「雨の日にしてみたい事」

 ばたばたばたと、叩くような雨が降っていた。

 木の葉を叩き、窓や屋根を打ち付け、それぞれ違った音色を響かせている。

 激しいほどではなく、雨粒が少し大きいといったところ。


 ぼたっぼたっぼたっ。

 不規則な音の羅列に、一定のリズムで滴り落ちる水滴が加わった。

 ザーザーザー、ばたばたばた、ぼたっぼたっぼたっ。


 天然の立体音響にしばし浸っていると、目の前で手をひらひらと振られてしまった。


「先輩またぼーっとしてるんですか?」


 後輩女子が覗き込むようにこちらを見ている。

 音に集中していたから近寄って来たのにすら気づかなかった。


「雨ですもんねー。じめじめ嫌ですよね」

「いや、僕は雨好きだよ」

「へー、変わってますよね先輩」


 変わっているのだろうか。

 雨を好きな人も嫌いな人も居ると思う。好みの問題じゃないだろうか。


「そうかな」

「そうですよ。あ、わかりました。傘忘れたんでしょ?」

「いや、あるけど」

「あるなら話は早いです」


 何やら一人で勝手に納得した後輩が腕を引っ張って来た。

 もう少し聞き入っていたかったけれど、そういうわけにもいかないか。


「こういう時って暗くなる前に帰りたいけど、雨足が弱まるまで待ちたい気もしますよね」

「何か用事あるの?」

「気になりますか先輩」

「いや、暗くなる前にっていうし。引っ張ってるし」


 僕の腕を掴んで引っ張っていく後輩こそ変わっている気がする。

 用事もないのに暗くなるのを心配するのだろうか。

 質問にも答えてない。


 いや、女子にとって夜道は怖いものなのか。

 でもあまり雨には濡れたくないと。我が儘だなぁ。


「良し、わかった」

「わかったんですか先輩!」

「この傘で帰ろう」

「それです先輩!」


 良かった。当たりだったらしい。

 そうだよね。男性用の大きな傘なら何も心配はないはずだ。


「じゃ、これを貸してあげるね。今度返してくれれば良いから」

「違います先輩」

「え、どうしたの?」


 僕が差し出した傘を見て、後輩が変な顔をしている。


「それだと先輩はどうするんですか」

「僕は男だし、多少濡れても問題ないけど?」


 僕の真っ当な返答に、後輩が頭を抱えている。

 ああ、流石に借りておいて持ち主がずぶ濡れは心苦しいのだろうか。


「大丈夫だよ。確か折り畳みの置き傘がロッカーにあったはずだし」

「違いますよ先輩」


 後輩が眉根を寄せている。

 困った後輩だ。一体何が気にくわないのだろう。


「やっぱり、先輩は変わってますよね」


 溜息までつかれてしまった。


「じゃぁ、私は一人で帰りますね……。傘は、良いですから」

「そうかい?」


 後輩は一人とぼとぼと、下級生の下駄箱へと向かう。

 僕も自分の下駄箱へ。

 そして自前の大きな傘をさして、出て来た後輩を入れた。


「な、なんですか先輩!」

「一人じゃ危ないから、送って行くよ」


 大げさに驚き、何故か飛び退いた後輩は口をぱくぱくさせている。


「君ってさ、変わってるよね」

「せ、先輩に言われたくありません!」


 結局僕らは二人で大きな傘に入って、雨音に奏でられつつ帰路についたのだった。

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