「薄明りの小路」
闇夜が開かれる寸前にだけ繋がる道がある。
一条の朝日が架け橋となるのか、闇の中で道しるべとなるのか。
とにかく、その瞬間にしか通れない道なのだという。
「お嬢様、お戻り下さい。そのような道ありません」
「あなたは確かめた事があるというの?」
「ございませんが、そのような夢物語を追うのはお止め下さい」
茶色の巻き毛を揺らしながら少女が振り返る。
「夢物語ではありません!」
「物語のお話でございます。そういうものは誇張された創作話でありましょう」
その言い様に、少女は頬を膨らませた。
夜も明けない朝早くから付き合ってくれただけでもありがたいはずなのに、少女はお怒りである。
「これから神秘を探そうという時に水をささないでくれます?」
「それは結構な事でございますが、もう少し暗がりに対する恐怖を持って頂きたい」
「あなた、子供の純粋な好奇心を微笑ましく見守れないのかしら」
「これはこれは。お嬢様は大変口が達者でいらっしゃいますから、つい大人のように扱ってしまいましたね」
大人のように扱われたと聞いてか。
まるまると膨らんでいた少女の頬が萎み、ゆるゆると口角をあげる。
それでも腕を組んで、わかれば良いのよと元の探索に戻っていくのだから。
従者は笑いを堪えるのに大変だった。
「良い事? 神秘を疑っては受け入れて貰えないの。信じればそこにあるのよ」
「はぁ」
「一緒に居るあなたがそんなでは、私まで嫌われてしまうじゃない」
前を行く少女は真剣である。
最初は止めさせようと考えていた従者も、それは諦める事にしたようだ。
満足行くまで黙って付き合った方が早そうであるとの判断か。
山向こうに朝焼けが広がり、黒と赤のシルエットが眩しくなって来た。
未だ眠っている街に、朝日が差し込み影が伸びる。
「あ」
石畳を進んでいた少女が声をあげた。
従者も顔を向ければ、そこには。
一直線に伸びる光が路地から流れ、壁の穴を通り、その先で木の洞へと吸い込まれていくのが見えた。
「きっとこれだわ!」
「なんとまぁ」
「妖精たちの通り道かしら。あの木があちら側への入り口?」
少女が光の先へ走り寄ろうとするも、通り抜けるには幾分道が狭い。
しっかり見ようと覗き込むと、今度は自分たちが影となって道を塞いでしまう。
「困ったわ。せっかく見つけたのに」
「立ち会えただけでも僥倖でしょうお嬢様。感謝こそすれ、我々が彼らの道行きを邪魔するわけにはまいりません」
「それも、そうね。ああ、光が」
太陽が昇っていく。
それに合わせて、奇跡のように真っすぐ連なった光の道はゆっくりと消えていった。
ただの偶然か誰かの仕込みか。
なんであれ、少女が満足してくれて良かったと従者は胸をなでおろす。
「良いものが見れたわ」
「それは何よりでございます」
「たまには物語に踊らされるのも良いものね。あなたもそう思うでしょう?」
悪戯っぽく笑う少女に、従者は苦笑しながら頷いた。
果たして少女は何処まで信じているのやら。
不思議な小路を通る者があるのなら、一度くらいこの少女を吃驚させて欲しい。
なんて事を考える従者なのであった。
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