「蛇」

 北部の地は雪に覆われる事が多く、真っ白な景色というものは見慣れた日常だった。


 幼い頃からそれが当たり前。

 だから本の登場人物が海というものに慣れ親しみ、雪を知らないというのが不思議だった。


「お父様、蛇ってなぁに?」


 だからこれも当然の疑問。

 本に描かれた主人公が蛇の皮をお守りにしているという。

 でもその蛇がわからなかった。


「コモチトカゲは知っているね?」

「はい」

「あれと似ているが、そのうえで手足がない生物だよ」


 手足のない生物?

 そんな生物が居るのだろうか。

 魚のように泳ぐのだろうか。

 地面の上を?


 手足がないというだけで、私の思考は止まっていた。

 なんて不思議な生物なのだろう。


 コモチトカゲは知っている。

 毛のない艶々な肌をした尻尾のある変な生物だ。

 あれも十分変なのに、蛇はもっと変。


「蛇もトカゲも、本来は卵を産む」

「え!?」


 父のその発言に、またも私は固まった。

 卵というと、鳥が産むあれの事?

 黄色くて濃い味のキッシュとかが好き。


「どんな味がするんだろう……」

「おいおい。蛇の卵なんて食べないでくれよ?」


 父が笑う。

 卵だなんて言われたら、興味があるじゃない。


「コモチトカゲは体内で卵を孵化させるから、コモチという名なのだ」

「どうして違うの?」

「寒い地域では卵が温まらないからと言われているね」

「温めれば良いのに。鶏はそうしてるわ!」


「蛇やトカゲはしたくても出来ないのさ。身体が冷たいからね」

「かわいそう」

「だからこの辺りに蛇は居ないんだ」

「……私、温めてあげるのに。うちに来たらそんな事させないのに」


 なんて事だ。

 この寒い寒い場所で、自分の子を温める事が出来ないなんて。

 それも自分が冷たいから、したくても出来ないなんて。


「ほらおいで。我々は温かいから、こうしてお互い温め合う事が出来る」

「うん」

「それは幸せな事だけど、だからといって蛇やトカゲが不幸というわけではないよ」

「そうなの?」


 ぎゅっとされるだけでこんなにも温かく、幸せな気持ちになれるのに。

 それが出来なくて本当に幸せなのだろうか。


「彼らは温かい場所を見つけ、子供と仲良く暮らせる場所を選んだんだ」

「うん」

「そこが彼らの幸せな場所なんだよ」

「じゃぁ、冷たい場所は幸せじゃないの?」


「彼らにとってはそうだ。だからこの辺りには来ない。でも、迷い込んできたら助けてあげようね」

「うん」


 父が優しく私を撫でた。


 温かい。

 暖炉の火がゆらめいて、ぱちぱちと音を立てている。


「僕にとっての幸せはここだ」

「私も、お父様のお膝好き」

「膝だけかい?」

「んー、内緒!」


 その日は不思議な夢を見た。

 真っ白な木々の中、迷い込んできた蛇の夢。


 魚みたいにふよふよと泳いできて。

 寒そうだったから抱きしめて、一緒に暖炉の火にあたる。


 そんな幸せな夢だった。

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