episode 4. タクシー哀歌

「本当に勘弁して欲しいよ」

 夕食の食卓を囲みながら、道生は妻の路乃にぼやいている。今日の夕食はサラダとたらこパスタ、道生が帰りに立ち寄ったスーパーの入り口屋台で売っていたしゅうまいだ。

「今日は何があったの」

「アパートから県道に出る前にタクシー会社があるだろう」


 道生の通勤路には小さなタクシー会社がある。早朝の通勤時間にタクシーが県道沿いの鉄道駅に行って待機するため、出発するタクシーと出くわすことが多い。

「朝からタクシーに乗る人はそういないだろ、だからめちゃくちゃのんびりしているんだよ」

 特に約束の時間が無く、ルーティンで動いているらしいタクシーの運転手は、気ぜわしい朝のラッシュ時でも余裕のある運転をするというのだ。


「朝の信号は突破できるか否かで到着時間は一〇分は変わるんだ。会社に行く人はできるだけ進もうとするけど、そこをゆっくり行くもんだからかなりの高確率で信号待ちに引っかかるんだ」

「タクシーは特に安全運転だから、仕方ないわよ」

 路乃は道生を宥める。

「それに、あなたが一五分早く起きれば余裕を持って行けるんじゃない」

 そう言われると道生はぐうの音も出ない。


「この間なんてさ、信号が変わって前の車が進んでも僕の前にいたタクシーが発進しないんだ。計器類をいじっていたみたいで、やっと前が進んでいることに気が付いて走り出したけど自分だけ信号を渡って行ってしまったよ」

 通勤時間にタクシーが前にいると、今日の運勢は最悪だ、とすら思える。

「タクシーは余裕があるから、横道から出てくる車も気前良く入れるだろ。対向車線に入りたい車まで入れるけど、対向車線はぎゅうぎゅうに詰まってる。横道からの車がメイン道路を塞いで渋滞だよ。もっと状況を見て欲しいね」


「うーん、じゃあこうしたらどう。タクシー会社に朝6時駅に三〇人の団体が待ってるから来てくれ、って迎車しておくの。そうすれば、あなたが通勤する時間にはタクシーは出払ってるわよ」

 路乃のドス黒いアイデアを聞いて、道生は目が点になる。

「そりゃ、業務妨害だよ。それに毎朝騙されるわけにはいかないだろう」


「まあ、タクシーの運転手も仕事してるんだから仕方無いわよ。それに、あなたも飲み会の帰りには駅からタクシーに乗ってお世話になってるじゃない」

 路乃に言われて、そうかと思い出す。

「あの会社のタクシーの運転手って割とご高齢でしょ。あの年齢でも働かないと行けないのは大変よね」

「そうだなあ、俺は出勤中だけど彼らはすでに勤務中で、朝早くから働いているんだもんな」

 高齢ドライバーが朝早くから頑張っている、そう考えると道生の気持ちも落ち着いてきた。


 しかし、翌朝の通勤時にまた丁度駅に向かうタクシーが割り込んできた。道生は小さくため息をついてしまうのだった。

 

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