chapter1 宿屋専門学校編

001 職業学校卒業式

「あれからもう三年かぁー」


 ボサボサの赤髪で学生服をだらしなく着ているアレスは鼻に指を突っ込みながら教室の角をぼんやりと眺める。


「あれからって?」


 隣の机に腰かけているパシティアは豊満な胸の下で腕組をしている。


「俺達がユノん家で復活した日から」

「ああ。嫌な思い出ね。――ってアレス! 今日は卒業式なのよ! なんで初全滅した日の事思い出さなきゃならないのよ!」

「いや、なんとなく」

「普通はもっと学校の思い出とかに涙して笑って、これからは違う道を歩むことになるけどお互い頑張ろうな! ってやつでしょ!」

「いや。お前冒専(冒険者専門学校の略)の治癒術科行くんだろ? 俺も冒専の剣術科で同じ学校だし。嫌でも顔合わせんだろ」

「まあ……そうなんだけどさ。でも雰囲気ってあるじゃない! ふ、ん、い、き!」


 ここはアリートン王国の外れにあるシープ村職業学校。職業学校は10歳から5年間通う義務教育の場である。

 語学、算術、歴史、魔法学を学び、そして、冒険者科と商業科の選択科目がある。

 冒険者科は戦闘術を主に冒険者としての基本を学習する。商業科は道具の製法や商いの基礎を学習し、卒業後は各々進みたい道を歩む。

 冒険者として剣術を極めるならば冒険者専門学校剣術科へ。治癒術を極めるなら同じく治癒術科へ。商いをしたければ商業専門学校など。

 卒業後に就職する者もいるが稀である。


「でもさ。パティん家薬屋じゃん? 薬学系に行かなくていいのか?」


 パシティアは口を尖らせ眉間に力が入る。


「私はあの日決めたの! もっと治癒術を学んでいればあんたをゾンビモードにしてブラッドウルフを倒せたんだから!」

「え!? ゾンビモードって、ひたすら治癒術を掛け続けてアタッカーをゾンビみたいに戦わせるドS極まりない戦術か!?」

「そうよ! あんたがいくら腕を引き千切られようが問答無用に回復させてやるわ! 魔物を駆逐するまで永遠にね!」

「お前こえーよ。昔はあんなに内気で可愛らしかったのに。今はお胸ボインの金髪ネクロマンサーかよぉ」

「うっさいわね! 赤頭のちんちくりんが! 全滅するよりはマシよ! (もう二度とお漏らしなんてしないんだから!)」

「全滅の方がマシだろー。あれマジで痛かったんだからな! 抵抗できなくてブチブチーってよぉ。速攻でやられて宿屋で復活の方がマシ」

「嫌よ! またユノに『おお! 全滅してしまうとは――』って言われたくないもの! 覚えてる? あのときのユノの顔! めっーーちゃ嬉しそうに言ってたじゃない! あー思い出しただけで腹が立つ!」

「まあ、あの顔には俺も同じく腹が立ったな。でもよ。卒業したら見れなくなるぜ?」


 パシティアはしゅんと肩を落として長い髪を指に巻き付けた。


「そうよね。あいつ宿専(宿屋専門学校の略)だもんね。しかも王都にしかないから離れ離れね」

「俺らは隣町の冒専希望だしな」


 二人がそう話していると教室に慌ててユーノスが入ってきた。


「遅刻遅刻!!」


 寝ぐせで爆発した茶髪を気にもせず自分の席に座る。髪に引っかかっている数枚の葉っぱがパラリと一枚落ちた。

 パシティアは葉を拾い上げユーノスの机に腰かけた。


「またどっか変なとこで寝てたんでしょー! 頭に葉っぱいっぱい付いてるし」

「いやー。やっぱ安心して眠れる場所って人によって違うと思うんだ! その研究」

「いや。その研究いる?」


 ユーノスはキリっと表情を変えて立ち上がる。


「いるよ! 例えばさ! パティは小さい頃から大事にしてるぬいぐるみが無くなった時寝れなかったでしょ? 僕とアレスが探すのにどれだけ苦労したか」


 パシティアは顔が真っ赤になる。教室の皆は知らないが、この出来事がつい先日の話だからだ。


「ちょ! 皆いるんだからやめてよ! 例え話の選択ミスで殴るわよ!」

「でも大事なことなんだ。右足だけ布団から出してないと寝られないとか、真っ暗じゃないとダメとか、逆も然り。だから木の上じゃないときちんとした睡眠が取れない人がいるかもしれない」

