第28話
「ずいぶんと手間を掛けさせますねぇ」
イライラとした口調でやっと紫水真水が上から下りてきた。
サヴァン因子の影響で走れないようだった。シャーロックが最短距離で下りてくるルートを潰しながら下りて来たことが功を奏したようだ。
「ずいぶんと遅かったな。もっと早く下りてくると思ってたから、こっちは準備万端だぞ?」
シャーロックが挑発するように軽口をたたく。もっとも煽るつもりではなく、シャーロックは銃弾の補充を終わらせ、ワットソンも嵐華の調子を確かめる素振りを終わらせている。強いて言えば紫水みこを逃がすだけの余裕がなかった程度であり、それも逃がそうと思えば逃がせただろうが、サヴァン因子の影響で記憶の欠落が起きている少女をその辺にほっぽり出すわけにも行かなかったからである。
(和光、0課の奴等が先に来るか、こいつが死ぬのが先か)
シャーロックは紫水真水を殺害することを避けたかった。目の前で自分の父親の命を奪うようなことを避けたかった。記憶消去薬も手元にあるが、衝撃的な映像を見たことをなかったことにできるようなものではない。
「ワット。ハイドアンドゴー」
「りょ」
ワットソンに指示を飛ばすと、一瞬でワットソンの気配が消えた。視認できないわけではないが、月明かりと僅かばかりのランプの灯りだけでは、夜陰に紛れ気配なく襲撃してくる相手に対応することは困難である。
メリッ。
真水の右の頬にワットソンの拳がめり込む。気配を殺し、夜陰に紛れるように忍び寄ったワットソンがいの一番に狙った場所は真水の顔面。しかも正面から小細工無しで殴り、先刻砕いた壁を突き抜け廊下の壁に激突する。
「っ! な、なにをした?」
真水からしてみれば、数刻前に圧倒的な実力差で叩き潰した相手が立っていただけで『また叩き潰せばいい』程度の感覚で大した脅威として見ていなかった。
「どうした? 三下」
ワットソンの口角が上がる。リベンジマッチに燃えているような雰囲気を、ワットソンの背中から感じる。
「はぁ、好きにしろ」
連携で確実に決着をつけようと考えていたが、このままワットソンに任せても大丈夫そうである。
「好きにさせてもらうぜ!」
ワットソンは一瞬で真水の目の前まで跳び、そのまま鳩尾にアッパーカットをねじ込む。
「オラァ!」
捻りの加えられたワットソンの拳は真水の内臓をねじるように上へと殴り飛ばす。そのまま自分も跳躍し、空中で無防備な身体に更なる追撃をかける。つま先で真水の顎先を蹴り飛ばし、廊下の壁に頭が刺さる。それでもワットソンは手加減することなく、無防備な背中にかかと落としで背骨を砕きながら床に叩きつける。
容赦手加減のないワットソンの連撃であり、普通の人間であれば背骨を砕かれた時点でほぼ即死。辛うじて生きていても今後二度と立ち上がることもできない。
「わたしは死なない。お前如きに殺されるようなへまはしない!」
紫水真水がよろよろと立ち上がる。背骨を砕かれ本来であれば立ち上がることすら出来ないはずだが、真水は立っていた。
「じゃあ、俺に殺されろ」
シャーロックは真水の心臓に向け銃弾を放つ。その銃弾はズレることなく真水の心臓を貫き、壁に刺さる。
ワットソンが真水をボコしているうちに、シャーロックはみこを屋外へと移動させていた。みこの目の前で殺すことのないようにしておきたいだけであったが、それ以上に実の父親の凄惨な死に様を見せたくなかった。
サヴァン殺しでコーティングした沸血弾で臓器をすべて焼却し、サヴァン因子の崩壊により、ほぼ原形をとどめていない遺体だけが残っていた。
「任務完了ってとこか?」
ワットソンが骨は辛うじて残っているが、全身が焼け爛れほとんど原形をとどめていない真水の遺体を踏む。遺体のDNA鑑定があるので骨が残っているだけで十分過ぎる。
「そうだな。そろそろ和光たちが来るだろう」
そうシャーロックが言ったあたりで、パトカーがサイレンを鳴らしながらこの旧真島研究所を囲んでいた。
捜査0課はパトカーを使っていない。そのことを思い出し、シャーロックは急いでみこのいる外へ出る。
「どういうことだ」
10数台のパトカーが停まっており、シャーロックが外に出るなりいきなりライトで照らされる。
『きみたちは既に包囲されている。大人しく少女を解放しなさい』
みこだけが外にいたこと。そして壁が破壊されるような轟音から、何かしらの事件が起きたと勘違いされ、110番に通報されていたようだった。実際には捜査0課が動いているからパトカーを使うような部署が動くような事態ではなかったのだが。
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