第27話

 ワットソンは突入の際に、開けた穴の前に立っていた。

「おー。シャロ無事だったか」

 シャーロックたちがなんとかワットソンの元に戻って来たというのに、呑気に月を見ていた。

「ワット。負けたのか」

 みこを背中から降ろし、バイクの後部トランクから特殊装備を取り出しながらワットに聞く。

「ああ。負けた。手も足も出なかった」

 ワットソンは折れた小太刀を拾い上げる。ワットソンが気絶している間に真水が素手でへし折っていたものだ。苦々しい顔をしながら小太刀の柄を握りつぶす。

「だろうな。想定内と言えば想定内だが、生きてるなら紫水真水の顔面に一発ぶちかませるさ」

 ほらよ。そう言って嵐華をワットソンに投げて寄越す。

「おー。嵐華じゃねぇか。こいつでアイツを斬れんのか?」

 熊谷早紀の遺骨で作った高硬度の小太刀が容易くへし折れるような相手に、ただの金属で作られた嵐華で斬れるとは思えない。しかし、シャーロックはわかってないなと言うように首を横に振る。

「ワット。それなら俺は嵐華を持ってこないさ」

 この嵐華はシャーロックが研いだ一品だ。鍛冶師としての知識は本で読んだ程度であるが、金属加工の分野で言えば自分で特殊弾を作れるほどの技術や知識はあった。

「確かにすげえな」

 嵐華を鞘から抜き、月明かりで刃の状態を見る。その道のプロフェッショナルが視ればすぐにわかるかもしれないが、そうでなければ素人が研いだものとは思えない。それほどにまで丁寧に研がれていた。

「これでなら真水を斬れるぞ」

「その前にあいつの顔面に一発ぶん殴るから斬れなくてもいいかもな」

 ワットソンが研究所内部の方の壁を殴る。

 研究所全体が揺れるような衝撃と共に、壁が崩れ落ちる。

「どんだけ殴ったんだよ」

 これはワットソンのサヴァン因子の一性質に過ぎない。

 ワットソンがサヴァン因子で発症した性質は、進化する再生力。自身が死んでさえいなければ傷や破損した部分を異常な速度で破損前より強化した状態で再生させる。たったそれだけであるが、それでも利用価値があった。サヴァン因子の投与による記憶の欠落につけこみ、要人殺害などを押しつけるのにちょうどいい能力を発現した。

 利用されるに利用され続け、大量の罪をなすりつけられたワットソンを捕まえたのが和光であった。

 和光が捜査0課と公安0課の特権による司法取引として、シャーロックの元に押しつけられた。あくまで加害者として捕まり、司法取引の結果としてシャーロックの元に来ているに過ぎない。

 その中で進化した肉体、サヴァン因子による強化で人間の限界をすでに超えていたワットソンは自分が負けた。紫水真水に負けたというやり場のない怒りと、任されたことを果たせなかったことから、両手で色々なものを殴り続けていたのだろう。周囲をよく観察してみると長い間遺棄されているとはいえ、研究所の室内の一部が異常に壊されていた。

「まぁな。これでなら顔面殴り飛ばせそうだぜ」

 ワットソンがシャドーボクシングをしていると、風切り音が聞こえてくる。普通の人間であれば首が簡単にもげるようなスピードが出ているが、シャーロックは全く気にしていない。

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