「はいはい分かった。あんたは宿屋馬鹿ってことね」

「違うよ! お客様の事を第一に考えてるんだ――」

「おっけーおっけーそれは耳にタコができるくらい聞かされてるわ」

「もーう、パティは分かってないよー」


 二人の仲裁にとアレスが立ち上がりユーノスの机に歩み寄ったその時、一人の生徒があからさまな故意でアレスにぶつかってきた。


「ってーな!」

「おおっとごめんよ。卒業式の日だというのにあまりにも商業トリオが煩いんでね」

「んだとぉー!」


 ぶつかってきた生徒はクラス一の秀才であるクリス。キッパリと分けた七三頭でメガネを掛けている。

 この態度にムスッとしたのはアレスではなくパシティアだった。


「ちょっとあんたどういうつもり!」

「卒業余興であるスリーマンセル武闘に君たちも出るんだろう? 今日は王都からも来賓がある。頼むからあんまり無様なものを見せないでくれよ。商業、ト、リ、オ」

「むぐう! てめぇをゾンビモードでレッドドラゴンの巣に突き落としてやる!!」


 殴り掛かろうとしたパシティアをユーノスとアレスで取り押さえる。


「放せ!」

「落ち着けパティ! こんなの放っておけ。別に今に始まった訳じゃないだろ」


 ユーノス、アレス、パシティア。この三人は成績が芳しくない、いわゆる落ちぶれである。

 遅刻癖と寝癖のユーノス。

 鼻ホジ剣士のアレス。

 牙の生えた乳パシティア。

 実家が宿屋、武具屋、薬屋で商業トリオ。


「ほら見ろ。すぐに手を挙げようとするこの野蛮さ」

「そっちが先にぶつかってきただろ!」

「はぁ。同じ学校の制服を着ているんですから同類と思われたらとんでもない。それに王都からの来賓は宿屋専門学校から聞いています。なぜこのような田舎の学校にとは思いましたが」


 ユーノスがピクリと反応する。


「宿専への進学希望はこの自分と、プクク、ボロ宿の息子であるユーノス君の二名。まあ、我がクーリスグループ次期当主の僕の品定めといったところでしょうか。宿専もお目が高い」

「…………」


 ユーノスは沈黙を続ける。


「せいぜい僕の面汚しだけはしないでおくれよ」

「ユノはね――」

「パティ! いいんだ。僕はなんて言われてもいい。それにクーリスグループの宿は最近できて綺麗で……新しいから」

「ユノ……」

「でも――父さんの宿をバカにするのは許せない」


 ユーノスは拳を握りしめる――が、すぐに解いた。


「クリス君。君もスリーマンセルに出るんだよね?」

「出ますがなにか?」

「今僕は父さんの代わりに殴りたい! でもそれは違う。だからスリーマンセルで決着をつけよう!」

「は? 君たちが? ブワーハハハハハハ。――あー腹が痛い。落ちぶれの商業トリオがこの僕に勝てるとでも? 良いでしょう。僕の宣伝にもなる。受けて立ちましょう。楽しみにしています。まあ勝ち残って僕と当たれればですけどね」


