「枯れた地にて」

 枯れ果てた小川の傍に、老父が一人座り込んでいた。

 見つめる先、川底は乾いており、かつての勢いを刻み込んでいる。


「ここも昔は多くの人が行き交う賑やかな場所だった」

「話には聞いた事があります」

「嘘つけ若造」


 後ろに控える若者が言葉に詰まる。


「ここが賑やかな場所だった事なんて一度もねぇよ」


 老父は豪快に笑って言った。

 若者をからかって楽しむ困った老人である。


「戯れが過ぎます」

「つまんねー奴だな文句ばかりか?」


 舌打ちして老父は立ち上がった。

 腰をとんとんと叩き、首をぐるりと回す。


「隠居爺に頼み事なんざするんじゃねぇよ」

「しかし」

「若い奴らでやりゃ良いじゃねーか」


 追いすがる若者を無視し、杖もなくスタスタと歩く。

 若者は止めるすべもなく、さりとて帰るわけにもいかず、ついていくしかなかった。


「賢者だとか好き勝手言いやがって。儂より優秀な奴なんざいくらでも居るだろう」

「御謙遜を」

「政治だろ全く。色分けして優秀な意見だろうと足引っ張りやがって」

「それが世の常でございます」

「便利に使うんじゃねーよ」


 要するに権力争いであった。

 勝手に賢者とかあがめて価値を付与し、お互いが自陣営に引き込もうとしてくる。


 たいした事のない爺を褒めて、さも彼が同意すればそれが正道だという空気にしたもんだから。

 お互いが引くに引けず勧誘の嵐だ。


「見てろ。そのうち相手に取られるくらいならって暗殺騒ぎになるぞ」

「なんて不吉な事を」

「はん、案外お前がそうなのかもな」


 その発言に若者の足が止まる。


「なんだ図星かよ。やれやれ、痺れを切らすのが早いこって」

「申し訳、ありません」

「気にすんな。儂は賢者だぞ。予見出来た事だ。だから、なぁ。気にすんな。さっきの川、辺に。埋めて……くれ」


 若者が突き立てた短剣から、赤い血が滴り落ちていた。

 振り返りもしない老父は背中から刺され、その場に蹲る。


「すみません、賢者様」


 故郷が干上がるのはわかっていた。

 それでも、堤防をつくり貯水して都に水を引かなければ帝に殺される。

 自ら故郷を潰す決断をした男は、滅私の姿勢を評価され賢者とうたわれた。


 その時から、わかっていた事だ。

 いずれ自分がこうなることは。


 家族と友人が眠る地にはちょっと入れないから。

 自分の業を見つめられる場所で終わりにしたかった。


 若者が去り。

 人の寄り付かなくなった枯れ地には一つの墓標が立っていた。


 名も刻まれず。

 誰にも語り継がれない賢者の話は。

 やがて、この小川のように消えていくのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る