「ひとつ」
選べる選択肢なんて、そう多くはない。
なんでって選択を迫られる時は唐突で、事前準備も検証の余地もないからだ。
余裕ある時に今後の方針を決める事もあるだろう。
どちらにせよ選択と決断に万全の準備なんてものはないのかもしれない。
時間があろうと、その分いつまでも葛藤するものだから。
「考える時間をくれ」
なんて事がわかっていても先延ばしにしたい問題は出て来る。
難問を前にして人は平静を保てないのだ。
混乱したまま結論を出す事を恐れ、時間稼ぎの逃避に走る。
だってそうだろう?
決められるわけがない。
『お前は死ぬが、どちらかは助けられる。どちらを選ぶ?』
止まった時の中で、そう問いかけられた。
交差点を渡る途中、左右には恋人と妹が。
目の前には一台の大型ワゴン。
運転手の姿は反射のせいか全く見えなかった。
居眠りか何かのアクシデントか。
斜めに突っ込んできて、その鼻先は狙ったかのように自分へ向いている。
『お前はどう動いても助からないが、どちらかなら突き飛ばす事が出来る』
響く声が続けていた。
そんな事を言われても困る。
まず自分は絶対に助からないと明言された状況を受け入れたくなかった。
何とかならないのか。
どういう理屈か、止まった世界で目だけは動かす事が出来た。
今のうちに横に避けられれば。あるいは車側のタイヤに何か。
『それは無理だ。私に出来るのはお前が本来動けた分のみ。判断に迷って皆死ぬよりは、誰かを一人でも助かる方が良かろうと思っての事』
そうは言っても、こんなの決めようがない。
自分が助かるならまだ下心も働こうというものだが、それもない。
憎たらしく喧嘩だって何度もして来た家族。
それでも、何かあれば助け。何かあれば頼られ。
自分が守って来た妹だ。
恋人とは付き合って数年。
はじめてここまで心を通わせ、自然体で居られる相手であり。
つい最近将来を誓い合ったばかりの、最愛の人だ。
決められるわけがない。
そんな責任、背負えない。
こんな事なら何も知らず轢かれ、天命に任せた方がよっぽど良かった。
こんなの、助けでも何でもない。
悪魔の要求だ。
『お、気付いたか? 私は自分を天の助けと言った覚えはない』
意地の悪い笑い声が響く。
目線しか動かせない我が身が疎ましかった。
『いいぞ。その絶望と葛藤こそ、求めていたものだ。楽しいね楽しいね』
冷や汗もかけないはずなのに、芯が冷え吐き気がする。
心なしか震えが止まらない。
動けていないはずなのに。
『さぁ思考加速だけなら何時までも出来る。選べ選べ。どちらが良い? 皆で死ぬか?』
ああ、なんて奴に目を付けられてしまったのだろう。
心の中で嘆いても、叫んでも。
ただただ声の主が喜ぶだけだった。
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