「悪人しか居ない国」
人生には思いがけない事が起きる。
本当に、青天の霹靂というか寝耳に水というべきか。
ある日いきなり拘束された。
特に何もしていない。
何なら、この国に入ってから一日だって経過していない。
正規の手続きもしたし、パスポートやビザも確認された。
この国の何等かの法を知らないうちに犯したのかと思って何度も説明して。
向こうも何度も頷いて確認して、違反がない事は証明された。
「素晴らしい、君はクリーンな人間だね!」
と笑顔で喜ばれた時はやっと解放されるとほっとしたのに。
何時まで経っても出られなかった。
「だから、何度も言ってるじゃないですか。僕は何もしていません」
「そうだね。クリーンな人間だと聞いている。だから良いんだよ!」
意味がわからなかった。
もしかしたら通訳にいっぱい食わされてるのかと思ったが、手元の翻訳アプリも同じような文面である。
一体どうなっているんだ。
「こちらの男を見てください」
モニタに屈強な男が映る。
三白眼にスキンヘッド。こちらを睨みつける筋骨隆々の男はいくつもの古傷が目立っていた。
「この男が何なんですか」
「この男は武装強盗の主導者で、過去四件の重大な銀行強盗や八件の殺人に関与したとして死刑判決が出ています」
「はぁ、だから?」
「明日、あなたか彼が死ぬ事になります」
「は?」
意味が分からなかった。
通訳は真面目な顔でそう告げた。アプリも似たような事を表示している。
「どうして僕が? 関係ないでしょう!?」
「はい。全くこの件とは無関係です」
「そうですよね! それに、何の罪も犯していない」
「はい。素晴らしい事です」
にこやかに言う。
説明に来た役員と、通訳の二人揃って笑っているから、何かのドッキリじゃないかとも疑った。
「だから良いのです。あなたのような善良な市民と、極悪非道な彼。ここまではっきりしているなら大丈夫です」
「何が大丈夫なんだよ!」
「ええっと。明日、二本の薬品をシャッフル。要するに天命に任せて、それぞれに薬品が投与されます」
「なんでだよ」
「神の思し召しだからです」
ニッコリと説明された内容はこうだ。
人の社会において罪を犯した極悪人でも、神からすれば平等である。
人の理で死刑が妥当だとして、その凶悪犯と善良な市民を並べて神の裁定を行う。
それだけクリーンならば何も問題なく、凶悪犯が死ぬ。
逆にそれだけの差がありながら凶悪犯が生き残ったのなら、人の世からは測れない理由があるのだという。
「やるにしても自国民でやれよ!」
「入国の時に同意されたでしょう?」
「殺される可能性なんて書いてなかった!」
「とは言え、同意書は確認が取れています」
なかった、はずだ。
いや、一応目を通したと思うけど。細かく、一字一句逃さず読み込んだかと言われると。
それにこの国の言語で書かれていて、翻訳アプリを通していた。
その翻訳アプリが、小声で話す二人の会話を拾う。
「ここ数年、刑の執行が止まっていたのでやっとですね」
「全くです。軽犯罪のちょっとした執行なら良いんですが、死刑となると」
「よっぽどクリーンな人でないと釣り合いが取れませんからな」
「はい。何せ、この制度が導入されてから、国民のほとんどが罪を犯してますからね」
「公務員なんて入職時に完全監修のもと、一人ずつ万引きさせてますからね」
「ははは、前の会社では最初に殴り合いをして軽犯罪処理してましたよ」
項垂れたまま、僕はそれを眺めているしかなかった。
罪を……。
罪を犯さなければ。
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