002 僕は戦闘向きじゃない
「第二回戦両者入場完了でぇぇぇす! えー、西側チーム『シープ三剣士』と東側チーム『商業トリオ』の戦いでぇぇぇす!」
「三剣士は名前から分かりますが、商業トリオはどういったチームなのでしょうか?」
「はい。こちらの資料によりますと、剣士、治癒術師、ストッカーの三名です。これは冒険者ではメジャーな組み合わせではありますが、対戦形式のスリーマンセルではあまり見ない組み合わせですね」
「そうですね、ストッカーはいわゆるアイテム持ちの雑用職。戦闘形式では非合理な組み合わせ。さらにルール上攻撃性アイテムは使えませんので後衛からの投擲攻撃もできない」
「となると、回復アイテムメインのストッカーでしょうか? 背負っている鞄もかなりの大きさです! 中にはいったい何が入っているのでしょう」
「治癒術師もいますから回復アイテムではなさそうですが……意図が読めませんね。さらに相手は剣士三人のチーム、マンツーマンで仕掛けてくるでしょうから、アタッカー一人ではあまりにも不利です」
「さあこの試合は一体どうなってしまうのかぁぁぁぁぁ! それでは! 第二試合ぃぃぃぃぃぃぃぃスタートぉぉ!」
ユーノスは開始の合図とともに通信魔道具を使って指示を出した。
『アレス! ヘイトを頼む!』
『おーけー』
『パティは僕にクイックの補助魔法を!』
『了解!』
アレスが相手のド真ん中へ向かって突っ込んでいく。そして、ピタリと止まる。
予想外の動きで三剣士はアレスに身構える。
「おーおー三剣士とかカッコいいチーム名じゃないの! 俺らはお馴染みの商業トリオだぜ」
「はっ! なんだ? おしゃべりをしにきたのか?」
「まあまあいいじゃないの。お前らだって初戦が俺らでラッキーとか思ってんだろ? ちょっとくらい付き合えよ。せっかくの卒業パーティーだ、少しでも長くここに立っていたいのさ」
「落ちぶれでもそういう気持ちはあるんだな」
実況が叫ぶ。
「おおおおおおおおおお。これは一体どうなっているんだ」
「なるほど。これは魔道具メインのストッカーですね。恐らく三剣士達にはストッカーの彼が見えていないでしょう。しかし攻撃性のある魔道具はルール上使用できませんがどう出るのか」
『アレス。左の奴に右側から切りかかって』
『了解』
アレスはあえて避けられるような速さで木剣を振り下ろした。
「おっとなんだ急に切りかかって――ってなんだこれ!? ――シーツ!? いつの間に!?」
「おしゃべりしてくれてありがとよ」
左の彼は気付かないうちに腰元へシーツが巻き付けられていた。シーツの先には魔道具ローラープレスアイロン。
ローラープレスアイロンは主に宿屋で使用するシーツ用しわ伸ばしアイロン。重量50キログラムの大型ローラーを二本搭載した業務用。
横幅150センチのシングルサイズモデル。頑固なしわも一発でキッパキパが売り文句の魔道具である。
シーツの両端を噛んでいるローラーは彼をズイズイと引きずり寄せる。
「おい! これどうなってんの!? ローラーに挟まったらどうなるの!? 安全装置とかあるの!? ねえ!? 助けてぇぇぇ!!!」
あまりにも異様な状態。残りの二人も唖然としている。
実況席も湧き上がる。
「おおおおおおっとお! これは魔道具だぁーー!」
「これは攻撃性のない家庭的な……いえ、業務用魔道具です。しかし、あの型のアイロンはかなり古いですね。300年程前のものではないでしょうか? 総重量もかなりありそうですが、どうやってここまで運んだのでしょう?」
「なんとぉぉ! ルール的にはオッケーな魔道具だ! シーツも攻撃性の無いアイテムとして使用可能!!」
