「暗い穴には御用心」
「うげぇ」
思わず情けない声をあげてしまった。
経年劣化で傷だらけになったコンクリートブロックの塀。
見なければ良いのに、気付いてしまったら目が離せない。
世の中には集合体恐怖症というものがある。
ハチの巣だとか沢山の密集したものに生理的恐怖を感じる症状だ。
いや、医者の診断だとかを受けたわけじゃないから自分がそうなのだという確証はない。
寄り集まったブツブツしたものを見ただけで、ゾゾゾと嫌悪感というか忌避感というか。
とにかく鳥肌が立って居ても立っても居られない感じになるのだ。
コンクリートブロックの表面が風雨で崩れたのか、でこぼこで穴だらけになっている。
穴。それだけなら自分は大丈夫な方だ。
問題はその穴に、子供のいたずらか小石だとか消しゴムだとかが突っ込まれている事だ。
この恐怖、厄介なのが。
本能的に避けたいのに、防御反応か危険がないかチェックしないと落ち着かないという二面性が出てくるのだ。
だからゾワゾワが止まらない。
必死に落ち着こうと思考を整理していて気付いた。
おそらくこの恐怖症。
穴に危険な蛇だとか蜂だとかが潜んでいるかもしれないという古くからの恐怖と。
だからこそ安全を確かめなければという矛盾した要求がぶつかりあって、エラーでも起こしているんじゃないだろうか。
いや、自分の場合はだが。
とにかく、この危険なスポットから離れなければSAN値のピンチ。
待て。
そう思っていたのに、どうしても気になるものが目に入る。
最初はちょっとした違和感。
鳥肌がたっているというのに、どうしてそんなものに気づくのか。
穴だらけ&詰め込まれて隙間だらけの集合体の中に、ひとつだけ真っ暗なものがあったのだ。
太陽の角度的にあまりに暗過ぎる。
どれだけ深い穴が穿たれているのか。
他の穴たちと違って、その穴だけが漆黒だった。
暗いから目立たないはずなのに、一度気が付けば周囲との落差から強調表示でもされているかのように見えてくる。
嫌な汗が出て来た。
どうして自分は苦手な穴とこんなにも向き合っているのだろうか。
自分は決してM気のある方ではないはずなのに。
震える手を伸ばす。
一体、あの黒さは……。
すぽっ。
ぴったり指先がハマった。
え、ハマった?
抜けないんだけど。
「嘘じゃん」
しかも謎が解けた。
他にもいくつかの穴が半端に黒い。
マジックだ。
どうして気づかなかった自分。
子供の頃自分もよくやっていたはずなのに。
机の傷とか穴を黒く塗り潰すという無駄な行為。
一つの穴を真っ黒に塗り込んで満足した子供の仕業だこれ。
周囲は半端に塗って飽きた奴!
こうして、子供の巧妙(?)な罠にかかった自分は。
何十分もかけて指を引き抜く不審者になったのだった。
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