「千羽の想い」
一つ折っては父の為
二つ折っては母の為
三つ折っては生まれ故郷の兄弟の為
折り返しては また畳み
折り目をひいては また畳む
指が擦り切れ、血が滲めども
想いを込めて折り続ける
積み上げた数は数百
目指す先はもう数百
達すれば願いは届く
達した所で何かが変わるという確証はない。
それでも黙々と折るくらいしかやれる事もなかった。
「またそんなものを折っているのか」
見に来た男がそう呟く。
「これは届けてくれるのでしょう?」
指先で紙の鳥をつついた。
会う事も、手紙も許されて居ない。
「器用なものだ」
「手慰みです」
「手慰み、に血を流す事もあるまい」
紙を触り続けた手は乾燥し、ちょっとの事で傷が付く。
血がついてしまった折り紙もいくつか混じってしまった。
男はこちらの作業に興味がないのか、つまらなさそうにしている。
「またサボりですか」
「お前を見に来たのだ」
「監視という名目で休みたいのでしょう」
勝手に席についた男は背もたれに身を預けて脱力していた。
こちらは真面目に作業をしているというのに良い御身分である。
机の上にはいくつもの鳥が並んでいた。
あと何百折れば良いのだろうか。
「お前も飽きないね」
「囚われの身で他に何をしろと言うのです」
「紙だって安くはないんだよお姫様」
「なら手配をやめなさい」
「やめはしないさ」
そう言って、男は鳥をひとつ手に取り玩ぶ。
「繊細なものです。おやめください」
「これは悪い。そうだな、中の字が潰れたら大変だ」
動揺で手が止まった。
血の気が引いて息が詰まる。
「よせよせ。華奢な身で血文字まで仕込むその想い。止めるほど野暮じゃない」
「……いつから、ですか」
「ちょっとしてからかな。いやに熱心に、その様にまでして折り紙など」
手が震えていた。
ここまでして来たのに、駄目だったのだろうか。
「鬼気迫るとはこの事よな」
「これまで、内心で笑っていたのですか」
「そこまで悪趣味ではない。届くと良いなその想い」
「見逃して、くれると?」
「構わん構わん」
男は鳥を放ってぞんざいに言った。
本当に、大丈夫なのだろうか。
不安がよぎるも、そうは言った所で自分に打てる手はなかった。
「届くでしょうか、この想い」
「さてな。そもそも受け取り手は気づくのか?」
鳥に仕込める文字数などたかが知れていて、全てを順番通りに開かなければ文にはならない。
あと少し、もう少し。
血を絞って、指をボロボロにして何日かかったか。
ここで終わらせるわけにはいかなかった。
男に勘付かれずに全てを送り出せるだろうか。
恋文のようにしたためた、この情報たちを。
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