「早くたすけてぇぇ!!」
彼は持っていた木剣をローラーに噛ませようと投げつけた。上手く隙間に命中、しかし回転が弱まることはない。ベキベキと音を立てながらペラペラになった木剣が後ろから垂れ出る。
「ぎゃーーー!! ギブ! ギブ! ギブアップ!!」
『パティ!』
『おっけい』
アレスはニヤリとする。
これを見た残り二人がアレスを睨む。
しかし彼等の背後から迫るパシティアは大きな木製メイス二本を両手で掲げていた。
「おい、こんな戦い方おかしガァ――」
「ぐぅお――」
不意打ちで背後から後頭部に叩きこまれたメイスは簡単に二人の意識を刈り取った。
「なんと! なんとぉおお! 赤髪の剣士は剣を抜かずに勝利ぃぃ! これはモリーの再来なのかぁぁぁぁ!」
「三剣士は何が起きたか全く分からないままでしょうね」
「そうですねぇ。解説席から見ていた感じでは何故彼らが気付かなかったのか不思議です」
「まず商業トリオは通信魔道具を使ってずっと連携を取っていたのでしょう。まず赤髪が三人の意識を集め、その隙にメイスの子がストッカーにクイック系の速度上昇補助魔法を掛ける。ストッカーは隠ぺい系の魔道具で姿を隠してローラーやシーツを仕掛ける。ローラーに巻き込まれている光景に目を奪われている隙にメイスの子が彼等の背後に回り込みって感じかしら」
「なるほど。彼等の視線を上手く利用した戦術ということですね。しかし、業務用魔道具を戦闘で使うとは驚きですねぇ!」
モリーは拡声器のスイッチを切った。
「……少し席を外してもいいですか?」
「はい。わたくしは紳士ですのでレディになぜとは訊きません。どうぞどうぞ」
「それを口に出さなければ紳士と認めます」
モリーは足早に人気のない所へ向かい、念話の通信魔道具を使う。
『学長。先の試合ご覧になられましたか?』
『ええ』
『あの戦闘方法は古の宿屋達の全滅回収戦闘にあまりにも似ていませんか? 誰かが機密事項を破って教えたとしか――』
『蛙の子は蛙』
『はい?』
『誰も機密事項を破っていないからこそ、あの彼はあのような戦い方をしたのじゃろうな。自らできることを考えて、今手元にある物を使っていかに戦うかをの。そう、初代の宿屋達のように』
『一応暗部に報告した方が――』
『大丈夫じゃ。ソームンズ家の子じゃからの』
『ソームンズ!? えっと、もしかして父親はエボレス・ソームンズですか? この村にいるんですか!?』
『何を言っておる? ここはお前の出身校じゃろ? 知らんかったのか?』
『こんな田舎の宿屋に興味無かったですし。私転校生でしたし。それにエボレス師匠の宿屋ここじゃなかったですよね?』
『ここはエボレスの親の宿屋じゃったからの、先代が亡くなられてから引き継いだのじゃ。――まあとにかくスカウトのほう頼むの』
『わかりました』
モリーは魔道具をしまった。
商業トリオはその後も勝ち進んだ。
宿屋で使う業務用魔道具を使ったイレギュラーな戦闘方法に対戦相手は対応出来ずに敗退。
ついに決勝戦へと進んだ。
東側控室。
ユーノスは真剣な眼差しだった。
「次の試合はクリス君達だね」
「ああ、でも今までの感じでやれば楽勝だな」
「そうね! あんなメガネ叩き割ってやるわ!」
ユーノスは小さく首を振った。
「それなんだけど、今まで通りには行かないと思う」
「なんでだよ」
「クリス君は僕と同じ宿屋の息子。僕が使う魔道具の性質を理解しているはずだ。今までは魔道具の性質を理解していない相手だったから意表を突けて勝てたけど……恐らく対策してくるはず」
「確かにお前の魔道具は全部宿屋用ばっかりだもんな。どんな魔道具か分かっていれば対策しやすいのも当たり前か」
