第3話

 翌日、私はエドワードと共に入学式へ参加した。


「我々、生徒一同は——」


 入学式の中身は日本の学校と大差はなく、代表者によるスピーチと校長による話があるオーソドックスなものだ。


 会場は扇形のコンサートホールっぽい形をしていて、前が見やすい。


 そして今目の前でスピーチしているのが一応私の婚約者であるデヴィッド・カスペール。金髪翠眼でイケメンではあるのだけれど、このオリヴィア様を見捨てて他の女に目移りした最低の男よ。


 ただひたすらに嫌悪感しか出てこないわ。


 まあ入学式は姿勢を正しくして話を聞いているふりをするだけだから目の前で誰が話していようとどうでもいいのだけれど。


「お疲れ様でした」


 入学式も終わり、会場から出てパーティへ向かおうとしている最中にそう告げられた。


「ありがとう。ただ、これからが本番なんでしょう?」


「はい。困ったことがあれば極力私も助力させていただきますので、頑張っていただけるとありがたいです」


「やれることはやるわ」


 と楽しくエドワードと談笑していると、


「オリヴィア、先に向かっていたのか。待ってくれたっていいだろう」


 そんな私たちに背後から話しかけてきたのは先程スピーチをしていた我が国の王子、デヴィッド・カスペールだ。


「あら、ごめんなさい。代表スピーチをなさっていたので忙しいのかと思いまして」


 オリヴィア様がこの男に優しく接していたわけではないことをよく知っているので、多少ぞんざいに返事をする。


 まあ私が嫌いなのもあるけれど。


「確かにそれは間違っていないが、パーティまでは十分に時間はあるはずだ」


 この扱いに慣れているデヴィッドは、一切動揺する様子を見せない。


「まあいいではないですか。私達は後に結婚をすることが決められている許嫁。今話さなかったとしても話す時間はいくらでもあります」


「そうだが……」


 私の回答に言い淀むデヴィッド。まだ私に好意を向けている段階でこれは冷たいかもしれない。けれど、この男に情けなど掛ける気は毛頭ないわ。


 結局会場に着くまで一言の会話も交わす事はなかった。


「オリヴィア、何か欲しい物でもあるか」


 パーティ会場に着いてからデヴィッドはそんなことを聞いてきた。


 そういえば誕生日はもうすぐだったわね。入学式から約3週間後の5月1日。


 日本人の感覚としては若干遠い気はするのだけれど、貴族はやけに盛大な誕生日会やプレゼントを用意したがるので誕生日を迎える側としても祝う側としても近いと感じる位の期間らしい。


 まあ学園にいる間はパーティを開くわけも無く、プレゼントのみだけど。


「そうね……あなたに任せます」


 お前のプレゼントなんて要らない!って言いたいところだけど流石に問題発言すぎるわね。


 そんな冗談はさておき、そもそも欲しいものが無いのよね。物欲が無いってよりはこの世界だと何が売っているのかを把握出来ていないから分からないというのが正しい。


 下手にクレープが欲しい!とか日本にあるものを宣言してゲテモノを用意されても困るもの。


『それでは時間になりましたので新入生交流パーティを開催したいと思います。これから3年苦楽を共にする方々との最初の会話を十分にお楽しみください』


 という校長による挨拶からパーティは始まった。


「デヴィッド様、それでは」


「ああ、またな」


 パーティが正式に始まったので私たちはそれぞれの交流を図るために分かれることにした。


 流石に許嫁と一緒に居て関係構築なんて困難だからね。それに許嫁と一緒に居ないってのはパーティのルールだから。


「では頑張ってください」


 私はエドワードにそう耳打ちされ、最初のターゲットに接触を図る。


「ごきげんよう、オリヴィア様」


 それに気付いたのか、そもそも最初に接触を図ろうとしていたのか分からないが、先に挨拶をされた。


「ごきげんよう、マルゲリータさん」


 最初の標的はマルゲリータ・ムリーノ。


「相変わらずお綺麗ですね」


「ありがとう。マルゲリータさんも非常にお綺麗ですよ」


 お互いに半分本心から、半分は自分の方が綺麗だけど一応という精神からそんな言葉が口から出ていた。


「それで、私に何か御用でも?」


 と警戒心を見せるマルゲリータ。どうやら伯爵なのに金持ちだから利用する気ではないかと思って警戒しているのだろう。


 その通りだけど。


「単にお話してみたかったのよ。美しいお方だから」


 オリヴィア様の指示ということを一旦置いておいて、オリヴィア様に次ぐ美人と仲良く出来る役得を感じる絵川美咲の本能を前面に出すことにした。


 まさかゲームに登場しない方でここまで美人が居るとは思わなかったもの。


「あら、嬉しいですわ」


 私が男だったらこの時点で一線置かれそうな言い訳だけれど私は女だ。そして何よりも公爵家令嬢。


 下心のない純粋な気持ちとして受け入れてくれたようだった。


「早速聞きたいことがあるのですけど、髪はどうやってお手入れしていらっしゃるの?」


 それからしばらく、お互いの化粧品事情等を話していた。


「ありがとう、マルゲリータさん。良い知識を得られたわ」


「こちらこそ。またお話したいです」


「勿論。これから3年は一緒の学園なのだから精一杯話しましょう」


 いやあ、オリヴィア様の体を自分が使っているから好きなオリヴィア様を創造できるから化粧とか服とかのモチベがめちゃくちゃ高いのよね。マルゲリータさんの知識量が凄まじくていい勉強になった。素晴らしい、エクセレント!


 取り巻きにするという目的が達成されたかは分からないけど、マルゲリータと仲良くなるという第一ミッションは達成できたかな。


 そもそも彼女に関しては取り巻きにするというよりは味方につけるといったニュアンスだったから大丈夫よね?


 恐る恐るエドワードの表情を伺う。笑顔で頷いているからどうやら成功みたい。良かった!


 次はフランチェスカだったわよね……


 どこに居るのかしらと思い周囲を見渡していると、数人の貴族が一斉に寄ってきた。


「オリヴィア様、ペトラと申します!」


「クリスティンです!」


「——です!」


「——ですわ」


「——です」


「フランチェスカと申します」


「ジュリアです」


 横文字が多い!そんなに一気に自己紹介をされても純日本人の私が覚えられるわけが無いでしょうが!


 けど、フランチェスカとジュリアって名前が聞こえたのは間違いないわ。


 全員の顔を確認して、居たわ!


 2人も同時に来てくれたのは僥倖ね。


 この人たちと仲良くなることが出来れば無事にミッション達成ね!


 そんな事を考えていると突然入り口の扉が開いた。来たわね。


「遅れました。マリー・クラインシュミットです。本日はよろしくお願いします!」

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