「頭は良かったから」

 桜の季節になると思い出す。

 あの時の先生の顔を。


 妹の卒業式。


 病床の母から頼まれて、私が迎えに行った。

 式が終わっても、妹は友達のところを回ってお喋りしたり。

 アルバムの最後にコメントを書き込んだりと盛り上がっていた。


 それが私には少し眩しくて、微笑ましい気持ちになりながらも。

 熱気にあてられないよう、裏手に回ったのだ。


 そこで目撃してしまう。

 告白というものを。


 最初は動揺して固まってしまった。

 だって生徒同士ではないのだ。


 困ったように断っていたのは先生で。

 女生徒は泣きながら、それでも精一杯「そうですよね」と応えていて。

 ああ、なんて現場に居合わせてしまったんだ。


 女生徒は私に気付いて気まずそうに駆けていく。


「すみません。邪魔、しちゃいました?」

「いえ、むしろ助かりましたよ。あの子には悪いけれど」


 そう苦笑する先生には見覚えがあった。


「あれ、狩谷先生?」

「え? そうですが」

「覚えていないかもしれませんが、先生が実習生の時生徒だった宮野です」

「あー、あの」

「本当に覚えてます?」


 私はちょっとキツめに言った。

 先生からすれば生徒なんてものは何百人も相手にするものだろう。

 何年も前、それも教育実習生の時だなんて。


「覚えてるとも。あの皆を引っ張って」

「それは田辺」

「えっと、じゃぁ放課後よく手伝ってくれた」

「それは知りません。まぁ手のかからない生徒だったと思いますから」


 まぁ、そうだろう。

 そんなものだ。

 普通は覚えていない。


 ただ私がたまたま覚えていただけで。

 中学生当時は、とても大人に見えて近くて、格好よく見えていただけで。


「手のかからない。あー、学年トップの?」

「それですね。自分で言うのも、何ですが」

「ごめんごめん。いや、手のかかる方がよく覚えているもんで」


 謝る顔を見て本当に一致した。

 あの時の狩谷先生だ。変わっていない。


「お久しぶりです。モテモテですね」

「やめてくれ。子供を騙しているみたいで、毎回心苦しいんだ本当を言うと」

「何度もあったんですか」


 確かに悪くない顔立ちだとは思うけれど、そこまでモテていたとは知らなかった。


「生徒の本気には向き合いたいけど、どう言ったって傷付けるのは間違いないし」

「お優しいんですね。手を出していないようで安心しました」


 大学同期だった講師が生徒に手を出したとか聞いていたので、何だかほっとする。


「ないない。子供だよ。身近に接すれば接するほどね」

「大変ですね」


「いや向こうは本気だろうから、それも同意しにくいな。というか、宮野。いや宮野さんはどうして?」

「妹の卒業式だったもので」

「ああ、なるほど。一致した」


 先生は腕を組んで頷いている。

 よく見れば白髪も増えているし、色々あったのだろう。

 こちらも色々あったけれど。


「お付き合いしている相手が居るって言えば良いんですよ」

「嘘をつくのは誠意がない」

「本当にすれば良いんです」

「おいおい」


「私じゃダメですか?」


 その時の先生の顔を、よく覚えている。

 裏庭には早咲きの桜が一本だけあって、止まった時間の中揺れていた。


 昔は中学生だった。


 優秀で。優秀過ぎて。

 色々と気が回り、気持ちを打ち明ける事はなかった。


 だって子供と付き合う先生なんて無理だもの。

 でも今ならと思ったのだ。


 結果的には振られたけれど。


 生徒を振った直後になんて酷いだろうと。

 律儀な人だから。


 だから私もきっちりと連絡先を交換し、あらためて再戦を申し込んだ。


 あの時は気持ちを封じ込めたこの頭脳も。

 今度は想いの成就に使うのだ。

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