「そうなんだ」
「じゃーどうすんだ?」
「…………アレス。先に謝っておくよ」
「ん、なにを??」
そして決勝戦。
「さあさあさあ決勝戦がはじまるぞぉ! 対戦カードは、優勝濃厚と言われているチームクーリスとダークホース商業トリオぉぉ! モリーさん改めて両チームの特徴をお願いします!」
「はい。チームクーリスは剣士、重戦士、治癒術師の最もバランスの良い組み合わせです。一方商業トリオは剣士、治癒術師、ストッカーと異質。しかし、見慣れない魔道具のおかげか勝ち進んできました」
「そう! 戦い方も異質! おおおおっと! 両チーム入場してきました。――おや、商業トリオの治癒術師が大きな鞄を背負っていますねー、今までとは何か違うぞ! でもストッカーの彼は今までと同じとても大きな鞄だー! そして、チームクーリス! 相変わらず重戦士の鎧が重厚だぁー! さらに大きなタワーシールド! この彼を倒すのは一筋縄ではいかない!」
「この重戦士をどう攻略するかが鍵となりそうです。しかし、掛かりっきりになると脇から剣士が出てくる。剣士を相手にすれば重戦士が治癒術師に回復される」
「まさに魔のループ! これは消耗戦になりそうです! それでは! 決勝戦スタートです!!」
ユーノスは二人に目配せをした。
これを確認するとパシティアはすかさずクイックの補助魔法をユーノスに掛ける。動きが早くなったユーノスはすかさず隠ぺい魔道具である迷彩シーツを被った。
剣士であるクリスは鼻で笑ってから風魔法を放った。その風は迷彩シーツを剥ぎ取り観客席までふわりと飛ばした。攻撃性の無いただの突風魔法だがユーノスには効果的だった。
「はは! ちょこまかされては困りますからね」
ユーノスは気にせずクリス達の外周に様々な魔道具を設置していく。
アイロンローラー、ベルシート、自動洗濯桶、タイマーグリル。
「見えていますよ? そんなに沢山ベルシートを地面に張り付けたところでなんだというのですか? そんな昔のおもちゃ、くだらない」
クリスはユーノスめがけて切りかかった。が、すかさず飛び込んできたアレスの木剣で弾かれる。
「俺の存在を忘れてないかい?」
「邪魔な奴だ」
「こいよ、インテリメガネ」
「うるぅああああ!」
アレスとクリスは激しく木剣で打ち合う。
この間にユーノスは急いでパシティアの元へ戻った。
「パティ、僕は少し準備がいる! 後は任せた!」
「わかったわ!」
ユーノスは鞄から板型の魔道具を出し、その場であぐらをかいた。
「こちら実況席ーー! モリーさん、彼は一体何をしているのでしょうか?」
「あれはノート型魔機ですね。これまた少し型が古いようですが」
「はて? 魔機と言えば魔素回路を使った現代魔学の結晶ですが、本来書類整理などの事務で使うものでー。とにかく戦闘では使いませんねー」
ここで重戦士が走り込み、アレスめがけて盾を振りかざす。盾はアレスの右脇腹に直撃し肋骨を三本へし折った。
「ぐかはぁぁっ――」
アレスが膝を付いたところでクリスの回し蹴りが折れた所に直撃。
「ぬぐぅぅっ――」
「ははははは。どうだ、その様子じゃ息もできまい。おとなしく降参しろ」
アレスは顔をくしゃくしゃにしながら傷みに耐える。
「ちっ。もう少し痛めつけるか」
クリスと重戦士は追撃を始めた。右脇腹を何度も必要以上に蹴り上げる。
『遅く、ねえ、か?』
『まだいけるでしょ?』
『息、でき、ねえ、ぞ』
『もう、魔素がもったいないから後30秒は耐えて』
『ど、え、す、か』
「何を言っている? 降参か?」
「へっ、痛くも、かゆ、くも、ねぇ」