 クリスはかつかつと歩いて教室から出ていった。


「あーあ。ユノを怒らせた」

「だな」


 パシティアとアレスはため息を吐いた。


「でも、ちょっとワクワクしてきた! ユノが本気を出すなんて久しぶりね!」

「そうだな。ちょっと俺準備運動してくるわ!」



 卒業式が終わり生徒全員が学校の円形闘技場へ足を運ぶ。

 この闘技場は、主に冒険者科の生徒が武術の授業で使う場所。階段状に観客席もついており、生徒の親や村人など沢山の観客で座っている。


 これから行われる卒業余興は卒業生達によるスリーマンセルでの対決。トーナメント形式で行われる。

 この余興は全国の職業学校での恒例行事であり。事の始まりは1500年以上前の人魔戦争で優れた戦闘者を選別するために行われたと言われている。


 今でも専門学校へのスカウトや、ギルドへのスカウトなどと選別という機能はある。


 ルールは3対3の戦闘で、勝敗は相手の三人を戦闘不能にすることで決まる。

 武器は殺傷性の少ない木製武器で刺突攻撃は禁止。

 攻撃魔法の使用禁止。攻撃魔道具の禁止。共に攻撃性の無いものなら使用可。

 回復薬などのアイテムも攻撃性が無ければ使用可。

 空中への浮遊移動禁止。観客席への侵入禁止。


「さー始まりましたシープ村職業学校第732回スゥゥゥゥリィーマンセェルぅぅ! 今年は16チームの参加となっておりまぁぁぁすぅ! わたくし実況のゲールです! そしてーお隣」

「はい。シープ村職業学校第712回優勝のモリーです。今回解説でお招きされました。よろしくお願いします」


 モリーの登場で観客が大いに盛り上がる。


「モリーさんと言えば、腰に携えた剣を一度も抜かずに相手を倒して優勝したという伝説の女剣士! なんという贅沢な解説者でしょぉぉぉう! では早速一回戦いってみよーう!!」


 控室では魔道具による中継が流れていた。


「モモモモモリーさん! これが終わったらサイン貰いに行かなきゃ! てっか解説で来るなんて俺達聞かされてないよな! あー俺も後20年早く生まれてればなー。楽しい学校生活だったろうなー」


 アレスが大興奮だった。


「あんな女のどこがいいのよ! ってかただの若作りのババアじゃない! 今年35でしょ? それに、抜かずの剣士とか言われてるけど、ただ弱みを握って白旗振らせただけでしょ」

「えー。そうなの? でも逆に35でピチピチってやばくね?」

「それに、昔のスリーマンセルだって実際に戦ってないから強いか弱いかなんて分からないじゃない。卒業後も宿屋でアイドルみたいなことばっかりだし。ちょっと顔が良いからってさ。ふんっ」

「まあまあ、お前も黙ってれば可愛いよ」

「なによそれ!」

「いえ。なんでもありません」

「あんたもちょっとはユノを見習いなさいよ」


 ユーノスは黙々と大量の魔道具やアイテムを確認している。


「ユノ。今回はやけに気合入ってるな。こんなに持ってきておばさんに怒られなかったのか?」

「うん。大丈夫。それにこれは僕のなんだ。全部クエラさんのお下がりだけどね」

「クエラさんってお前んとこのメイドの?」

「違うよ! 従業員。確かに服はメイドっぽいけど、従業員! ちゃんとした宿屋店員だよ」

「クエラさんもいいよなー。大人っぽい中に感じるあどけなさ感。この前お前んち行ったとき慌てて出てきたんだけどよ、ほっぺにクリームついててさぁ」

「あー。クエラさんはよくうちのデザート盗み食いしてるから。――でもね、なんでか分からないけど物凄く魔道具に詳しいんだ!」

「なるほどな、だからユノも詳しいわけか」

「でも戦闘に役立つかは分からない。ほとんどが宿屋で使うものばっかりだし。例えばこれはね、石けんを自動で泡立てる魔道具。シーツ洗うときとかに便利なんだ」

「確かに戦闘向きではないな。うん。じゃーこの紙みたいなやつは?」

「これはね、ベルシートって言って、こっちの魔道具のボタンを押すとチャイムが鳴る。宿屋では夕食の合図としてお客さんに持っててもらったりするんだ。いちいち呼びに行かなくていいから便利なんだ!」

「なるほどね。うん、戦闘向きではないな」


 中継からの大歓声が聴こえてくる。


「おおーーーっと! 早い! 早すぎるぞ! 一回戦の勝者が決定です!」

「今の動きは素晴らしかったですね。出鼻をくじくような先制攻撃から3対2へ持ち込み一気に片を付ける。素晴らしい作戦です」

「モリーさんからもお墨付きを頂いたぁぁぁ!」

「続きまして第二回戦は――」


 アレスが立ち上がる。


「よし俺達の番だな! いこうぜ!」

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