「飽和した世界で」
何もかもが溢れた世界。
こぼれ落ち、錆び付いては見向きもされず。
回収しリサイクルするコストの方が高くつくだなんて贅沢な時代。
人の命もただただ軽い。
一山いくらの人間が、一山いくらのガラクタを集めて暮らす最下層。
上からの物資がひたすら消費され再合成され、下へ下へと降りてくる。
最初は新品。
使い古し、払い下げ。修理され、あるいは原材料に分解され、下の生活へ回って来る。
ここでの流通とはそういうものだった。
完全に再生し、ロスなく資源を利用する技術はあっても。
よほどの品でない限り、捨てて新品を買った方が安い。
要するに、僕らの生活がコストの安いリサイクルフィルターというわけだ。
選別で紛れた品や掘り出し物だけ、それを見つけた僕らから買い取って上へと戻る。
なんで僕がそんな事を知っているのかと言うと。
「また来たのか坊主」
教えてくれる人が居るからだ。
掠れた音声で僕を迎えてくれたのは壁に埋まった人。
銀の頭蓋がむき出しで、目のないおじさんだ。
最初はヒューマノイドかと思ったけど違うらしい。
なんで埋まっているのかは教えてくれないし、身体がどうなってるのかもわからない。
大人たちに教えれば当然発掘され、解体されて売られてしまう。
僕も最初はそうしようと思ったけれど、彼は意識があって色々な事を教える代わりに秘密にしてくれと頼んできた。
色々教わるというのが最初は理解出来なかったけれど。
僕のような子供が一人でおじさんを発掘するのは無理だし、売りさばく伝手もない。
誰かに頼んだ時点で発見者というだけの僕が貰える手間賃なんてたかが知れている。
そう僕に教えてくれたのもおじさんだった。
「もう読み書きは完璧か」
「多分大丈夫。今日は何を教えてくれるの」
「何が知りたいんだ坊主」
とりとめのない話や、好奇心のおもむくままに物事を聞いていく。
親だとかまともに世話をしてくれる大人が周囲に居なかった僕からすれば、おじさんは凄い人だった。
壁から出てくる事はないし、頭を撫でてくれるようなこともないけれど。
「よくやったな坊主」
読み書きを必死に学んだのは自分のためというより、褒められたかったからかもしれない。
でも、そんな日々もいつかは終わる。
「おじさん!?」
僕がいつものように壁へ辿り着いた時、そこには何人かの大人たちが居た。
壁が崩されている。
何かの工具で無理矢理剥がしたのか、上半身しかないおじさんが床に倒れていた。
「なんだガキ! これは俺たちが見つけたんだお前の分はねぇ!」
「痛い目に合いたくなけりゃ帰んな!」
「やだよ!」
僕は立ち向かった。
立ち向かえなかった。何も、出来なかった。
棒きれで叩き伏せられ、蹴られ。
涙で視界を滲ませながら、おじさんを見ながら。
何も出来なかった。
「ピーピー、マスターへの暴行を確認。記録します、記録します」
おじさんから電子音が響いた。
途端、大人たちの手が止まる。
「あ、くそ。ガキを所持者だと認識してやがるぞこれ!」
「ID保護されてんのかよ使えねぇ」
「どうする?」
大人たちは言い合い、やがて結論を出した。
僕の前には、おじさんの頭が転がった。
「命拾いしたなガキ。パーツは俺らのもんだ。お前はその頭と何処へでも行きやがれ」
「二度とその顔見せるなよ胸糞悪りぃ!」
僕はおじさんを抱きかかえ、逃げるしかない。
僕は、おじさんが何をしたのか理解していた。
知っていた。
ヒューマノイドやロボットは所有権があって、簡単には書き換えられず。
そして貴重な機体を所有している人間はそれだけで身分がある程度保証されている。
その者への暴行なんて事があれば記録され、上に送信される。
上が本当に下まで来て所有者を保護するかは知らないけれど。
それでも彼らにすればリスキーだ。
頭部を売っても、その先で解析され記録を見られたらまずいと思ったのだろう。
「バカな、奴ら。おじさんは、ヒューマノイドじゃないのに。違うのに」
だからおじさんは、ヒューマノイドのふりをしたのだ。
自分が今まさに解体されている時だというのに、僕を守った。
「バカなんだ。知らないんだ。ヒューマノイドは宣言なんてしないで記録とるのに」
駆け込んだ裏路地で蹲って、そのあとは言葉にならなかった。
嗚咽が誰かに聞かれたら付け込まれる。
なるべく静かにしなければ。
小さくなってしまったおじさん。
もう何も返してはくれないけれど。
それでも、僕はおじさんを抱えて決意した。
おじさんが教えてくれた知識を使って。
こんな掃き溜めから抜け出すのだと。
その先でなら。
何もかもを復元し、ロスなく修復出来るという上にさえ行けば――。
また会えるよね、おじさん。
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