003 スカウト

「優勝は商業トリオだぁぁぁ! まさかの一名場外からの二名棄権という結末ぅ!! 相手剣士を吹き飛ばした赤髪の剣士のあの技は一体なんだぁぁぁ!! モリーさん解説お願いします!」


 モリーは顎に手を当てて眉間に皺を寄せる。


(あれは恐らく技なんかじゃないわね。発動前に一瞬見えた魔法陣。赤髪君が魔法陣を展開している様子もなかった。それに空気を圧縮させて爆発、古いカタパルト式のようだけれど……まさかストッカーのあの子)


「あのー、モリーさん?」

「あ、はい! いやー凄かったですね赤髪君の波動掌底・・・・。まさか場外まで吹き飛ばしてしまうとは」

「波動掌底ですか。体内の力を掌に集めて一気に放つという武術のひとつですね。いやー凄かった!」


 その後、壮大な表彰式を終えてシープ村職業学校第732回スリーマンセルは幕を閉じた。



    ◇



 三人は通いなれた学校からの帰路を並んで歩く。


「まさか本当に勝っちまうとはなー」

「ユノを怒らせたんだから当然よ」

「いや、僕はなにもしてないよ」

「そんなことないわよ! アレスなんて剣士のくせにボコられてばっかり。ユノが魔道具で頑張ったから優勝できたの!」

「違うんだ! 僕一人なら絶対に勝ててなかった。三人で頑張ったから。……二年前みたいにね」

「ま、そうだな」


 パシティアがふいに立ち止る。


「ユノ……あんたも冒険者目指しなさいよ! この三人なら絶対に――」


 三人は通いなれた帰路に立ち尽くす。通いなれた三人での最後の帰路。


「おいパティ、ユノは――」


 声を掛けようとしたアレスをユーノスが手を伸ばして止めた。


「僕は冒険者にならないよ」


 パシティアは下を向いて堪えていた涙をこぼす。


「アレスはさ、勇者が残した伝説の武器『レガリア・リヒト』を探す冒険者。パティはそれを売ってお金持ちになる。……二人が小さい時からの夢。僕は――」


 パシティアが遮るようにその続きを言葉にする。


「――その伝説の武器が眠るとされる迷宮がある島『ヴァロン』で最高の宿屋になる」

「うん。だからさ、その時は絶対に僕の宿屋を使ってよ。力が付く美味しいご飯作るし、快適な睡眠が取れる最高のベッドも用意しておくからさ」

「……宿屋バカ。ユノの宿屋バカー! うわーん!」


 パシティアは泣きながら帰路を逆走した。


「――ふんぎゅ!」


 が、すぐに人とぶつかって尻もちをついた。


「いたたたた」

「大丈夫かい? パシティア・テンネスさん」


 その人は手を差し伸べ、パシティアは「ごめんなさい」と言いながら立ち上がってその人の顔を見た。

 急所を守るだけの軽装備。刺突剣を腰に携えた女性。血を思わせるような赤く長い髪。女性でも心を奪われる整った顔立ち。


「――も、モリー、さん?」

「怪我はないかい?」

「はい。ぶつかってしまってすいません。――でも、どうしてこんな所に?」

「ちょうど君とそっちのアレス・クラット君に話があってね。後を付け――そちらの家に伺おうと思っていたところだ」

「話し? ですか」

「そうだ。単刀直入に言おう! 君たち二人を宿屋専門学校にスカウトする!」

