episode 5. ウインカーを出さない人々

 道生は右折車線でタイミングを覗っていた。前方から対向車が直進してくる。まだ距離はあるが、ここで右折するのは危ないだろうと通り過ぎるのを待っていた。すると、対向車が直前に来てウインカーを出し、手前にあるスーパーへ入っていった。

「なんだ、曲がるのか。ウインカーをもっと早く出してくれたらいいのに」

 道生は思わずぼやいた。ウインカーの合図が早ければ右折できていたのに。


「ウインカー遅い車って本当に嫌だよ」

 帰宅して、妻の路乃と食卓を囲みながら道生はまだぼやいている。

「そうね、この辺の人たちって同じ道を運転するのに慣れちゃって、ウインカー遅かったり出さない人が多いよね」

 路乃にも思うところがあるようだ。

「この間、アパートの前の直線道路を走っていたら、前の車が異様に減速を始めたのよ。その先は全然渋滞していなくて。そうしたら、急停車したのよね。ドラッグストアに入ろうとして、通り過ぎる自転車に慌てて急ブレーキを踏んだわけ」

「危ないなあ」


「ウインカーを出してくれていたら、減速するんだって分かるけど、こっちは心の準備がないから何も無い道路で突然止まられてぶつかるかと思ったわ」

 路乃は何やら思いついた、という表情を向ける。

「そうだ、ウインカーを出さないと曲がれないようにすればいいのよ。ハンドルが曲がらなくなるように制御できないかしら」

「それは極論だな」

 路乃の飛躍した考えに道生は思わず笑ってしまった。


 後日、道生と路乃は車で買い物に出掛けた。右折車線で待機中、路乃は運転手の道生がウインカーを出していないことに気が付いた。

「あなた、この間あれほど文句を言っていたわりにウインカー出てないわよ」

「ああ、だってここは右折車線、右に曲がるのはわかりきっているだろう」

 道生の言い分に、路乃は呆れている。

「それに」

「何よ」

「ウインカーを無駄に出していたら、ライトの交換時期が早くなるじゃないか」

 路乃はガックリとうなだれた。

 

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