「減らず口が!!」
(あー、意識遠のいてきたー。こいつら性格わりぃぜ。折れたとこばっかり蹴りやがって。あー、意識遠のいてきたー。パティの治癒術はまだか? 俺、やばそうよ? あー。意識――)
「――戻ってきたぁぁぁー!!」
アレスは目を見開いてクリスの足にしがみ付く。
「クソ! 放せ! 薬屋の治癒術で回復したか!」
振りほどけないクリスを見た重戦士はすかさず盾で叩きつける。何度も何度も。
(あー、今度は頭を盾でガンガンですか。あー、意識遠のいてきたー。向こうの治癒術師ちょっと可愛いんじゃね? あんな子いたっけな? あー意識――)
「――戻ってきたぁぁぁぁ!!」
「またか! しかし、もうそろそろ薬屋の魔素が無くなるはずだ」
「はいこちら実況席ー! むごい! むごすぎる! しつような脇腹攻め、治癒されたとなると次は頭ぁー! しかしこれも治癒されたようだ! 次はどこだぁ!?」
「このままでは商業トリオは負けてしまいそうですね」
「何故でしょう?」
「治癒術はかなりの魔素を消費します。熟練の治癒術師でも一日に五回が限度でしょう。彼女はすでに二回、職業学校生ならすでにきついはず」
パシティアは視界が揺らぐのを感じた。これは魔素が枯渇した際に起こる症状。このまま魔素を消費すれば意識を失う。
だが彼女は治癒術をやめない。左手をアレスに向けたまま右手を背負っている鞄に伸ばし、一本のチューブを引っ張り出す。
そしてそのチューブを口にくわえ一気に吸い上げる。ゴクゴクと喉を鳴らす音と共に彼女の中に魔素が戻ってくる。
「絶対にアレスをやらせない!!」
アレスの視界の端にマジックポーションをがぶ飲みしているパシティアが映った。青い顔をして大リバースするパシティア。でもマジックポーションを飲むのをやめないパシティア。
(あんなのよく飲めるな。俺なんて舐めるだけでもリバースしたってのに。お前女の子だろ? こんな大衆の前で吐くなよ。なんか俺が恥ずかしいじゃねーか。そんな頑張るなよ)
『魔法陣展開完了! やったれアレス!!』
『やっとか、遅えんだよユノ』
「うあぁぁぁぁぁ!!」
アレスは折れた左腕を気にせず気合で立ち上がった。クリスは肩で息をしている。
「よお、メガネ! 随分きつそうじゃねーか」
「はあ、はあ、お前のタフさだけは、認めてやる」
『発動まで3、2、1――』
「あばよ。メガネ」
カウントが終わると、いたるところに貼られているベルシートが一斉に鳴り出したかと思うとすぐに鳴りやみ燃え始めた。
同時にアレスの右の掌に魔法陣が形成されていく。
アレスは掌をポンとクリスの胸に当てた。
その瞬間風きり音が鳴り辺りの空気が魔法陣に圧縮、一瞬の無音の後すさまじい衝撃が走った。その反動はアレスの腕を伝っていき、肩までの骨を砕いた。
クリスは空気の爆発で観客席を軽々越えて飛んでいく。
『目標地点はここから3キロ先の森でーす』
ユーノスはノート型魔機をパタリと閉じた。
両腕をだらりと下げたアレスがのしのしと重戦士の元へ。
「お前も今の喰らってみる?」
「――降参しまっす!」
アレスは治癒術師を睨みつける。
「わ、わ、私も降参です!」
決着と共に大歓声が上がった。
そしてアレスはその場に倒れ込む。
『早くー、腕治癒してー。痛すぎー。もう痛いのやだー』
『うぐっ、おうぇええぇぇ。もう、ポーションのみだぐない』
『二人ともお疲れ様ー』
『ユノ! お前後で覚えとけよ!』
『ぼーじょんのばぜでやるがらな――おうぇええぇぇ』
『は、はは……』
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