状況が理解できていない。


「なるほど、俺達が見せる番・・・・ってわけか」

「理解が早くて助かる。五分後に開始するからな」

「了解」


 モリーはユーノス達に向き直って説明をする。


「これから彼等に戦闘訓練を行ってもらい、君たちにはそれを観戦してもらおうと思う。彼等は私の担当している教え子でね、自慢じゃないが優秀だ。というわけで――『バインドマジック!』」


 魔法を詠唱された三人の体はいう事が効かなくなる。束縛魔法『バインドマジック』の効果だ。

 足に力が入らなくなった三人はその場に倒れ込んだ。


「おい! なんだよこれ! パティ! 解除魔法は!?」

「そんなのまだ習ってないわよ!」


 モリーは何も言わずにこの場から少し離れた場所へ移動した。代わりに一人の女子生徒が掛け寄ってくる。


「なんにも怖くないよ。安心してね」


 三人の不安を他所に彼女は鞄からノート型魔機と通信魔道具を取り出した。通信魔道具を耳に付け、ノート型魔機を起動させると周囲の情報や自分達の位置、守護対象の心拍などの情報が空間に投影された。

 ノート型魔機に規則通り並んでついている大量のボタン。これを両手の十指を巧みに動かしてカタカタと押して操作する。


 モリーの「始め!」という一声で生徒全員が動き始めた。


 まず声を上げたのがノート型魔機の彼女。


『通信確認――良好。対象のバイタル、バインド状態。敵対象は四足型20体、周囲を包囲するようにこちらへ接近中。敵多数のため緊急クリスタル防壁発動します!』


 するとユーノス達のネックレスが光り、青白いドーム状の防壁が発動した。


『防壁発動完了。アタッカーは12時方向でヘイト管理。ヒーラーはアタッカー後方へ移動し9字方向50メートル先にスロウのデバフフィールドをお願い。ストッカーは3時方向にストッパーのスクロール設置を』


 全員が指示通りに動いていく。

 アタッカーは所定の位置に着くと地響きのような大声を上げた。12時方向からのゴーレムは声に反応してアタッカーに目標を付ける。

 その間にヒーラーの展開したスロウフィールドによって9時側から迫ってきていたゴーレム達の動きが著しく低下した。

 ストッカーは素早い動きでスクロールを木に張り付けていき通信を飛ばす。


『ストッパースクロールの設置完了』

『了解。スクロール間魔素循環良好、ストッパー発動します』


 ノート型魔機についているボタンを「ッターン!」と叩くと。木に貼られたスクロール間に青白い半透明の壁が展開された。

 3時側から来ていたゴーレムは次々と壁に激突し、進行方向を12時側へと変えていく。 


『3時からの敵12時へ一気に流れます! ストッカーは9時方向へ向かい各個撃破していって下さい』


 アタッカーは再度大声を上げた。13体のゴーレムが餓えた獣のように襲い掛かっていく。


『12時側一体撃破――二体撃破――アタッカー左脚部に損傷――9時側一体撃破。残り17体――――アタッカー左腕欠損、治癒術をお願いします』

『了解』

『――一体抜け出しました』


 一体のゴーレムがユーノス達の方へ近づいてくる。


『うるぅあああああああ!!』

『アタッカー右腹部裂傷――抜け出したゴーレムと護衛対象の距離20メートル』


 アタッカーは2体のゴーレムに噛みつかれながらも追いついて羽交い絞めにする。そして首に手を回してへし折る。


『残り12体――9時側の殲滅を確認、ストッカーは12時側後方から挟んで下さい。残り10体になったら私も出ます』


 そう言ってノート型魔機から手を放し、筒状の魔道具を組み立てていく。


『射線確保のため陣形90度展開して下さい』


 完成した狙撃魔道具を構える。


『展開確認、狙撃開始します――――命中。残り6体』


 そして。


『敵対象の殲滅完了、対象の安全確保。死者ゼロ。――皆さんお疲れさまでした。これにて帰還です』

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