「無法地帯」
「同じくらいの子が居てくれて良かった。あなたって強いの?」
案内対象が話しかけて来た。
まだ10にも満たない女の子は、所在なさげに足をぶらぶらさせている。
俺が強いかってそんなわけがない。
ただの小間使い、荷物持ちだ。
「俺はともかく、シェットは強いよ」
「自慢のお父さん?」
「違う。色々仕込まれてるだけさ」
「じゃぁ先生だ」
「どうかな」
俺なんて、状況によっては弾避けにされる程度の存在だろう。
強いけれど、そういう奴だというのはわかる。
だから先生かと問われると疑問だった。
「そういえば、あなた名前は?」
「ナインって呼ばれてる」
「変な名前。私はルーディニア、よろしくね」
差し出された手を握手だと気付いたのは後の話。
対象との接触はそれきりだった。
「送り届けるんじゃなかったのかよ……!」
俺が叫んでも、シェットは舌打ちするだけで取り合わない。
そういう奴だ。
そういう奴だけれど。
便利屋として仕事をやり通す男だと思っていた。
「脳みそ使えよナイン」
「なんでわざわざ賊の通る道を」
言い切る前に殴られる。
口の中が切れて血が飛んだ。
「俺たちの仕事は案内だ。護衛じゃねぇ。護衛はあいつの親が雇ったのが居たろうが」
「そうだけど」
「護衛たちも笑ってたろ。襲われたら逃げても良いぞネズミどもってな」
案内人の仕事というのはわかる。
護衛たちは俺たちを馬鹿にしていたし、義理もない。
「お嬢様だぜ? 大金が動く。俺たちは賊が出るなんて知らなかった。これで良い」
言いたい事はわかった。
獲物を連れて行って、道案内の前金と誘拐斡旋の金を貰う。
そういう奴だ。
「契約通りの仕事はした。色気づくなよナイン。お前を育ててるのも慈善活動じゃねぇんだ」
倒れていた俺に靴底が押し付けられる。
踏みつけられる負荷は段々と増えていった。
「お前は市場で取引される奴隷と同じだ。他の奴らと違い、お前はマシだから生き残った。感謝してるよな?」
「……ありがとう、ございます」
「それでいい。そろそろ名前をやろう。もう他の番号も居ない」
「はい」
従順な姿勢を見せれば足は退かされる。
冷静にならなければ。
怒りを買えば自分の身も危うい。
あの子の事はもう手遅れだ。
「お前はシオンだ。古代語で犬って意味だが、お前にはぴったりだろう?」
「犬?」
「主人に忠実な獣の事だよ、シオン」
それからどのくらい経ったか。
すっかり忘れた頃に。
「あなた、もしかしてナイン?」
娯楽街の端で声をかけられた。
「ルーディニア、か?」
面影がある。
お互い成長していたが、それでもわかった。
「生きてたんだ」
「ああ」
「まだあの先生と一緒なの?」
「いや」
薄着をした女の足元に目がいってしまう。
女の子が居た。
まだ小さく、歩くのもおぼつかない子供だ。
「ルーディニア、あっちに行ってなさい」
「ルーディニア?」
「そう。源氏名っていうの? ここでは別の名前になったから、せめてね」
「名前なんて付けたのか」
女は何もかも諦めたかのように笑う。
「あげられるものなんて、そのくらいだし」
「……そんな長い名前やめとけ。貴族と思われたら危ないぞ」
「そうなの? 私、結局外なんて知らないから。わからないわ」
物見遊山に護衛と案内を雇ってやってきて。
結局救援もなかった子供の末路。
何も出来なかった自分の無力さを形にされたようだ。
それでも、今更助けをなんて思うほどの甘さはもう抑えられる。
「もっと短くしろ。こっちの子供なんて最初は”あれ””それ”を名前と思うレベルだぞ」
「じゃぁルディ?」
「ちゃんとした名前は危ないんだよ」
この子がどうなるかなんて、わかりきっていた。
いくら名前を変えようと、ここは娼館。
子供の行きつく先なんて、そう選択肢はない。
「ルーとか?」
「それっぽいな」
「ルーディニア、あなたは今日からルーよ」
「るー?」
子供は指を咥えて首を傾げている。
「そうよ、ルー。あなたは私と違って。強くなって生き延びてね」
ルーディニアが我が子を抱き上げて、そう言った。
さっきまで全てを諦めたような顔をしていたくせに、眩しそうに目を細めて。
子供の行く先か。
あるいは、自分がそうだったように。
誰かが拾って、生きる術を仕込むというのもありなのだろうか。
それなら少しは生き残る可能性も上がるかもしれない。
かつて番号で呼ばれていた男は。
自分でも知らぬうちに手を伸ばしていた。
今度こそ、その手を掴もうと。
そう思ったのかもしれない。
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