「海風の中で」

 照り付ける太陽の下で私は唸っていた。

 暑いからではない。いやもちろん暑いんだけど。


 海上を駆ける風は潮の匂いがしていて、抜けるような青空と相まって、夏らしい日より真っ盛りだ。

 さざ波につられて飛び込みたくなるが、ここは堤防。


 固い路面に、掴むところのない壁面。

 落ちたら浜辺か、梯子のあるあたりまで泳がないとだから面倒くさい。


「はぁ、どうすれば良いと思う?」


 私は隣でお腹を見せる野良猫に聞いてみた。

 いやもちろん返事があるとは思っていない。


 戯れだ。

 戯れていたかっただけ。今もそう。


 事の発端はついさっき。

 いつものように遊んでいただけ。


 神社の境内、ご神木の木陰でちょっと休んでいただけなのに。

 そこで幼馴染の啓太がいきなり私の手を掴んできた。


 らしくなく緊張してるのか力んだ手がちょっと痛くて。

 何事かと身構えている間に、どうやら私は。


「告白、だったのかな」


 されていたらしい。

 何を言っていたかいまいちわかんないけど、目を見て話せよ。意気地なし。


 そのまま勢いで迫られたので、私は逃げた。

 衝動のまま走って来たのがここ。夏に全力疾走なんて、何やらせんのよ。


 おかげで汗だくだし、喉も乾いた。

 風は湿気だらけだからいまいち。


「はぁ、はぁ……なんで逃げんだよ」


 はて、なんでだろう。

 私は答えを求めてさっきの野良猫を見やるも、どこ吹く風か。

 野良猫はふいと去っていってしまう。


 私もついていこうかしら。

 戯れだ。


「あの御神木さ、なんか謂れあんじゃん。その下でさ」

「そんなの知ってるよ。恋が叶うとか、二人は結ばれるって奴でしょ」


「じゃ、わかるよな」

「わかんないよバカ」


 いきなり。楽しかったのに。

 ああ、いや楽しかったのか。


 なんて、啓太の顔を見る。

 いやはや、泣きそうだ。え、私が悪いの?

 悪いのか。しょうがないな。


 私は大きく、これみよがしに溜息をついて。

 素っ気なく手を差し出した。


「あんたのせいで喉乾いちゃった。奢ってよね、彼氏なら」

「え、じゃぁ!?」

「言うなバカ。余計、暑くなるじゃんバカ」


 手を取れ。エスコートしてよバカ。

 私は唇を尖らせて先に行く。


 後ろから追いかけて来た啓太が私の手を取った。

 いやもちろん、真夏の昼から暑苦しいんだけど。


 でもさっきと違って。

 海を駆ける風が、火照った身体には心地良かった。

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