006 ナール荘

 衝撃の機密内容を告げられて生徒達は言葉を失っていた。

 宿屋で復活できるという事の本当の意味。今まで当たり前に思っていたことの真相。


 学長が壇上から退場すると、脇からモリーが出てくる。


「これからお前らには配られている腕時計の扱い方を説明する」


 生徒達は自分の腕時計を一斉に確認した。

 丸型3針式で一般的な腕時計と遜色ない。側面にリューズが付いている。


「これは今年度から新しく導入された腕時計型魔機。我々は『マーグ』と名付けた。まず側面のリューズを三回押してみろ、自信の学生証が投影されるはずだ」


 ユーノスはリューズを3回押し込んだ。すると学生証が時計から目の前の空間に投影された。

 氏名、年齢、種族、学生情報、寮室番号など個人情報が映し出されている。


「これは自身の魔素に反応する。よって同じマーグを他の者が使用しても自身の情報がバレるということは無い。まだ試験運用段階であるため、宿専の外では機能しないから覚えておくように。今は実用に向け新たな機能の開発中だ。――時計としての機能はもちろんどこでもきちんと動作するから安心してくれ」


 ユーノスはどういう構造なのか興味が出てきていた。中はどうなっているのか。投影する魔素回路の仕組みはどうなのか。


「そして、これは複雑な機能を有しているため大変高価な装備となる。くれぐれも分解たりして壊さないように。二つ目からは自己負担で購入してもらう」


 ユーノスは分解を諦めた。


「次に授業の時間割についてだ。これもマーグに機能を搭載してある。リューズを二回押すと確認できる。最後に、これから生活する寮についてだ。もちろん知っていると思うが、宿専は入寮制となっている。すでに部屋はこちらで割り振ってある、学生証の寮室番号を確認するように。今日の行事はこれにて終了だ」