「スカウ、ト? 私達がですか? ユノなら分かるけど」

「ユノ? ……あー、そこのユーノス・ソームンズのことか。彼は元々宿専希望と聞いている。スカウトせずとも門は叩くだろう?」


 アレスが駆け寄りパシティアを庇うように手を伸ばした。


「俺らは冒専に行って冒険者になるんだ! 宿専に行く気はありません!」


 モリーは困ったといった表情で頭を掻く。どうやってこの二人を宿専に招くかを模索しているのだ。


 彼女はシープ村職業学校卒業生、天性の美貌とカリスマ性を持ち合わせた剣士だった。刺突剣を得意としていて、見た目に反した野蛮で型外れな戦い方で恐れられた。

 でもそれは20年前の話。周りは彼女が冒険者になるのが当然と思っていた。しかし蓋を開ければ宿専に入り、卒業後は王都の宿屋で看板娘となった。

 今では看板娘としての知名度の方が大きくなり、剣士モリーの事は同時の者しか知らない。


「ふっ」

「なにがおかしいんですか!?」

「いや、昔の自分を思い出してね」

「昔? そう言えば、この村では『抜かずのモリー』で有名でしたね。親父から何度かあなたの事聞いたことがあります。『冒険者になっていればヴァロンを目指してたんじゃないかって』。今の俺なんかよりよっぽど強かったはずなのに。冒険者として有名になれたはずなのに――」

「なんで宿専に行ったのか。って?」


 アレスは拳を握る。悔しいからだ。

 努力しても向上が目に見えず、周りはどんどん力をつけていく。今日だってそうだった。ユーノスやパシティアがいなければただのサンドバッグ。たった一人も自分の力で倒せていないのだ。


「私もスカウトされたからさ」

「――え?」

「ヴァロンか。私も君くらいの時に夢見たさ。レガリア・リヒトを見つけて世界一の剣士になってやるってね」


 アレスはさらに強く拳を握る。


「だったらなんで断らなかったんだよ!! 俺よりよっぽど夢に近かったじゃないか! それに才能だって――」


 モリーは腰の剣に手を伸ばしノーモーションでパシティアの喉元めがけて突きを放った。

 しかし、その切っ先はパティの喉元寸前で止まった。いや、アレスの腕によって止められたのだ。

 常人なら見切ることすらできないような突き。それを瞬時に判断してアレスは自らの腕を出していた。

 鋭い刺突剣は簡単にアレスの腕を貫き、血がぽたぽたと切っ先から滴り落ちる。


「お前何すんだ!!」


 アレスが鬼のような形相でモリーを睨みつける。


「それが君の才能だよ。決して仲間を傷付けないというね。今日の試合だってそうだ。そっちの二人は一度も傷を負っていない」

「当たり前だろ! 俺は剣士だ! 後衛を守るのが普通だろ!」

「普通……ね」


 モリーは剣を引き抜き腰に戻して治癒魔術を掛けた。


「痛かったろう。すまないね」

「どういうつもりだよさっきから! 何がしたい!」

「さっきも言っただろう? スカウトさ」

「だったら断る!」

「まあ焦るな。専門学校への入試まではまだひと月程ある。一度見学でもしに来てくれ。できれば希望の冒専を先に見学した後でね。王都までの旅費はこちらで用意する。もちろんパシティアと二人分だ。その後スカウトに応じるか決めてくれればいい」



