「意向を汲む儀式」
土で出来た壺の中で、赤い液体が揺れていた。
それを覗き込んでいた子供が、見守っていた老婆のもとへと走る。
「黒い人影」
「ほうほう」
ぼそぼそと老婆にだけ聞こえるよう耳打ちした子供は次の壺へと走った。
次の壺は青銅で出来ていて、よく磨かれた表面は光り輝いて見える。
中には琥珀色の液体が入っていて、壺の内面はぬるりと濡れていた。
その壺を覗き込んだ子供は再び老婆のもとへと向かい、周囲に聞こえぬよう耳打ちする。
「キラキラしてる」
「なるほどのう」
それから最後の壺へと向かう。
最後の壺は透明で、入っている液体も透き通って見えた。
「怪物みたいだった」
「なんと!」
子供の耳打ちに老婆が驚けば、その場に集まっていた何人もの大人が不安そうに騒ぎ出す。
「静まれい。儀式の最中であるぞ」
老婆が杖を突けば、その音で大人たちは委縮して縮こまっていた。
まるで沙汰を待つ罪人のようである。
その様子を見まわし、じっくりと勿体つけて老婆は唸りながら眉根を寄せた。
さてと老婆は考える。
過去を見る土器のワインには人影が。
現在を見る青銅の油には輝きが。
未来を見るガラスの水には怪物が。
確か事前調査でこの団体は一人の傑物によってスタートしたはず。
そして今は利益たっぷりの好成績。
となれば。
「なるほどのう」
「どうなのでしょう魔女様。代理の子はなんと?」
「急くでない」
今回は上質なワインも、あれだけの油も。
透き通るほど蒸留精製した水も向こうが用意したので懐はたいして痛まない。
謝礼もたっぷりだが、満足させるにはヨイショだけでは足らないだろう。
「過去には一人の男が見えたという。子は顔を知らぬので何とも言えぬが、何か心当たりはあるか?」
「は、はい。創業者の者、私の祖父が一人で立ち上げました」
「なるほど。だからその男が映ったのやもしれぬ」
「やはり!」
興奮した男に老婆が手をかざす。
「気を散らすでない!」
「は、はい」
「現在は輝いておるが、その未来には……」
「み、未来には?」
老婆は溜めを作った。
これもまた大事な儀式である。
受け取り手が事の大きさを実感する必要があるのだ。
「脅威が、立ち塞がっておる……」
「な、なんですって!?」
「落ち着いて受け止めなされ」
慌てる男性をおさえるため老婆は近づき。
「代理子は水面に怪物を見た!」
「ひぃ!」
おそろしき形相で顔をぐいっと寄せた。
これぞ、魔女の顔芸。幾人もの人間を震え上がらせた、年季の入った力業である。
怪物だ。
走り寄ったりするから水面が揺れたままなのだろうが、それすら儀式のみせた必然。
「立ちはだかる脅威の具現じゃろう」
「これからそんな事が。具体的には一体何が!?」
「たわけ。未だ先は揺らいでおる。その中で怪物が顔をのぞかせたのじゃ。一筋縄ではいくまい」
「は、はい」
老婆は杖を一定のリズムでつきながら語る。
「大きな脅威。それがどんな形で襲って来るかは重要ではない」
「しかし、わからなければ対策が」
「脅威が来る運命がある以上。それはどのような対策をしたところで手を変え、形を変え現れる」
「そんな」
男の顔がどんどん曇る。
「例えばライバル社が脅威になるとして、事前にその芽を潰した所で。脅威が来るという兆しがある以上、それは別の方向からやってくるだけじゃ」
「どうしようもないじゃないですか!」
「誰にも未来を確定させる力はない。予兆をよくよく見逃すなかれ。要するに、現在の栄光にあぐらをかかず各方面怪物に負けぬよう怠るなという事じゃな」
「なるほど?」
言いくるめられた男はともかく、周囲の人は怪訝そうな顔をし始めた。
今だ。老婆はすかさず他の者の思考を飛ばすような大声をあげる。
「ゆえに! 新しい商材や新規事業は一歩止まる事じゃ。今の勢いのまま行きたいじゃろうが、未来がこう語るのなら常に余裕を持つように。特にそこ!」
老婆が杖を向けたのは、代表の左後ろに居た男。
男は驚き一歩下がる。
「裏で進めている商談があるな? 焦って利益を出そうとすると怪物に足元をすくわれるぞ?」
「ひ、どうしてその事を!?」
そんなものは儀式前の下調べでわかっている。
しかし老婆はもっともらしく杖をかざす。
今回は調査費と実費を差し引いても実入りが良いのだ。
その後、他の男の話もいくらか言い当て。
各々納得して男たちは帰って行った。
「さて、あれで良かったかの」
「はい大魔女様」
残ったのは老婆と、客人たちの後ろに居た影の薄い男が一人。
「最近、成功続きでどうにも判断が浮ついていたので、良い薬になったでしょう」
「なに。引き締め役は必要さね。こちらも良い商売が出来たわい」
「私が言っても全員が納得しませんからね」
こうして誰しもが納得し、儀式は終わりを告げたのだった。
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