    ◇



 大講堂を出たユーノス、アレス、パシティアの三人。周りにも生徒が沢山いて皆マーグを使って自身の寮の場所を確認している。


「俺らも確認しようぜ」

「うんそうだね。二人と近い部屋だといいな」


 ユーノスはマーグを使う。

 寮室番号の欄には『第12地区4番ナール荘101号室』と書かれている。

 アレスの寮室番号は『第12地区4番ナール荘102号室』。パシティアは『第12地区4番ナール荘103号室』。


 三人は顔を合わせる。


「これって、お隣さん同士じゃね?」

「まさか専門学校でも商業トリオって呼ばれないわよね?」

「近いね! 良かったぁ」

「まあ知り合いが近くってのは確かに安心だな」

「早速向かいましょう! 宿専の寮なんだからきっとすっごい綺麗な部屋よね!」

「うん! 絶対そうだよ! 早く行こう!」



 そして三人はナール荘に辿り着いた。

 茫然と立ち尽くす三人。パシティアがぽろりと声を漏らす。


「これって……」


 目の前にはボロボロの木造平屋。ここ第12地区4番という場所は宿専を囲む外壁の真下であり、まだ昼だというのに日が当たらず暗い。

 さらに真横は見学でも来た野外戦闘訓練場『グリーン』があり、鳥の囀りと虫の音が響き渡る。

 部屋は向かって左から101号室と始まり104号室まである。


 三人とナール荘の間にさらりと風が流れた。『ギャー、ギャー』と鳥が鳴く。

 パシティアが涙を流しながら崩れ落ちる。


「わだじの優雅なせんもんがっごうライフがぁ――ごんなぼろっぼろの所なんてぎいでないよぉ――うわーん」


 アレスがあたふたとパシティアを励まそうと声を掛ける。


「まてまて、もしかしたら中がすっげー綺麗なのかも! な! とりあえず入ってみようぜ!」

「ほんと?」

「あ、ああ」


 アレスはパシティアに肩を貸して102号室の扉前まで歩く。


「確かマーグが鍵の代わりって言ってたな」


 ノブに手を伸ばすと『カチャリ』と鍵が開く。アレスはゆっくりと扉を開いて中へ進む。ユーノスも後に続いて入った。

 板張りの床は湿気で端の方が湿っている。その上に脚の短い机と座布団。木製のベッド。小さな台所と冷蔵庫。天井には申し訳程度の小さな照明。年季の入った五段のタンス。


 パシティアは鼻水を垂らした。


「アレスの嘘つき……」

「まてまてまてまて! ベッドがふかふかなのかも!」


 アレスはベッドに腰かけた。『ギィーイ』と軋む音。尻から伝わる湿気を帯びたしっとりと重そうな布団の感触。


「ははは……冷たくて気持ちいい……ぞ」

「うぐぐぐ――」


 パティは拳を握りしめる。その拳はぼんやりと光を帯びている。


「おい! まて! 早まるな!」


 アレスはその拳を知っている。パシティアが生みだした『ヒールパンチ』である。これは相手を傷つけることなく殴れる。


「アレスの嘘つきー!!」

「ぎゃーーーー!!」


 ユーノスはこのいつも通りの見慣れた光景をこれからも見られるんだと少し涙を流した。

 その時三人の声ではない違う声が部屋に鳴り響いた。


「ちょっとうるさいですよ! 静かにして下さい!」


 三人は驚いて振り返った。そこには腰に手を当てた黒髪おかっぱの少女が立っていた。パシティアと同じ女性用制服を着ているが、凹凸の無い細い体付きの為違った制服に見える。

 頬をぷっくりと膨らませたムスッとした表情で三人を睨む。


 パシティアは彼女を見るとパアっと表情を変えて牛のように突進して彼女へ抱き着いた。


「なにこの子! すっごい可愛い! お人形さんみたい!」


 パシティアの豊満な胸に顔を無理やりに押し付けられている彼女は必死に脱出を試みる。

 しかし、普段から金属製メイスを二本扱うパシティアの腕力には勝てない。


「なんなんですかこのお乳のオバケは――離して、下さ、い!」


 彼女は乳を鷲摑みにするように押し返すが離れない。


「んー可愛いわねー!」

「離せぇ!」

「そいつは可愛いものには目がないんだ。飽きるまでは離さないから諦めて力抜いとけ。反発すると逆効果だぞ」


 アレスは幼馴染としてアドバイスをした。ユーノスも「うんうん」と頷く。


 しばらくして解放された彼女はくしゃくしゃにされた髪を直しながら自己紹介を始めた。


「ボクはネロエ・アテーナーです。皆からはネロって呼ばれていますが好きに呼んでください。どうやらあなた達もここナール荘の住人となるようですし、これからよろしくお願いします」