    ◇



 七日後。

 アレスとパシティアは希望の冒険者専門学校に足を運んでいた。お互い納得できない部分はあったがモリーの話しに乗って見学に来たのだ。

 理由はもうひとつある。


「あんなにキラキラした目でユノに頼まれたら断れねぇよな」

「そうね」


 見学の受付を終えて案内待ちの二人。


「ってかよ、宿専の見学に行って俺らの気持ちが変わると思ってんのかね。どうせシーツの畳み方とが見せられるんだろ? 後は受付のやり方とか?」

「洗濯もあり得るわね」


 話をしていると一人の男性教師が二人の元へ来た。革鎧を着ていて額には汗が輝いている。

 手元の用紙を確認しながら顔を見る。


「君達が見学の二人だね。えーっと、剣士科と治癒術科っと。他に見学したい科はあるかな?」


 二人は首を横に振る。


「じゃあ闘技場へ行こう。今ちょうどスリーマンセルで模擬戦をやっているところだ」

「はい」


 闘技場に着くと、激しく武器を打ち合う音や魔法の熱気などが伝わってきた。


「模擬戦は魔道具のゴーレム、通称魔道ゴーレムを使用して行う。ゴーレムを魔物に見立てて戦闘の練習をするわけだ。人型や四足型など様々なタイプで練習できるぞ」


 教師が人差し指を立てながら説明をしていると、ちょうど目の前で四足型ゴーレム5体と学生チームの模擬戦が始まった。

 剣士、治癒術師、ストッカーの編成。四足型ゴーレムは獣系の魔物をイメージしている。


 学生側は剣士を先頭に三角を作った陣形、ゴーレムは広がって半分囲むように陣取っている。

 剣士は左側の少し飛び出したゴーレムに狙いを付けて切りかかり左前脚を破壊。しかしゴーレムもそれに反応して3体で剣士に飛び掛かっていく。

 剣士は背後からの攻撃に対処できず2体に噛みつかれた。


「治癒術を頼む!」

「わかった!」


 剣士が囲まれたと分かるとストッカーが投擲用の手斧を投げつける。その間に右側のゴーレムが治癒術師の裏に回り込んでいく。


「このやろう!」


 剣士がやっとのことでゴーレムを振り払い剣を振るが、四足型は動きが素早くすぐに距離を取られてしまう。

 ストッカーの攻撃も命中精度が悪く当たらない。

 振り払っては攻撃を受け、払っては受け、剣士はじわじわと体力を削られていく。


「おい! 治癒が間に合っていないぞ!」

「で、でも、もう魔素が」


 その時治癒術師の背後に回っていたゴーレムが飛び掛かった。


「うわぁーー!!」


 投擲武器を当てることに集中していたストッカーはこれに全く気付かない。

 治癒術師が落ち、回復の無くなった剣士は力尽き、ついに残ったストッカーは囲まれてしまう。


「ぎ、ギブアップします!」


 投了を確認したゴーレムはピタリと攻撃をやめて所定の位置へ戻っていく。

 そして学生の三人はへらへら笑いながら集まった。


「やっぱり四足型5体は無理だったかなー。次は3体でやろうぜ」

「斧が当たらなくてごめんねー」


 アレスは目を見開いていた。冒険者専門学校の魔道ゴーレムを使った模擬戦や実際の武器を使用した訓練を目にしたからではない。

 落胆、驚愕、呆れで目をかっぴらいていた。


「なんだよ……これ」


 この漏れた言葉を良い方向に受け取った教師は自慢げに言う。


「うちの設備は凄いだろー。ゴーレムを使った実戦形式で戦闘はバッチリ! 卒業後はすぐにでもギルドへ加入できるバイパスもあるしな。驚くのも当たり前だ」


 しかし我慢ならなかったのはパシティアの方だった。

 闘技場の策を飛び越えて先程戦っていた治癒術師の生徒へズカズカと向かっていく。


「あんたなんであんなに早く治癒術を使ったのよ!!」

「え!? なんだ君は!?」

「いいから答えなさいよ!!」

「だって、前衛からそう言われたから」

「はあ? あんたの目は何を見ていたの!? 剣士の人はまだ立ってたし、腕も千切れてないじゃない!! あんなかすり傷程度で使ってたら魔素がいくらあっても足りないわ!! 枯渇症状が出るのは当たり前よ!」

「その時はその時さ。どうせ全滅したって宿屋で復活できるんだ。またやり直せばいい」

「な!? ――そうね」


 パシティアはむっすりとしてアレスの元へ戻る。

 そんなパシティアを見たアレスは何かほっとしたものを感じた。

 アレスにも思うところはあった。3対5で相手は獣系の魔物。前衛である剣士が左端から攻めれば右側ががら空きになってしまう。

 さらにストッカーが使っていたアイテム。合図も無しに投げまくっていた、一歩間違えれば前衛に当たっていた可能性もあったし、投げ斧は他と比べてモーションも大きく飛ぶスピードが遅い。獣系には向かない選択だ。


 その後もいくつかの模擬戦を見学した後、校内を案内されて見学は終了となった。

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