「曲をかけるぜ」

 低音を響かせてスピーカーが振動している。

 ずんずんずん、とリズムに合わせて空気が震え。

 床を通じて身体の芯にまで届く。


 低音の魅力にとりつかれたのは何時だったか。


 確か立体音響を売りにしている映画館だった。

 4DXだとかが幅をきかせる中で、音だけなんてと思ったものだ。


 けれど、到底個人では手の届かない低音スピーカーが。

 衝撃と迫力を持って鼓膜ではなく身体全体を揺るがした。


 映画館の規模で、立体音響用に調整された映画が。

 何百万もする機器で空気を震わせる。


 圧倒されてしまった。


 4DXとは次元が違う。

 なんちゃってアトラクションではなく。

 生演奏で訴えかけてくるような体験になっていた。


 これは金を出す価値がある。

 それ以来、映画は必ず立体音響の映画館に行くようになった。


 映画によってはあまり合わないものもあるけれど。

 音響を響かせるような映画なら、その真価が何倍にもなるのだ。


「低音は良いぞ」


 そう何度もクラスメイトを誘っていた俺は、ついに買ってしまった。

 自前のサブウーファーというものを。


 流石に映画館の立体音響には届かないが、それでも。

 嬉しさ余って教室で自慢していたら、今日もまた別のクラスメイトが部屋に来た。


「これがそうなの?」

「おうよ!」


 今まで話したこともなかったが、こいつも低音好きなのか。

 興味深そうに買ったばかりのサブウーファーを見ている。


「穴あいてる」

「ポートがあるバスレフ型っていうらしい。空気の力で低音を増強するんだとさ」

「へー」


 アルバイトで買えるものなんて小型がせいぜいだ。

 一抱えほどの箱型スピーカーは、正面に穴があって下から音を出す。

 ずんずんずん、とそれで床から反射させるわけだ。


「へへ、絶対びっくりするぜ」

「ふーん」

「でも映画館のはもっと凄いんだよ」

「そうなんだ」


 良し。セッティング完了。

 聴いて驚け。スイッチオン。


 ずんずんずんと大音量で音楽が鳴り始める。


「ねぇ」

「なに? 聞こえねぇよー!」

「映画館、連れてってよね」


「なんだってー?」

「約束して?」

「聞こえねぇって!」


 よく聞こえないが、まぁ間違いなく気に入ってもらえるはずだ。

 これだけの音圧、初体験ならぶっ飛ぶ事間違いなし。


 俺は確信を持って音楽を響かせ続け。

 母親の殴り込みに合うのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る