「工場のひみつ」
ライン工として働いて何年経っただろうか。
パートとして入って覚束なかった手つきも、今では職人芸とまで言われている。
新人が入ったら必ず教育係として駆り出されるくらいには古株になった。
その新人が必ず聞いてくる事がある。
「あの奥はどうなってるんですか?」
ベルトコンベアの先、壁にはひとつの扉があった。
立ち入り禁止とプレートのかかった扉の先に何があるのか。
気になる気持ちもよくわかる。
あの扉の先がどうなっているのか、実は私も知らなかった。
業務上あそこに入る用事もなく、パート仲間の誰も知らない。
だから、まぁ与太話として。
ちょっとした休憩時間に話題にあがっては、謎の設定が増えていく。
曰く、魂の抜かれる部屋。
曰く、感情を消される部屋。
曰く、亡霊の住む部屋。
曰く、社長の秘密の休憩室。
一体どれが本当の事なのか。
私が来る前からまことしやかに囁かれて来た噂話。
その中に本当の事があるかさえわからない。
調べようにも鍵がかかっていて、入る事が出来ないのだ。
好奇心は猫をも殺す。
元はイギリスの「Curiosity killed the cat.」という
猫は容易には死なないが、そんな猫ですら好奇心で命を落とす。
どうしてそんな諺を引き合いに出したのかって?
本気で調べようとした者のうち何人かがふっと来なくなる。
来たとしても生気を抜かれたように静かになって仕事をやめていく。
そんな事が何度かあった。
だから自分では決して近づかないし、新人にはこう返すのだ。
「……知らない方が良いわ」
そう返すように主任に言われているから。
どうしてか、考えた事はない。
だって、好奇心は猫をも殺すのだから。
彼らの好奇心が猫を殺さないと良いなと思いながら、今日も作業を続けるのだ。
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