episode 2. 闇に潜む者

「ただいま」

 道生がアパートのドアを開けると、先に帰宅していた路乃が夕食の支度をしていた。共働きなので、料理は先に帰った方が作る。キッチンからカレーの良い匂いが漂ってきた。

「おかえり」

 にこやかに迎えてくれた路乃の顔が、険しくなる。じっと道生を見つめ、上から下まで値踏みしている。


「なんだよ、何かついてるのか」

 道生は怪訝な顔をして訊ねる。自分の身体を見回してみるが、出勤時と変わらないコートにスーツ姿だ。

「何もついてないのよね」

 路乃の言葉の意味がわからず、道生は首を傾げる。

「あなた本当に真っ黒、危ないったらないわね」


 ***


 今日のカレーはシーフードだ。魚介類は手間をかけずに冷凍ものを使う。手早く出来て、結構美味い。路乃がサラダにドレッシングをかけながら今日あった出来事を話し始めた。


「私、会社の帰りに裏道を使うじゃない。最近日暮れが早くて、田んぼ沿いの道は街灯も古くて暗いからほぼ真っ暗なのよ」

 路乃はアパートから二〇分ほど離れたオフィス機器販売会社で営業アシスタントをしている。定時で帰宅しても、日が暮れると真っ暗な夜道を走ることになる。


「近くの駅から徒歩で帰るサラリーマンがね、揃いも揃って黒いコートを着ているのよ。黒いカバンに、黒いスーツ、黒の革靴。暗闇に紛れてほとんど見えないわけ」

 路乃は黒縁眼鏡をくいと持ち上げる。

「闇と同化する姿はまさに忍者よ」

「なるほどね、確かにサラリーマンは黒いコートやダウンジャケットが多いな」

 言われてみれば、道生も黒いコートで毎朝出勤している。茶色はお洒落に着こなせたらいいが、間違えればじじくさくなる。黒は無難だ。


「車のヘッドライトが当たって、初めてそこに影がいることに気付くのよ。今日もびっくりしちゃって。夜道で全身黒い服を着るなら、はねられても文句は言えないと思うのよね」

 路乃は鼻息荒くまくしたてる。

「また物騒なことを言う」

「夜道に真っ黒な服は自殺行為だわ」

 憤慨する路乃を道生はまあまあ、となだめた。


 ***


 食後のランニングにでかけた道生が戻ってきた。

「あら、早いわね」

「自転車にはねられたよ」

 道生はしょぼくれている。走り始めて五分も経たないうちに、前から走ってきた無灯火の自転車とぶつかったという。道生は上下とも黒のジャージだ。スニーカーも黒のアディダス。

「ほら、はねられた」

 路乃は自転車で良かったとあきれている。無灯火の自転車も悪いが、道生は文句を言う気になれなかった。


 それから、日課のランニングには夜光タスキをつけることにした。

「格好悪いと思ってたけど、命には替えられないな」

「うん、そうだよ」

 そう言って、路乃が出してきたのは夜光グッズの数々。手首につけるもの、首にさげておくもの、全部つけるとまるでクリスマスツリーだ。

「結構あるんだよね、夜行グッズ」

 楽しそうに道生をデコレーションする路乃。道生は週末には蛍光カラーのウインドブレーカーでも買いに行こう、と密かに決めた。

 

 









 




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