9 学食サバイバル



「うおおお! カツ丼定食ゲットぉおおおお!!」

 オレは出てきた食券を握りしめてダッシュした。



 学食はサバイバルだ。

 たかが高校の食堂とナメてはいけない。

 ここでは日々、生徒たちによるコスパ最強激ウマメニューの争奪戦が繰り広げられる。

 ちなみに男女で戦いの舞台は異なる。人気メニューがぜんぜんちがうからな。



 男どもが目指すのは、日替わりA又はカツ丼定食。



 まずは券売機で食券をゲットすることから戦いの火蓋は斬って落とされる。

 無事に食券をゲットしたオレは第二ステージ、カウンター前の列に並んでいた。


 ここではカウンターに沿って定食にセットされる副菜を選ぶのだが、ここでの戦いはセコイ、もといたいへん熾烈だ。

 一瞬でも迷いが生じるとすかさずライバルたちに追い越される。


 副菜はいつもどれも美味しそうなのでたいへん高度な判断力+己の腹が何を欲しているのか内なる声に耳を傾ける集中力が必要とされる。


「よし、今日はサラダはグリーンではなくスパサラ、煮物はガンモじゃなくて大根とイカ、そして汁物はなめこに決まりだ!!」

 他の追随を許さないスピードで追い越しても追い越されることなくカウンターを進んだオレは最終ステージへ突入する。


 最終ステージはずばり『運』に左右される。


 学校における食券システムとは無情なもので、厨房の都合でメニューの急変があり得る。

 つまりカツ丼定食の場合、カツ丼が無くなると食券の値段が同額の青椒肉絲にお取替え、というメインの急変が生じる。


 このラストの大ドンデン返しまで予測して食券を選ぶ猛者もさもいるが、オレはいつも胃袋に忠実に食券を買い求め絶対に食いたいものをゲットするのだという熱意をもって挑み――。


「あーごめんねえ、カツ丼、晴人君の一つ前で終わっちゃったのよねえ」

 食堂のおばちゃんがさらりと言ってオレのトレーに青椒肉絲を載せた。


「うおおおお!! なぜ負けたんだぁっ!! 作戦は完璧、食券は手に入れたのに……!」

「嵐堂くん」


 呼ばれてふと顔を上げると、浅川璃々亜あさかわりりあが立っていた。


 浅川は小学生のときからの幼馴染だ。

 さらっさらの黒髪ロングの大和撫子で、もちろん小学校でも中学校でも高校でもモテモテでフラれた男は数知れず。

 なんでも「心に決めた人がいるから」という理由で数多の男を泣かせているらしい。フラれた者どもよ、ご愁傷様。

 オレは浅川のような高嶺の花とは別世界を生きていると思っているので気楽なものだったが、何の因果か彼女とは高校まで同じになった。もちろん浅川はトップ入学、オレは底辺ギリギリ入学に間違いないけどな。


 浅川はほっかほかのカツ丼が乗ったトレーをオレに差し出した。

「私、間違えてカツ丼の食券を買ってしまったの。よかったらその青椒肉絲と交換しない?」

「え?! マジ?! いいの?」


 女神だ。浅川が輝いて見える。いや美人だしもともと輝いているけど。


「その代わりお願い聞いてくれる?」

「おう、なんでも言ってくれ」

「一緒の席で食べてもいい? 今日、食堂に来るのが遅れたから友だちと一緒じゃなくて困っていたの」


 確かに、女子がこの混んだ学食で一人で席を探すのは大変かもしれない。


「おう、お安いごようだ」

「わあ、ありがとう嵐堂くん」


 浅川は花開くように微笑んだ。なんという破壊力だ。すでにオレの周囲半径5メートルにいる男どもは鼻血噴きそうな気配。


 そして浅川と並んで歩いて気が付いた。男どもの視線が痛い……。

 まあ、幼馴染が困ってるんだし、カツ丼譲ってもらったし、これくらいは仕方あるまい。


 と諦めてオレは窓際に空いている席を見つける。


「あ、と……オレ向かいの席にいくわ」

 オレが移動しようとすると、浅川がオレのシャツをそっとつかんだ。

「隣に座った方が話しやすいでしょ。混んでいるから向かいの席だと声が聞き取りにくいもの」

「お、おう」

 早く湯気上げるカツ丼が食いたいオレは浅川に言われるままに座ったのだが――


「――御一緒してもよろしいかしら?」

 凄まじい冷気を放ったレイナが向かいの席に立っていた。


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異世界がリアルになった。英雄とかなりたくないから聖女はオレから離れろ!! 桂真琴@11/25転生厨師の彩食記発売 @katura-makoto

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