「弱者の弁」

 弱者には弱者の矜持があるだなんて言うが、その小さな意地すら守れないから弱者なのだろう。

 目の前で生きたまま食われる友人や恋人を見過ごし、死肉に紛れ、腐った泥の中を這いずり回って生き残る。


 そんな事を何度か繰り返せば、人間堕ちる所まで堕ちる。


 少なくとも俺は、地獄を見ても寛容にはなれなかった。

 安易な冒険を止めるような親切心よりも、こいつらも死ねば良いと考え、遺品を漁れればラッキーとまで思う。


 そのくせ自分から行動を仕掛けるような強さはないのだから、自認するまでもなく屑野郎だ。


 幼い頃持っていた憧憬の念なんてものは消え、いかに手間をかけずに美味しい思いをするかばかり考え酒を飲む。


 他人の不幸は蜜の味?

 いやいや、主食にしちまえば甘いも何もない。


 卑屈な逃げはいく所までいくものだ。

 過大な自己評価もなければ傷つくプライドもない。


 なんて自分で思っていたはずなのに。

 どうしたものか救えない。

 そうやって腐肉を漁る、狡猾な強さと立ち回りに自信を持っちまったのが運のつき。


 だってそうだろう?

 開き直りが最強だなんて考えた時点で、それは慢心ってもんだ。

 その傲りがいけなかった。


 人間なんて結局群れる生き物だから。

 こそこそしてりゃ良いのに、目立っちまえば信頼のおけない人間は排除される。


 別に、酒場にも道具屋にも直接迷惑かけちゃいねぇ。

 ただそこの客をカモにすりゃ悪評がたっちまう。

 巡り巡ってって奴だ。


 誰も取引してくれなきゃ、集めた遺品もただのお荷物。

 気付いた時には他所の街へ行くだけの物資もない。


 まぁ、つまりへたこいたわけだ。


 ダンジョンではめた新人冒険者と変わらねぇ。

 引き際を見誤った。こうなる前に移動すべきだった。


 事ここに来て自分の所業をかえりみないあたり、人間腐っても変わらない。

 泥水をすすり、物乞いになった所で、俺は俺。

 ちょっと貰えば酒に消え、改めますと誓った直後にスリをする。


「変わりゃしねぇ」


 そう呟く俺は街のいきがりたい馬鹿どもに捕まって、ナイフ投げの的にされている。


 あーあ。

 たいして強くもねぇのに、何を勘違いしてんだか。


 立場的にも体力的にも、自分より下を相手にしているという絶対感があるのか。

 若者たちはへらへらと笑いながら酒瓶片手に、手斧やナイフで遊んでいる。


 この世には弱者しかいねぇ。

 弁えた弱者と。

 自分は強いと勘違いした弱者が居るだけだ。


 滑稽だな。

 振りかぶられたナイフ。ああ、あれは当たるな。

 長年の経験からそう判断した俺は、もう終わりにしようかと思った。


 ふと幼き日、同じようにナイフを振りかぶっていた事を思い出す。

 あの時、兎を的にしようとする俺を止めた女が居たっけか。


「やめなさいよ!」


 止めに入る女が現れた。あの時の彼女、ではない。

 見れば馬鹿どもの知り合いらしい。

 口論の末、男たちが帰っていく。


 ああ、こいつは――ラッキーだ。

 無意識のうちに、俺は男たちを見送る女の背後に回っていた。


 変わりゃしねぇ。

 あの時の女はモンスターに食われたが、今回その心配はなさそうだ。

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