 ネロエはそう言って深々と頭を下げた。

 釣られて三人も頭を下げて簡単に名前だけの自己紹介をした。


「ってことはネロは俺らの同級生か。しかしこんなボロボロの寮とはなぁ、俺らは不運というかなんというか、ついてねーな」

「私はネロが隣ならボロ屋だろうが何だろうがどうでもいいわ!」

「さっきまでのお前はどこに行った!? 俺はただ殴られただけか!?」


 ネロエはスイッと踵を返した。


「ボクは君達と慣れ合うつもりはありません。挨拶も済みましたしこれで失礼します」

「え、もう行っちゃうの?」


 一瞬パシティアを見るが、そのまま104号室へと戻っていった。



    ◇



 次の日。一年教室棟にあるT組の教室にはユーノス、アレス、パシティア、ネロエを含めた45人の生徒がいた。

 組はAからTまでの20組がある。ユーノス達はT組。

 教室は階段状に並んだ机と大きな黒板と教壇がある。


 マーグの時間割にはクラスホームルーム、適性検査と書かれている。


「俺らクラスまで一緒だな」

「うん、そうね」


 パシティアはネロエの座る席に目をやった。窓際に座って外を眺めている。

 初日ではあるが周りはすでに友人を作った者同士で固まって話をしていて、ネロエは一人ポツンと座っている。

 ユーノス達が登校する前は真ん中辺りに座っていたのだが、パシティアを見ると無言で窓際に行ったのだ。


「まあ諦めろ。初対面でいきなりあんなことされたら誰だって嫌がるだろ」


 パシティアがガックリと肩を落とすとモリーが入ってきて教壇に立った。


「お前ら席に戻れー! ホームルームを始める!」


 全員が席に着くのを確認して教壇に備え付けてある魔機を操作する。

 投影された情報を確認すると口を開く。


「よし、全員いるな。まずは自己紹介といこう。私はT組担任のモリー・エンデュという。以後よろしく。さて、今日は卒業までの簡単な流れと各教科の説明、その後適性検査を行ってもらう。まず卒業までの流れだが――」


 モリーは説明を始める。


 宿屋専門学校は四年制の学校である。

 始めの二年間は主に座学と宿専の敷地を利用した宿屋の模擬営業を行う。

 座学は、言語学、宿屋学、魔法学、魔道具学がある。


 言語学は人族が使う人語以外の言語の習得を目指したもので、魔人語、獣人語を学習する。人語を含めたこの三言語は世界で最も使用されている言語である。

 宿屋学は接客からベッドメイク、調理法方など宿を営業するために必要な事を学ぶ。

 魔法学は火、水、風、土の基礎四元素魔法と治癒術の両方を中級まで習得するためのもの。

 魔道具学は、魔道具の仕組みや宿でよく利用する物の使用法などを学ぶ。


 これらが生徒全員が学ぶ共通の四科目。


 模擬営業は敷地内に数多く存在している宿屋を生徒達がフォーマンセルで営業するというもの。

 実際の客を招くわけではなく、ゴーレムを利用した擬似的な営業学習である。

 きちんと受付を行い、食事と部屋の用意、食事の提供に必要な食料の仕入れも敷地内の市場を利用して実際に行う。

 そして、全滅回収もこの模擬営業に含まれる。


 三年からは王国各地にある宿屋にインターン生として実際に働きながら学んでいく事がメインとなる。


 そして、四年の最後はオベルジュコイン取得の試験を受け、手にしたものは卒業となる。


「――と流れと共通科目はこんな感じだ。次に専門メインクラスについてだ。入学式で聞いた全滅回収に関わってくるとても大切なクラスとなる――」


 メインクラス。

 これは全滅回収の際の役割ロールを指す。


 全滅回収は必ずフォーマンセル以上で行い、最低でもアタッカー、ヒーラー、ストッカー、マシンナーの各種一名づつで組むのが基本のフォーマンセルである。


 アタッカークラス。

 誰よりも先に前線に立ち全滅対象を守るクラス。


 ヒーラークラス。

 全滅対象の応急処置および回収班の回復を務める最も大切なクラス。


 ストッカークラス。

 基本的には全滅対象および対象者の所持していた物を宿屋まで運搬するクラス。戦闘では魔法や魔道具を使ったサポートを行ったり、全滅対象を安全な位置まで運ぶクラスでもある。

 また回収が困難となる山岳で谷への落下した者などの回収も専門的な魔道具を使いこなして行う。


 マシンナークラス。

 魔機を使って周囲の情報や全滅対象の状態、回収班の状態や敵の数など様々な情報を処理して回収をサポートするクラス。


「――と、メインクラスの内容はこんなところだ。ここにいる殆どの生徒は表向きの宿屋を目指して入学したはずだ、スカウトされた奴は自身がどのクラスに向いているか分かるとは思うが大多数は違う。適性検査はそれらを数値化して分かりやすくするものだ。当然腕力があればアタッカーの数値が大きくなるし、魔素総量が多ければヒーラーの数値が大きくなる」


 アレスは自信ありげに腕を組む。


(俺はアタッカーで決まりだな! パティはヒーラーだろうし。ユノはどうなんだろう?)


「では、まずはペーパーテストだ。書く物を用意しろー」

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